そして──────
「さて、ここがこの階層のショートカットポイントだ」
「ちょっと思ったんだが、なんでこんなに落とし穴があるんだ?」
「さぁな。魔族たちもこうやって利用してる、とかか?」
イカルが肩をすくめながらそう言った。眼の前にあるのは一見すると何の変哲もない森の風景ではあるが、しかしよく見ると異なっているところがある。ツタが地面すれすれにピンと張ってあるのだ。原始的な罠かと勘違いしてしまいそうになるが、特徴のある文様が刻まれている。
「ここを握れば……」
バン、という破裂音。かなりの音量だったので、シェイカなどはビクッと後退りしている。そして地面を視れば、またしても深い穴がポッカリと空いている。黒黒とした穴の先からはひんやりとした空気が流れてきて、更に深い階層の雰囲気が感じられた。断面はゴツゴツとした岩の層の上に土の層があり、魔族たちがこの土を生み出したことが伺える。
イカルは近くに生えていた長めのツタを無造作にむしり取り、それをそこいらに生えている木に結びつける。そのまま、また躊躇なくその穴に飛び込んだ。ツタの先を持っていったのか、それがシュルシュルと穴に吸い込まれていく。
「今回はこれに捕まって降りてこいってことだろうな」
「実はあの人、そういうこと割と気にするタイプさね。本人に言うと不機嫌になるけど」
意外にも配慮を示してくれたイカルに思わず笑みが溢れる。そうこうやりとりしている間にクレソンたちのパーティが飛び込んでいた。ハニナもそれに続き、アウルたちは今やピンと張られたツタを掴んで、穴に入った。身を落とす重力に任せて、滑り降りていく。今回は自由落下ではなく綱があるので、安心感が段違いだ。身体に受ける風すら心地よく感じる。どうやら上のユウセイも同じようで、楽しげな気配が感じられた。
「ひゃっほーい!夢だったんだよな、こういうの!」
「楽しそうだな、ユウセイ」
「ああ、故郷ではこういう事できなかったからな!」
確かに、都市の中で生活していればこういうやんちゃなことはあまりできなかっただろう。まあアウルが想像している都市とは大きくかけ離れているのが実情だが。
とにかく、先程の落下よりかは全然マシな滑落で、速度もある程度ゆったりとしている。背中にしがみついているシェイカも心なしかか楽しげな雰囲気だ。
すぐに下の地面が見えてきて、難なく着地する。やはり先程の魔術を使ってもらった着地より、こちらのほうが人的労力が少ないだろう。
「イカル、今回は助かった」
「気にすんな、これくらいやらせろってんだ」
「……そうか」
やはり不器用なイカルに、含んだ笑みを返す。後ろから、カレハたちも降りてきて、全員が揃った。
「それで、この階層は何階なんですか?やっぱり……」
「ああ。さっきの落とし穴も一回目と同じで5階層分落ちるやつだから、ここは30階層だ」
30階層。そう聞くと、かなり深くまで潜ってきたように思える。実際ここは地上から数十、場所によっては数百メートルほど離れているはずだ。カムフトームを思い出せば、それくらいになると思われる。
風景は25階層と殆ど変わらず、森の中にいるような光景が延々と続いている。代わり映えのしない木に、ところどころ視界を遮るツタ……。
──────────────いや、なにかいる。森の奥深くに、人らしき上半身の影が一つ。
アウルの眼力で捉えたその影は、少しづつだがこちらに寄ってきている。クレソンたちのような傭兵か、それともイカルたちのような守護者か。
「おい、あれって……」
「人、だよな」
「───」
めいめいにその人影について言い合う中、シェイカとアウルは押し黙っていた。表情を必死で消した、無表情で。いち早くその影の正体に気づいたからこその顔だった。
そして近づくにつれて、アウルの眼が看過できない違和を訴え始めた。脳内でガンガンと鳴り響く警鐘、背筋の粟立ち。アウルは息をするのを忘れて、その影を……下半身が蛇身となっている、その歪な影を見入ってしまった。
「…………ッ」
息を呑んだのは、無意識だった。それほどまでに、その影から発される魔力は異様で、不吉で、鬼気迫っていた。
段々と近づいてくる影。闇が薄くなっていくことで、その正体にイカルたちも遅れ馳せ流れ気づいたようだ。一様に絶句して、奇妙な静寂が生まれた。
森の闇から出てこようとするのは、守護者でも傭兵でもない。
過去地上と闘い、敗北から誰も届かないような世界へと逃げ込んだ地上からの追放者。
その身体に多種の魔力を秘め、獣の特徴と人間の特徴を併せ持つ自然法則ではありえない存在。
その影……魔族が、木陰からその姿を完全に現した。
「──────────────────お、おとうさん」
シェイカが、泣きそうな声色で、消え入るように呟いた。その声は誰に聞かせるものでもないだろうが、その魔族の耳に入っていたようだ。魔族は蛇身を揺らして、小さく笑う。
「まだ生きていたか、愚かな小娘よ」
彼らはそれに対し、何を思うのか。惑い躊躇うか。それとも受け入れて戦うのか。
エーゲン・ラフトは、岐路に立たされていた。




