進んで戻って
「はあっ………ここまでくれば、流石に時間がかかるだろ」
「あらかたイカルの魔術で片付けたしな。追ってもデメリットしかないと思われただろう」
アウルがそう言うと、イカルもどういするように首肯した。だがその表情はすぐさま歪められ、不快そうな瞳になる。
「さっきから、一体何が起こってやがるんだ、本当に……」
「普段はこんな感じじゃないのか?」
「ああ。っていうか、こんなところにあれくらい大量の魔獣が現れたら、上の階層に溢れかえってもおかしくない」
「つまり、異常事態ってことか?」
渋々と、釈然としない表情でイカルは頷いた。なぜ、彼は先程から渋い顔ばかりするのだろうか。アウルは疑問に思うものの、人には突っ込まれたくない事情というものがあるので、踏み込めない。
だが、その答えは自然とイカルから出てきた。
「異常事態っていうんなら、上層部に報告しなきゃいけねぇんだよ。それが面倒くせえし、俺が駆り出されることが眼に見えてんだ」
ハニナが苦笑しながら付け足す。
「それに、迷宮要塞に異変が起こっていることが知られたら、王都民は不安に思うさね。守護者の評判も下がるし、あんまり良いことはないのさ」
「じゃあ、報告しないんですか?こんなに私達が危険に陥っているのに」
「まあ、危険に陥ることは迷宮要塞では日常茶飯事だからな。もっと決定的な、ナニカがあれば救援も望めるんだがな……チッ、お役所仕事がよ」
何処の世界も上の方は硬いのか、とユウセイが意味不明なことを呟いていたが、イカルの話はわかった。とりあえずは自分たちでこのダンジョンで起こっている異変を対処しつつ、学校の課題をクリアしていかないといけないということだ。無論学校の課題は1日で達成しないといけないわけではない。
だが、こんな状況のダンジョンで、本当に帰られる保証はない。閉じ込められる、というわけではないだろうが、似たようなことになる予感を、アウルは感じていた。一縷の望みで、アウルは背中のシェイカを揺さぶる。
「シェイカ、何か知っていることはあるか?」
「わたしのおとうさん、たぶんしってる」
思いがけない回答に、アウルどころかその場の全員が驚いた。一瞬嘘かとも思ったが、ここでシェイカが嘘をついたところで何のメリットも理由もない。当てずっぽうにしては、何か具体的だ。
アウルは一身に視線を集められて、更にシェイカから情報を聞き出す。
「お前のお父さんって、下にいるっていうお父さんか?」
「それいがいいないよ。わたしのおとうさんは、すごいから」
「すごい、さね……相当の実力ってことさ?」
更に謎めくシェイカだが、それ以上喋れることはないのかむっつりと黙ってしまった。
「それで、どうする?」
「どうするっていうのは……」
「これ以上何かが起こる前に、一旦地上に引き返すかってことだ」
「……それは正直、アリだ」
アウルは考えた末に、そうポツリと呟いた。
ユウセイが眼を見開く。
「マジ?ここまで来て?」
「ここまで来てとはいえ、転移で偶然来た20階層でしかないだろ」
「ま、確かにな。自分たちの実力で20階層踏破、とは大手を振って言えないもんな」
それだけ言ってユウセイは引き下がったが、エディアは食い下がった。
「で、でも。シェイカちゃんはどうするんですか?お父さんが下にいるっていうのに」
「下にいるんなら、いつかは絶対に上がってくるだろ。それまでに安全な地上で預かってもらうのが最適解じゃないか?」
「う、それは……その通りですね」
「じゃあ結局、一旦地上に引き返すってことかしら?」
カレハが確認するように周り全員を視て、小首を傾げる。イカルは鷹揚に頷いて、善は急げと早速歩を進めていく。だが思い出す。
「チッ、さっきの部屋から左に行ったほうだったな」
「上層へ行く転移陣が?」
「あの部屋に魔獣のやつらが殺到してきた方向が左ってことは、魔獣の巣窟になってる可能性があるってことか」
アウルが手を叩いて、それから笑みを浮かべる。
「でも、突破するだけならエーゲン・ラフトの切り込み隊長がいるぜ」
「そうだな。ハニナもいるぶんは、多分大丈夫だろう」
総意が纏まったので、今度こそ来た道を引き返す。その速度は足早で、早く帰って対策を練りたいという意志が入っている。幸いにも、追ってきていた魔獣はいなかったようで、引き返した道に敵影はゼロだった。
奇妙に静まり返った白い通路は、どこか物寂しさを漂わせている。時たま響く遠雷のような衝撃は、誰かと争う魔獣の音か。
とにかく白い道を進み続けていると、今までの異変も相まって、不気味さが心の底から溢れ出てくる。変わらないような光景、起こり続ける異変。この先にも、そして誰かに異変があるような─────────。
「止まれ」
「どうしたのさ、イカル?」
「どうやら、ただで帰してくれるわけには行かなそうだな」
思考の沼から意識を引き上げると、自分たちが転移してきたあの部屋に接続している、曲がり角にたどり着いていた。イカルはそこから顔だけを出して、敵影確認を行っている。その視線の先に、魔獣がいるんだろう。
アウルもひょこっと顔を出すと、そこには魔獣がいた。ライオンの四肢が猿のものになっていて、尻尾は鋭い針が生えている。その獅子の顔がこちらを睥睨していて、少しでも違和があれば即座に動く、といった雰囲気を醸し出している。
ユウセイはソイツのことを、獅子混獣と呼んだ。相変わらずの、謎知識である。
「どうする、先手を仕掛けるか?」
「そうしたいのはやまやまだが……視線がこっちに向いていやがる。そのまま出ていったら、即座に捕捉されるだろうな。透明化でもあればいいんだが……」
イカルが言った瞬間、エーゲン・ラフトの3人は一斉にユウセイを向いた。無言だが、言いたいことを汲み取ったユウセイは、肩を竦めながら言う。
「全員にかけられるわけじゃないぞ、魔力が切れる」
「何さ、ユウセイくんは透明化の能力を持ってるの?」
「透明化も、できるってのが正しいんですがね。そいで、誰に掛ける?このあとの戦闘も鑑みたら、一人か二人までな」
「じゃあ、ハニナは確定だ。そっちのひよっ子は行くか?」
「初手にデカい一撃を決め込むって意味なら、確かにカレハは全然アリ、というか適性しかないからな」
「二人に掛けるぞ。ハニナさんは、吸血はいいんですか?」
「一応吸っておこうかしらね。切れてるわけではないけど……保険さね」
イカルはいそいそと肩を露出させ、吸血される準備をする。ハニナはつややかな唇から牙を覗かせて、それをイカルの肩に突き立てる。二人がそのまま吸血に勤しんでいる間、エーゲン・ラフト+シェイカは作戦会議だ。
「シェイカは一旦ここで待ってろ、もし後ろから魔獣が来たら俺達の方に来てもいいけどな」
「らじゃー」
「俺達は、透明化した二人が攻撃を当てて相手が混乱しているうちに近づくぞ。エディアは端から魔法射撃、ユウセイは透明化した二人のバックアップだ。俺は、ナイフで威嚇しながら、注意を引き付ける」
「危ないけどいいの?」
「それくらい承知だよ。何なら、こっちの方を注視してくれるのなら眼力で落とせるしな」
「なるほど。オーケー、やってやろう」
チラと視れば、二人の吸血も終わったようだ。ユウセイがハニナを呼んで、カレハ共々魔法をかける。
「【情報付与】対象:カレハ・ライン、ハニナ・ザンベジ 効果:透明化、消臭化」
二人の姿が掻き消える。帰還作戦の第一歩を踏み出したのだった。
小休止します!次回更新は11月30日予定です!




