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迷宮のいろは

「……ッ」


静寂が、空間に広がっていた。アーチの下の魔術陣に飛び込んで、転移の光が収まった眼に飛び込んできたのは、石と薄闇が支配する、冷たい洞窟の光景だった。

外とは大きく異なるその様相は、紛れもなく迷宮要塞(ダンジョン)内部、第1層の景色だ。


「おうおう、感動するのは良いが……気をつけろよ?」

「……そうだな。ここだって絶対安全とは言い難いもんな」


ダンジョンに潜ったその瞬間から、命は狙われ続けている。油断はあってはならないと、イカルが警告を飛ばした。

周りを慎重に見渡して、物陰が一切ないことを確かめてから、一行は動き始めた。階層に響くのは、アウルたちの靴音だけ。まるで世界からアウル達以外の生命が消え去ったような錯覚するら覚える、薄ら寒さと静けさだった。


「それで、お前ら」

「お前らじゃなくて、名前で読んでほしいな」

「ハッ、お前らがもっと成長してからそういうセリフは吐くんだな。…………話を戻すが、お前らの目的ってなんだ?学校からの指定で来ている以上、何かあるだろ?」


ああ、と頷いてアウルは端的に3つの条件を説明した。それらをすべて聞いたイカルは腕を組んで、思案する。


「……まず、1つ目の条件。これはあってないようなものだな。帰り際にチョロっと取るだけでいいからな」


彼が言外に警戒しているのは、2つ目と3つ目……特に、3つ目の条件だ。

魔族というのは、魔獣とは異なって明確かつ狡猾な知性がある。警戒すべき度合いは、魔獣などとは比較にならない。


「弱い魔族なら、15階層くらいに出るか……?」

「魔族って、そんな浅い所にも進出するんですか?」


エディアが聞いた。この世界の常識では、魔族が出るのは迷宮の奥深く。数字にすれば、50階層より下側でないと警戒感から出てこないとされている。しかし、現地で経験を積んでいるイカルは、首を振った。


「ああ、確かに本格的にゾロゾロと出てくるのは50階層より下だな。だが、尖兵というかそういう類の奴らは、浅い階層にも出現するんだ」


彼曰く、多分魔族の中でも身分が低い奴ららしい。魔族は人間と同じか少し劣るくらいの知能を持つ。カースト制度があっても何ら不思議ではない。アウルは頷いて、話を元に戻す。


「それで、何階層くらいまで潜ればいい?」

「まぁ、安定するなら20階層より下がいいが……それでも魔族と出会うのは運だな」

「分かった、とりあえず20階層を目指せばいいか?」

「方針はそれにするか。安心しな。20階層なら何度も行ってる」


イカルはそう言いながら腰に提げた炎型刃剣(フランベルジュ)を撫でる。その刀身は傷や汚れが薄くついていて、歴戦の相棒であることが分かった。


「まずは第1階層を通り過ぎるところからさ」

「……ちょっと疑問に思ったんだが、階層間の移動はどうするんだ?」

「それは、いろいろな種類があるんだ」


歩を進めながらも、何かを諳んじるように上を向いて解説するイカル。ハニナはそんな彼を視ながら笑うだけだが、そこに信頼以外の感情はない。純粋な、相棒という関係だ。


「例えば階段や下り坂によってつながっている場合もあれば、隠してある転移陣から下に移動する場合もある。場所によっては、巨大な縦穴から落ちて複数階層を移動する、みたいなこともある。本当に、階層によりけり、と言ったところだ」

「なるほどな。それで、この階層はどういう感じなんだ?」

「その前に、この階層含む上層の構造を説明したほうが良いだろうな」


迷宮要塞(ダンジョン)というのは、ちょうどピラミッドのような三角錐形をしているのが特徴だ。つまり、下に潜れば潜るほど一階層の広さが大きくなっていき、逆に上の方は比較的狭いということだ。まるで、初心者のときは狭いところで訓練してから中上級者になるにつれて広いダンジョンを探索していく、かのように。


「上層は、下よりも狭いな。だが、狭いのに魔獣と出会う確率はそこまで高くない。それは、魔獣がいるような場所と下の階層に続く下り坂が離れているからだ。また、この階層より10階層ほどは同じような光景と構造をしている。なので、下り坂でつながっている一つの階層とする見方もあるな」

「とにかく、下り坂でつながっているんだな?わかった」


話に出すより実際に見てもらったほうが早い、とイカルを先頭にアウルたちは石造りの大迷宮を駆けていく。イカルの足取りには全く迷いがなく──同様にハニナもだ──地図を取り出すような素振りもない。

エディアは気になったのでハニナに尋ねてみることにする。


「もう第1階層は完全に覚えているのですか?」

「まぁね。迷宮要塞(ダンジョン)はショートカットなんて存在しないし、下の階層に行くにはここを通らないといけないからさ。毎日行ってるからこそ、もう慣れたさ。今度誰もついてこないで来たときは、地図を持ってきたほうが良いさ」

「なるほど……」


そうこうしているうちに、イカルが足を止めた。そこにあるのは、まるで巨大な球が削り取ったかのように円形に掘られた下り坂があった。傾斜はそこまできつくないので、滑り落ちるということもないだろう。


「此処から先は2層だ。2層も1層と大差はないが、魔獣と出会う確率が体感上がっている。密度が高まっているのだろう」

「言われなくとも気をつけているよ」

「じゃあ行くか」


下り坂を駆け下りていく。道中に全く罠などはなく、何の障害もなく第2階層へとたどり着いた。いや、たどり着いてしまった。アウルは言いようのない不安に襲われる。

こんなにも迷宮要塞(ダンジョン)というのは簡単なのか、と。何か仕組まれていて、実はそれに乗せられているのでは、と。

考えすぎだと一蹴するのは簡単だが、骨身まで染み付いた『思考』という(どく)が、疑いの念を抱かせてしまう。


「おい、イカル────────」

「待った、魔獣だ。言ったそばからだな……」


イカルはアウルの言葉を途中で遮って、手で皆を制する。顔は岩陰から飛び出させていて、敵影確認(クリアリング)を行っていたのだ。アウルはしぶしぶ言葉を飲み込んで、戦闘準備を行った。


「行くぞ!」


初めての、魔獣討伐と洒落込もうか。

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