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遠征の始まり

「皆さん、よくいらっしゃいました」


丁寧に、腰を折って挨拶をする美人の職員。アウルが刹那見惚れてしまうほど洗練されていて、ユウセイなんかはエディアに抓られている。


「カムフトームの一年生の皆様ですね。お話は伺っております。担当守護者をお呼びしますので少しお待ちください」


なぜ、『エーゲン・ラフト』の皆が受付のようなところで人を待っているのか。

それは少し前から話をしなければならない。


 @


肌寒い風が吹き付けて、長袖を引っ張り出す頃。一年生としての時間ももう3分の2ほどが経過していて、かなりポイントも溜まってきた。一億まで遠いと言えば遠いが、逆に着実に進んでいるとも言える。


「さて、皆お待ちかねのイベントだ」


教壇に立つ女教師から、そんなセリフが漏れた。エーゲン・ラフトのそれぞれは顔を見合わせる。イベント、と一様に言われても思い浮かぶものは多数ある。まあそれでも、非日常というのは胸を躍らせるものだ。中身に不安はあれど、昂りは隠せない。

溜めに溜めて、教師が宣言する。


「お前たちには、迷宮要塞(ダンジョン)に遠征してもらう」


クラスの皆が、その言葉を聞いて絶句した。

迷宮要塞(ダンジョン)。それは、地下に掘られた大迷宮。それは、魔族が作り出した大要塞。

そしてそれは、地上の者を憎む魔族が生み出した、死と闘争と罠がひしめく坩堝である。その危険度は、『最強のカムフトーム』であるここよりも遥かに上の、致死の場所だ。

そんな場所だからこそ、守護者や探索者、傭兵と言った訓練された人間でないと危険なはず。現に、制度としても存在している。そんなところに未だ学生の身であるこちらに行かせても良いのだろうか。

皆の頭に浮かんだ疑問を汲み取ったのか、女教師が訂正する。


「もちろんお前たちだけで行かせるわけはない、危険すぎるからな」

「では、誰が?教師の皆様ですか?」

「いいや、私達ではない。グループを組んでもらったら、そこにそれぞれ一人守護者の方がついてくれる」


エディアが当然の質問を飛ばすと、教師も想定内だったようで、即答した。一人の守護者が保護者兼監督者としてなるということか。こちら側に不足しているのは経験、あちら側に不足しているのは人手ということで割とウィンウィンの関係ではないだろうか。


「何をしに行くんですか?」

「いい質問だな。ただ行くだけでは何も無いだろうしな。というわけで、課題を設定する」


そう前置きをして彼女は前の板に条件を書きつける。


「一つ目は、特定の鉱物の採取だ。迷宮要塞(ダンジョン)で採れる、産出物といえば何だ?」


彼女が問いを投げかける。答えるものはいないか、と見回して、エディアが手を上げているのを発見する。


「チョーコウ、上げてみろ」

「はい、ウラルクス鉱、ジルニア鉱、魔緑石、ルブべライト……あたりですか?」

「ざっとそんなところだな。特定の鉱物って言うのは、今挙げてもらった鉱物のうちのどれかだ。それは、班によって異なる」


班によって異なるということは、談合や取引、強奪などを行って既に採取した班から強制的に鉱石を奪うことを防止するために設定されたのだろう。

ともかく、これは割と簡易な課題だろう。だが、一つ目と接頭している。つまり、二つ目も三つ目もあるということだ。


「二つ目の課題は、特定の魔獣の討伐だ。魔獣を知らないものはいないだろうから、説明は省くぞ」

「特定の魔獣ってことは、やっぱりさっきと同じなのかしらね」

「そうだな、ライン。基本的には、こちらが指定した魔獣を倒して、討伐部位を持ち帰ることが課題のクリア条件だ」


魔獣というのは、基本的には〈ヴータリティット〉と全く同一の性質を持っている──というよりは〈ヴータリティット〉が魔獣を元としている──が、ただ一つ違うのは、死すると死体が残るか否かという違いである。魔獣は紛れもなく生きている存在であるので、死ねば死体が残る。それにより素材の剥ぎ取りや整体の研究などが行えるのだ。仮想の魔獣(ヴータリティット)はあくまでカムフトームの機構のうちの一つ、生きている存在ではないので死すれば光の粒として消えるのだ。

そこを使えということだろう。


「そして最後の課題は、─────────────魔族を撃退することだ」


教室の中が水を打ったように静まり返る。

魔族の撃退。それは、守護者としての最上級の責務であり、存在理由でもある。そんなことを、守護者を育成する学院、それも最高峰の場所で言えばどうなるか。答えは簡単だ。


「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」」


莫大な歓声が、ビリビリと揺らした。遂に目指す守護者の道筋がはっきりと見えたといえば、この興奮も頷けるというもの。彼彼女らはその瞳にやる気の炎を燃やしていた。


「その日は5日後、心と装備の準備をして待ってろよ、ひよっこ共」


柄にもなく心がワクワクしているアウルは、魔眼布の中で笑みを深めたのだった。


 @


「あー……本当にお前らが、来るって言うガキ共か?」


受付嬢が退散してから数分、ガリガリと後頭部を掻きながら、男がやってきた。出会い頭に失礼な事を言われて、面々は眉を顰める。

エディアに至っては不快な顔を隠そうともしていない。

男は無精髭がぼうぼうと生えた容貌。だらしなくよれたコート、腰に差したフランベルジュがカチカチと音を鳴らしていて、草臥れたおっさんという印象しか与えてこない。


「逆に聞きますけど、貴方が本当に守護者なんですか?」

「ああ?俺はれっきとした守護者だよ!」


見ろ、と懐から小さな板のようなものを取り出す。見れば、それは登録証であった。サインと名前が刻まれているそれには、イカル・アムールと載っていた。男の名前だろう。


「じゃあ言わせてもらいますけど、私達もれっきとしたカムフトーム魔塔学院の生徒ですよ」

「…………今のカムフトームは、こんなちっこいガキと変な見た目のガキでも入れるんだな」


なんだか失礼な物言いが多い、と思いながらアウルはため息をつく。


「守護者なら、見た目じゃなくて強さで判断してくれ」

「悟ったガキだな。名前は何だ?」

「俺はアウル・リヴァーネム。このチームの名は、『エーゲン・ラフト』だ」

「覚えておいてやるよ。俺はイカルだ。適当に呼べ」


イカルは無言で踵を返す。ついてこいということだろう。

これからこの人物に命を預けなければならない、ということに一抹の不安を覚えるアウルたちなのだった。

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