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罠の先には

視界を白一色に染めていた光が収まると、眼に入ってくる光景は、今までの岩窟とは一線を画するものだった。今までの景色はゴツゴツとした整備の入ってない岩の壁が延々と続いているだけだった。だが、今の視界は全く違った様相を呈している。

白く磨かれた白磁の壁に、度々光の線が走り抜ける。階層中が眩い明かりに照らされていて、視界は良好だ。狭い洞窟ではなく、アウルが5、6人ほど並んでもなお有り余るほどの横幅に、十分な高さ。だだっ広い通路、というのが一番良い表現かもしれない。周りに自分たち以外の動く影は見えなく、静かだった。


「ここは……?」

「さっきのは、一体」

「…………多分、転移陣だ。お前らの学校にも設置されているだろ?」

「ああ。だからよく見知った感じがしたんだな」

「チッ……何が起こっていやがる?あんな場所に、転移なんて言う殺意が高い罠なんてなかったはずだぞ……」


イカルの舌打ちが響く。何も見えない空間だからこそ、余計に響いているのかもしれない。彼の疑問は止まらないらしく、ブツブツと何かを繰り返している。


「ここは何階層なんだ?」

「確か……2()0()()()、のはずさ」

「第20層!?一気に飛んだな……普通、こんな下の階層に飛ばす魔術陣はあるのか?」

「あるわけねぇだろ。あったら、とっくのとうに周知されてるはずだ。そもそも、おかしいんだよ」

「おかしい、ですか?」

「この迷宮要塞(ダンジョン)がどうやって出来たのかを思いだしてみろ」

「そうか!」


ユウセイが指を鳴らす。なにか考えが浮かんだらしい。そのまま思いついたことを、指をピンと立てて言い始める。


迷宮要塞(ダンジョン)は、地下に入らせないための防衛戦であり、境界線であるんだよな」

「そうか。それなのに上層の通路の真ん中という人間が通ってもおかしくないところに、一気にショートカットできる魔術陣を置くはずがない」

「それなんだよ……さっきのアレといい、一体何があるというんだ」


イカルは不機嫌そうに押し黙る。今日はいつも潜っていることで慣れている迷宮要塞(ダンジョン)と異なる様子であるので、今までの経験則が効きにくいのだ。

ハニナは周りの様子を調べ終えたようで、こちらに戻って来る。無言でそういうことをしているのが、彼女の優秀さが如実に現れているのだろう。アウルも見習いたいくらいだ。


「周りの様子は特におかしいことはなかったさ。ただ……」

「ただ?」

「多分、こっちに魔獣が集まってきてるのさ」

「!」


ハニナがそう告げた瞬間、タイミングよくズシン!と地響きが足元を伝う。イカルは不機嫌な顔を崩して、ニヤリと笑った。


「ハッ、覚悟しな、ひよっ子ども!お前らにはちと荷が重いかもな!」

「余計なお世話だ、イカル。逆に俺達を差し置いて潰されるんじゃないぞ!」


互いに煽りあった。その直後に、魔獣が現れる。シルエットは四足歩行だが、腕を使っての四足歩行を行っている。頭の上には大きく太い角が生えていて、それが揺れているのが少し滑稽だ。ソイツはすっくと立ち上がり、胸を平手で叩きまくる。大音声が静かな階層を揺らし、アウルたちは咄嗟に耳をふさいだ。


「ウオオオオオオッッ!!」

「今度はゴリラ、かよ!」


ユウセイが叫ぶとほぼ同時。ソイツは再び拳を地に付けて、四足──足ではないが──走行で集まっているこちらに疾走してくる。全員示し合わせるまでもなく散開して、狙い(ヘイト)を分散させた。対魔獣戦闘の基本のきである。……シェイカはアウルにしがみついて、間近で見る魔獣の威圧に涙目になりかけていたのは言わないでおく。

角ゴリラは一斉に散開した全員を一瞥し、まず脅威とみなした()()()へと駆ける。


「私さね……()()()()()()()?」

「なんでハニナさん?」

「逃げたほうがいいんじゃ!?」

「安心しろ、ひよっ子。ハニナは、見た目じゃわかんねぇけどな」


ハニナの前に躍り出た角ゴリラは、その拳を高く振り上げた。そのまま即座に自由落下し始め、刹那のあとにはハニナが肉塊に成り果てる。そんな光景を幻視するような一撃を、既のところで地面を転がって回避した。彼女は顔が汚れることも気にせず、イカルの方を視ないでも叫ぶ。


「イカル、アレを欲しいのさ!」

「あいよ」

「何を……?」


イカルはその言葉を聞いた瞬間よりもはやく動いていて、ハニナの方に素早く駆けつけた。袖を捲って腕を露出させて、ハニナに差し出す。力強く、血管の浮き出る腕は、さすが守護者と言ったところか。ただ、なぜそんなことをし始めたのか。その答えは、すぐに分かった。


「いただきます」


鋭い犬歯を覗かせたハニナが、屈んで腕にかぶりつく。ちゅるちゅる、とどこか淫靡で蠱惑的な啜る音が響く。彼女は、血を啜っているのだ。突き立てた鋭い牙から、血が見える。彼女の表情は恍惚としていて、やはり淫靡だ。


吸血種(ヴァンパイア)……!?」

「亜人族だったんですか!」


エーゲン・ラフトの面々は顔を驚きに染める。吸血種(ヴァンパイア)とは、亜人族のうちの一種。名前の読んで字のごとく、他者の血を啜ることで様々な恩恵を得る種族だ。その存在は希少で、一生に一度会えるかどうか、二度会うことなどまずないと言われるほどに数が少ないのだ。南方諸国のうちの片隅に住んでいるとされているが、確かめられた人間はいない。

とにかく珍しい存在であるので、アウルたちは知ってはいたものの会えたということに驚いているのだ。

ハニナは自分たちの世界に入り込んだかのように、一心不乱に吸っている。


「ガァァァァァァッ!!」


だが、そんな雰囲気をぶち破ったのは角ゴリラの雄叫びだった。血を啜っているという無防備な状態になったハニナを狙って、その丸太のような腕を伸ばしてくる。そうはさせまい、とアウルたちはアイコンタクトで交わした。ちょうどゴリラの後ろに立っていたエディアが、魔力を励起させる。


「【精土弾(クゲル・ボーデン)】」


土の弾丸が飛翔し、ゴリラの後頭部を叩く。その未来が起こる寸前、ゴリラはぐるりと振り返って、首を少しだけ傾けた。それによって後頭部を狙った土塊は空を切った。やはりこの程度は避けられるのだろう。

振り向いたその瞳は完全にエディアを捉えていて、優先順位を定められたそれであった。つまり、危険人物(えんきょりこうげき)であるということを認知されたということだ。

だが、エディアの不敵な笑みは揺るがない。魔獣の後ろに、頼もしすぎる女二人がいるからだ。


「【情報付与】対象:カレハ・ライン 効果:身体能力向上!」

「ありがとう、ユウセイ」

「いくよさ、カレハちゃん」

「ええ、ハニナさん」


今ここに、ゴリラスレイヤーを為さんとする前衛(アタッカー)の独壇場が始まるのだった。

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