煮えたぎる思い
「お、おい……一体、どういうことだよ、シェイカ!!」
普段冷静を保っているアウルですら、いや、よく話して面倒を見ていたアウルだからこそ、絶叫する。突然魔族が現れて、後ろのシェイカがソイツを父といったのだ。動揺して当然である。
「ふん、その人間に真実を教えていないとは……まあ、一見でお前を魔族と見破れぬのも無理はない。お前は魔少症だからな」
「おとうさん……なんでこんなところに」
「お前に父と呼ばれる義理合はない。とうに追放したではないか」
シェイカはその魔族に縋ろうとするが、にべもなくあしらうその魔族。それ以外の会話は全く途絶えて、どこか劇場じみたやり取りになっている。
アウルは身体の中から湧き出る熱を抑えて、その光景をじっと見守る。
「わたしはにんげんたちをつれてきた……だから!」
「ハッ、それがどうしたというんだ。俺がお前に依頼したわけでもあるまいに」
「ッ……やっぱり、だめなんだ」
「だが、これだけの人間を連れてくるとは好都合だな。そこだけは褒めてやる」
「おとうさん、わたしは……」
「だからといってお前を家に受け入れられるはずもないが。俺達直系貴族の名が廃れるからな」
もう、限界だ。
「────────話はそれだけか?」
ぞっとするほど低い、自分でも信じられないほどに怒りが乗った声が出た。だが仕方ない。腹の奥から溢れ出るこのグツグツと煮えたぎる怒りは、もう我慢の限界で、せき止めることなど出来ないからだ。許せないのは、男とシェイカの会話であるし、その男がシェイカを路傍のゴミを見る眼で見ていることがである。
アウルは心を満たす怒りに任せて、言葉を抜き放つ。イカルたちや余計な夾雑物など視界に入らない。その魔族とシェイカしか見えなかった。
「色々聞きたいことがあるが……一つだけ聞く。お前は、シェイカをどうするつもりだ?」
「その小娘をか?……どうもせぬよ。なぜなら、その女は魔族として生まれることが出来なかった愚図だからな。そんな女など、この要塞のなかで魔獣に食われて死ぬほうが幸せだろ?」
「……よくわかった」
アウルはツカツカとその半人半蛇に近づく。攻撃されるなど微塵も考えずに、無造作に歩いていく。男魔族も攻撃する気はないようで、ニヤニヤと巫山戯た嗤いを浮かべている。
相対したその顔に、拳を叩き込んだ。だが、右手一本で受け止められた。
それでも構わない。顔を指で差す。
「テメェが魔族とか、シェイカが魔族だとか関係ねぇ……テメェをブチのめして、シェイカを助けてやる!!」
「フン、人間……できるものならやってみろ!!」
アウルは叫び、男魔族も叫び返す。それは宣戦布告であり、絶対的な拒絶の証だ。男とアウルが、わかり合えないということの証左である。
腰からナイフを抜き放ち、魔族も背中の剣を構える。
今はパーティがどうとか迷宮要塞がどうとか考えてなどいない。ただひたすらに、眼の前の魔族をブチのめして、シェイカに謝らせたいという思いでいっぱいだった。
二人してにらみ合いながら、ふと眼の前の魔族がニヤリと笑った。
「そう言えば……お前の名前を聞いていなかったな、人間。これから死にゆくものとは言え、啖呵を切った蛮勇だけは褒めてやるからな」
「ハッ、そっちこそ名乗りやがれ。人に名前を聞くときには態度ってもんがあるだろ?」
「…………どこまでも煽る人間だ。いいだろう。俺の名前はウルスト・サイマー。『蛇喰』のウルストだ」
「俺は……いや、俺達は『エーゲン・ラフト』。そして俺が…………『魔眼』アウル・リヴァーネムだ」
「その二つ名……ククッ、俺の前でその二つ名を名乗るか、アウル」
「御託はいい、前置きもいい。まどろっこしいことなんていらないんだよ」
「違いない」
二人は同時に駆け出す。いや、ウルストは蛇の下半身であるので、駆けずるといったほうが正しいか。まあとにかく二人がお互いを睨みながら肉薄して、その手のナイフを、剣を振るう。即座に鍔迫り合いの間合いとなり、アウルの魔眼布越しにウルストのニヤついた笑いが視界いっぱいに広がった。
思わず殴りたくなる怒りの衝動を抑えながら拮抗勝負を演じる。一歩たりとも引かない、我慢比べだ。
だが、アウルは一人じゃない。怒りを抱いているのがアウルだけでも、仲間たちは助けてくれる。
「カレハ!」
「わかってるわよ!」
シュン、という一瞬の風切り音が駆け抜け、ウルストの顔面に拳が突き刺さる。衝撃波が貫き、ウルストの身体が吹き飛ばされる。だが、左手を防御に回されたことで、顔という弱点への直撃を避けたようだ。後退はしたものの、大きなダメージはなさそうである。
「悪く思うなよ、一対一なんて一言も言ってねぇからな」
「ハッ、いいぜ。仲間を頼るのは弱者の特権だからな。だが、少し数が多いな……」
ウルストはニヤついた笑みを消して、パン、と柏手を打った。その直後に、バキバキメキメキと、破砕音と地面を揺るがす振動が2方向から発生した。その音はどんどんと大きくなり、ついにその音を生み出す主が木々を薙ぎ倒して現れた。
「蛇の魔獣……!」
「こいつらは俺が眷獣化した魔獣、龍蛇だ。そこのお前らの相手にちょうどいいだろ?」
森を薙ぎ倒して現れたのは、トカゲのような顔に太く長い身体をもつ魔獣だった。ウルストはその魔獣を自慢気に語り、まるで紹介するかのように手を振った。
二匹の龍蛇は雄叫びすらなく凄まじい闘気を放ち、それぞれイカルたちとクレソンたちに相対した。
「俺達は気にするな、その魔族を存分に殴ってやれ!」
「ああ、わかった」
「これで邪魔立ては入らない。お前らと遊んでやるよ」
無言で頷くと、アウルは再びナイフを構える。そしてカレハやユウセイ、エディアもそれぞれの武器を装備した。
アウルは背中にいるシェイカを意識しながらも、眼の前の魔族を睨みつける。ガタイはそれほど大きくなく、精々ユウセイより少し大きいかくらい。その手に持つ剣は何の変哲もない鉄剣……ではなく、魔力的な加工がされた灰輝銀の剣だ。それだけで、いかに相手が強さを求めて装備にもこだわっているのかというのが伺える。
「さて、攻めないのなら……こっちから行くぞ!」
どうやっているのかはわからないが、その蛇の下半身を大きくうねらせて、ウルストは一気に飛びかかってきたのだった。




