ダンジョンでの初戦闘
「ギャガアアアアッ!!」
迷宮要塞2層に響く嬌声。それは、魔獣の鳴き声だ。
下り坂を抜けた先の広間で待ち構えていたのは、四足で地を這う爬虫類だった。つまりは、トカゲ。舌をチロチロと出しながら、こちらを睥睨する。どこかで既視感を覚えながら、アウルは足のホルスターに仕舞っていたナイフを取り出した。
「行くわよ!」
「あまり焦るんじゃないさ、カレハちゃん!」
いつもの光景。カレハが先陣を切って、飛び出す。その拳には、鈍い輝きが嵌め込まれている。ウィーナ謹製のメリケンサックだ。トカゲは真っ先に飛び出したカレハを迎撃しようと、その大きく太い尾をしならせる。ビュウ!!という風切り音が、カレハを横殴りにした。カレハの笑みが深まる。
「このくらい簡単に避けられるわよ!!」
だが、それだけで終わるならば魔獣でない。しなった尾が迫るのを飛び上がって回避したカレハに、烈風が襲いかかった。
「ッ!?」
「そいつは、風を操るんだ!」
跳んだ状態で風を受けたため、大きく吹き飛んだカレハは身を翻してうまく着地した。ダメージはさほどではないが、吹き飛ばしが強いようだ。カレハは身についた土埃を払いながら、トカゲを睨みつける。
「面倒ね、風は少し……」
「まぁ見てろ、ひよっ子。魔獣の対処法も、心得てるに決まってんだろ?」
そう言って、イカルが一歩前に出る。ハニナはそのまま後ろにいることから、一人であの大きさのトカゲを倒す自信があるらしい。見ものだな、とアウルは少し上からの視点で見守るような感じを取ることにした。
イカルはまだ腰の刃を抜かずに、ずんずんと前に進んでいく。
「【給う、煙波の珠玉。広がれよ、黒々たる帳】」
進みながら聞こえるのは、荘厳で華麗な祝詞。それは、魔術を行うための詠唱だ。魔力が少しずつ、放射されるのが分かる。
「【舞えよ、踊れよ。夜暗の如きを我が前に】!」
歌が、完成する。これより告げられるのは、魔獣を絶死とする魔術の名前である。イカルの魔力が引き金となり、自然魔力がその自らの有り様を書き換える。
「【暗転煙幕】!!」
イカルの前に突如現れた黒玉。その正体は、濃密に圧縮された煙幕の素なのだ。それが割れて、煙がもうもうと立ち込め始める。トカゲは急激に空間を侵食する煙に警戒感を示して、低く唸り声を上げる。しかし移動はしても、風の能力を使わないのは一体何故か。それは、煙だから、が正解だ。
「だって風でかき混ぜたら、更に酷くなるもんなぁ……!!」
「グゥゥゥゥゥゥッ……」
イカルは広がっていく煙幕を無視してその中に飛び込んだ。煙幕とは、ただ相手の視界を塗りつぶすだけではない。姿や攻撃の方向を隠す役目をも含むのだ。トカゲは煙幕を忌々しそうに睨めつけると、業を煮やして尻尾から渦巻く気流を投げつけた。即座に流れていく煙に、トカゲは満足そうに眼を細める。だが、そこから出てくるのは、蛇か鬼か。
そこから出てきたのは、複雑な掌印を完全に結びきった、イカルの不敵な笑みだ。トカゲはその気迫に後ずさってしまう。
静かに、イカルは魔力を放った。
「【落ちろ、天の怒り】」
刹那、雷電が駆け抜ける。いや、駆け抜けた。魔力によって生み出された白光が、トカゲの身体を焦がし、炙り、痺れさせる。
「ガガガガガアアアアッ!!?」
「トドメだ、とっとと素材になりやがれ」
掌印をすぐさま解いて、一瞬で駆け抜けてトカゲに肉薄する。その顔面を、フランベルジュで横一文字に切り裂いた。
その一撃が致命傷となり、トカゲはどうと倒れた。血に濡れたフランベルジュを振って、イカルは振り返る。
「ざっとこんなもんよ。アイツは風属性の能力を持つから、同じ風属性がよく効く」
「近接は効かないのか?」
「効きはするが、やりにくい相手とも言える。風でステップや遠距離の支援を弾くからな」
トカゲに限らず、魔獣というのは能力とその対処法を覚えておけば単体ならそこまで脅威ではない。もちろん、数が集まったりするとその限りではないのだが、今回は単体だったので割愛、とイカルは締めくくった。
ふと、エディアは倒れたトカゲの死体に近づいて、しゃがんだ。ツンツンと、細い指でつついている。
「魔獣って死んでも肉が固くならないんですか?」
「いや、放っておけば固くなるさ。そもそも魔獣の肉は硬すぎるから、あんまり食べないさよ」
ハニナが後ろから近づいて、そう説明した。
魔獣でよく使われるのは、角や牙、爪と言った固くて丈夫な部位、そして魔力臓と魔髄だ。角などは加工されてネックレスや魔道具、武器の材料として使われる。魔力臓と魔髄は、研究用途が主になっている。
肉は総じて燃やしたりして廃棄するのだが、万が一迷宮要塞内で遭難したときなどの非常用食料として食べられることもある。味は保証しないが。
「というわけで、こいつの素材を取りますさ」
「何処が採れるんですか?」
「トカゲの魔獣なら、牙と鱗だね」
ハニナはそう言って、ナイフを取り出した。慣れた手つきで捌いていき、あっという間に鱗と牙を取り揃える。更に腹も切り裂いて、心臓の近くにある魔髄と付随する魔力臓を取り出した。背中に背負う背嚢に詰めていく。ユウセイも興味があるようで、覗き込んでいる。
「これはどこに売ったりとかするんだ?」
「基本的には商業組合さ。まぁ、非合法の裏取引所もあるにはあるが、リスキーなのさ」
「素材の回収は済んだか?とっとと下行くぞ」
話している時間は少なめにしとけ、とイカルが顎をしゃくって先を急がせる。だが、一人それに従わない人がいた。
カレハだ。なぜか茫然自失になって、立ち尽くしている。
アウルはカレハに呼びかける。
「カレハ?」
「……っ、何かしら?」
「もう行くぞ…………何かあったのか?」
「いや、あったというか…………………何故か、既視感があるのよね」
「既視感?トカゲの魔獣になら、俺もあったが……ゴドウィンの時に、最初に闘ったのがトカゲ型〈ヴータリティット〉だったよな」
「違うわ、それもほんの少しあるんだけど…………なんでかしら?」
「いつかわかるだろ、早く行こうぜ。みんなを待たせてる」
「ええ、そうね。とりあえず放置するわ」
カレハの話を聞きながら、アウルは考える。自分の違和感も、間違っていなさそうだと。言い方は悪いがいつも猪突猛進、ぶつかりながら研ぎ澄ましていくカレハの質とは違う気がする。
(何もなければ、いいんだがな……)
ピリつく雰囲気を、あえて見逃すアウルなのだった。




