幕間 ある日のカムフトームの日常
カツカツ、という心地よい音とペンを紙に走らせる音の、協奏が静かに響く。
「で、そこの女生徒は何回寝るのですかね……」
教壇に立つ痩身で神経質そうな男が、額に手を当てて首を振る。
その目線の先には、石楠花色の髪の女子が机に突っ伏してぐうすかと眠りこけていた。普段の凛々しい態度から真逆のその様子に、隣に座る目隠しをした男子は苦笑を禁じ得ない。
ここは、カムフトーム魔塔学院本塔に隣接した建物……カムフトーム魔塔学院学棟である。
いくら『最強のカムフトーム』とはいえ、"学院"を冠するのであれば学術修学をしなければ偽りである。本塔が闘いの象徴であるなら、これは学びの象徴と言ったところか。
魔塔本塔ほど奇特な形では無いが、王都内でも大きい建物なのは間違いない。
そんな建物の一室で、堂々と居眠りを敢行する女子生徒。
「自業自得になるとはいえ、流石に目に余りますか」
痩身の教師──入学式の式典で案内をしていたミケルという男だ──が、移動して女子の前に陣取る。それでも彼女は顔を上げない。ミケルが無造作に手を上げて、振り下ろす。鋭い手刀が、彼女の後頭部にクリーンヒットした。
その衝撃で起きたのか、のそり、とゆっくり顔を上げた。それから彼女……お察しの通りカレハが、キョロキョロと周りを見渡して、遅れ馳せて眼の前に教師がいることに気付く。
「あっ、えっ……」
「これ以上の居眠りはポイントを支払ってもらいますよ」
「す、すみません……」
カレハが謝意を見せたことで溜飲を下げたらしく、再び教卓へと戻ったミケル。再び色柔石を手に持って、前の板に文字を書きつけていく。
「そこなカレハさんのために、もう一度最初から話します。覚えきれていない人はここでまとめ直してください」
またも槍玉に上げられたカレハは小さくなる。恐縮しっぱなしだ。
「まず、この世界に生きる全ての動物には、ある器官が備わっていることはご存知ですよね?もちろん、魔髄と魔力臓です」
そもそもの話である。この世界には、二種の魔力が存在する。一つはもとより自然に満ち満ちている、自然魔力。もう一つは、生物の体内機能によって生まれる体内魔力だ。
自然魔力は空間に偏在しているため、世界の書き換えが常に微細に行われ続けている。しかしその変換量は微量なため、普段は殆ど感じない。魔法や魔術を使うとき、自身の体内魔力と共振させることで利用することがあるのは余談だ。
「魔髄と魔力臓はくっついていて、魔髄によって生み出された魔力は魔力臓と栄養管へ流れています」
栄養管というのは、ユウセイの世界で言うところのリンパ管だ。
「魔力臓は魔力の貯蔵に使われます。また栄養管を流れる体内魔力によって身体が常に変質することを、スキルといいます。まぁここまでは皆さんもご存知でしょうね」
ミケルが講義室を見回すと、座る皆が頷いた。そこまでは、もうこの世界では解明されている。
「では、どうして魔髄は魔力を生み出すことができるのでしょう。どうして、魔力臓は魔力による改変を受けずに貯蔵することが可能なのでしょう。どうして、自然魔力は世界に満ちているのでしょう」
「…………どうして、ですか」
「この問いは未だにわかっていません。ですから、この問いに終止符を打つのがこの生物魔導学の肝というわけです」
「なるほどね、面白いわね、アウル」
カレハが小声でそう感想を伝えてきた。アウルとしては、これくらい常識だと思っていたが、カレハのためを思って黙っておくことにする。
「さて、ここまではよく知られている話ですが……皆さんは世界抵抗減少というのを習いましたかね」
「世界抵抗減少?」
頷いている生徒もいるにはいるがごく少数、それ以外の全員が首を傾げていた。突然の専門用語的なものに、頭上にハテナマークを浮かべている。
「その様子ですと知らないようですね。では軽く説明をば」
チョークを再び踊らせて、説明を書いていく。
「この世界は物理法則が働いている、ということは赤子でも理解しています。しかし、魔力は存在するだけで物理法則を上回って働いてしまう。では、魔力が放たれて魔法や魔術として働いたあと存在し続ければいずれ世界は魔力によって改変された法則だけになってしまいますよね」
「……どういうこと?」
「つまり、魔力が消えなければ世界がどんどん目茶苦茶にならないとおかしいだろ、ということだな」
カレハがまた小声で話しかけてきた。今度は質問だ。アウルはいい感じに要約して、教えてやる。それでも彼女はわかったようなわかってないような微妙な顔をしていたのだが。
「この時、魔力を消滅させているのが、世界抵抗減少です。これは、現実改変能力をもつ物質が世界から消滅していく自然現象です。言ってしまえば、世界が正常性を保つための自浄作用のようなもの」
魔法が放っておくと消えてしまうのはそういう理由だ。途中で魔力が消えてしまうため、常に魔力を注ぎ込み続けるか、自然魔力を利用するかしかない。
ちなみに、自然魔力は消えないのかと言うと、消えてはいるがそれより速い速度で増殖しているらしいからである。から、とつけたのは未だに解明しきっていないためではあるが。
「そろそろ、授業を畳む時間ですね。えー、それで一つ伝えたいことが…………今期のまとめでは、皆さんに研究をしてきてもらいます」
ミケルが気怠げにそう言うと、教室の至る所から悲鳴が上がってきた。
研究などという面倒くささ満点のことを課題に出されて嫌じゃない学生など存在しないだろう。
「研究のテーマは何でも良いですが、生物と魔力に関するモノであるのを前提とします」
「はい、いいでしょうか?」
「何でしょう、エディアさん」
「研究ということは、発表がありますよね?」
「まあそうですね。それで加点しますが」
「発表形態はどうなんですか?」
「まあ教壇にたってもらって読み上げ形式にしましょうか」
再びの悲鳴。コミュニケーションが苦手なタイプには、地獄になること間違いなしだ。
アウルは、どうしようかと軽く思案するのだった。
はい、お察しの通り、授業回に見せかけた設定開示回です




