決着する愛憎劇
「シッッ!!」
鋭い呼吸音を合図にして、ゴドウィンがスタートを切った。その速度は先とは全く比べるべくもないほど疾い。氷の道を滑走することに加えて、ユウセイのありったけの魔力を使ったバフ。その手に握りしめられている氷剣の輝きが、マルルに迫る。
「疾いッ!」
「はあああああッ!!」
地を蹴って、跳躍。ゴドウィンは空中の身体を独楽のように回転させながら、刃を向ける。マルルは再び手の内に肉と骨から作り出される短槍を諸手に一本ずつ生成、連続で投擲する。しかし回転するゴドウィンに、そんな一撃は届かない。ガキン!!と弾かれて、地面に突き刺さって即座に溶ける。
「くッ!」
もはや落とすことは不可能と考えたのか、掌から生える舌を自分の腕に巻き付けて、マルルは即席のクッションと為した。氷の双剣が舌を切り裂いて、赤い鮮血が花のように咲き誇る。だが、威力は減衰し、威勢は削がれた。その隙を見計らって、マルルは右手を翳す。そこにびっしりと生えているのは、毒が溢れ出る蛇の牙だ。
「毒で苦しむ姿を見せてちょうだい!」
その瞬間、筍のように手から生えている牙の弾丸が、ゴドウィンに向けて発射された。殺到する、毒と鋭利の二重の殺意。ゴドウィンの眼に、刹那絶望がよぎる。だが、その絶望が来る未来はない。背後から跳躍してきたカレハが、その手を高速で振り抜いたからだ。
「危ないところだったわねッ!」
「チッ、邪魔を……!!」
カレハの振り抜いた手には、ゴドウィンのように剣が装備されていた。よく見れば、反対の手にも。エディアが、先程のように魔法で作り出したのだろう。岩剣は荒削りで、持ち手も全く保護されているような感じではない。辛うじて刃は研がれているが、それだけだ。よくそのような状態の剣をブンブンと振ることができるな、とアウルは実際感心しきりだ。
ともかく、カレハは長剣から持ち替えた両の剣を幾度も振って、ゴドウィンを強襲した文字通りの毒牙を弾いていった。守られているゴドウィンは、そのままでは行かないと頭を振って、カレハを追い越す。その動きには迷いなどない。
「ゴドウィン!合わせるわ!」
「気の利く後輩だな!」
毒牙を切り抜け、二人は並んで疾駆する。カレハの石楠花色の髪がたなびいて、ゴドウィンが魔力の残光を残していく。未だ飛んでくる骨や牙の弾丸は、二人が装備する合計四本の短剣が踊って、弾いていく。マルルは肉薄せんと迫る二人に眼を細めた。軽度な威力の攻撃では意味がないと判断したのか、今度は下半身の尾を叩きつけるように振り下ろしてくる。それを高速移動で難なく回避して、遂にマルルの蛇の胴体の前にたどり着く。
「近づくという意味、わかっているのよねェ!!」
二人は、同じ笑みを浮かべる。獰猛で、闘争心が煽られているそれだ。マルルは手から牙の嵐を放ち、二人を撃墜せんとする。しかし、二人は鏡合わせのように左右に別れた。そして同時に、短剣を踊らせる!
「「はあああああああああッッ!」」
斬閃も、二人の身体も、縦横無尽に走り抜ける。蛇の胴体に幾重にも傷が重なって、マルルは苦痛の顔を浮かべる。だが、マルルも反撃をしないとは言っていない。マルルは再び魔法を発動、その左腕を右手で掴んで、ブチュリと毟り取った。プラプラと揺れる左手を脇に挟んで、魔力を掛けていく。そうして出来上がったのは、異形の大剣だった。掌は手刀に、上腕は柄に。膨張した筋肉を無理やり板状に圧縮して生み出された、絶死の刃だ。
「───!」
そしてその巨剣を、筋肉を増強することで右手一本で支える。どんな強化をすればそうなるのか、検討すらつかないが、眼の前の事実は変わることなどない。腰を回して、獲物を溜める。そして、解き放たれた。ゴドウィンに向け、斜めに走る斬閃。氷の短剣を重ねて、即時の盾とする。
だが。
「ぐうううううッ……!!」
「ふんッ!!!」
その程度のちんけな防御で、止まるべくもない。バギン!!と破砕音が響いて、左手の氷剣が瓦解する。なんとか受け流して地面に大剣を落とさせるものの、残りの武器は右手の短剣のみ。ダガーのごとく構えるものの、どこか心もとないのは確かだ。カレハは刃を走らせ続けるも、攻め手が減るとなるとダメージは低い。もとよりこの作戦は、二対四本の短剣による圧倒的手数で押し込む作戦だったのだ。それが、物理的にも作戦的にも圧し折られた。どうする、とゴドウィンは思案する。その刹那は戦場ならば致命的だ。
「どうしたの、考え事かしらァ!?」
「しまっ……」
頭上に迫る巨大な剣の壁。縦ではなく横に向けてはたくように落としてきているのがたちが悪い。つまりは、一閃斬殺より重鈍圧殺という、マルルの性格そのものが出ている致命の一撃だ。ゴドウィンは剣の影で、臍を噛む。今から魔法を使って氷を使おうとも、多分徒労にしかならないはずだ。そして地面を転がって避けようと思っても、先程砕かれた氷の欠片が散らばっている。
(もう、マルルを受け入れるしか……)
「ゴドウィンッ!」
「!?」
だが、そんな思考を物理的にふっとばしたのは、中肉中背の男だった。黒髪黒目のその男は、ゴドウィンを横から突き飛ばしてニッコリと笑った。
「おいおい、せっかく許せたのに……自分を犠牲にしちゃあ、許せなくなっちゃうぜ?」
「ユウセイ……」
突き飛ばされたことで、絶死の影から逃れることができた。しかし代わりにユウセイの頭上十センチほどに、もう剣が迫っている。
「おい!」
「大丈夫だ。──────だって、強化を全振りしているからな」
風を唸らせて、ユウセイの身体を押しつぶす肉造の大剣。それにユウセイが無造作に両手を伸ばすと、ガン!!という鉄と鉄を合わせたような凄まじい音が鳴った。両手に力を込めて、必死に押し止めるユウセイは、苦肉の表情で叫ぶ。
「今だ、アウル!!」
「────────おう」
ダン!と踏み込んで、飛び上がる誰か。それは、最凶の眼力を持つ男。眼の前の剣が横になっているからこそ、道に見立ててその上を走り抜ける。マルルは慌てて剣を引き戻そうとするが、もう遅い。上に乗っているということは、戻せば必定近づくということ。その眼力は、マルルをも倒しうると身体が警鐘を鳴らしているからこそ、マルルは戻せない。
「───────迷った瞬間で、お前の負けだ。喰らいな」
「ッッ!!」
アウルは、その眼力を解き放つ。魔眼布をシュルリと解いて、眼を露出させた。
だが、視界に入ってきた光景は思っていたものとは違う。マルルは顔を見ることなく、明後日の方向を向いている。それは、アウルの対策がわかっているものの行動。
「貴方の力は知っているのよ、賢猿のときに視たのよねェ……!!」
奴は身体を大きく震わせて、アウルを振り落とそうとする。無論、アウルの眼は見ることなく。アウルはバランスを崩して、大剣の落ちそうになってしまう。だが、なんとか踏ん張って、耐える。
「後輩ちゃん、いつまで耐えられるかしら?」
「クソ……」
強者は、驕ることがよくある。そしてアウルの眼力は、そんな強者の驕りを食い物にすることができるのだ。だが、逆に言い換えれば、驕らない強者に弱い。傾向と対策を練る、慎重な強者には。
────ただ、今回は全く持って問題はない。なぜならば、アウルは囮でしかないからだ。
「──────残念だよ、マルル。俺じゃなくて、そっちに注意を払うからだ」
玲瓏な声。先程から小さく響いていたパキパキという音はすでに止んでいた。
「!!ゴドウィ……」
「ああ、姉貴。お前が、俺を手に入れたいということはよくわかった。俺は、その気持ちには答えられない。だけど……」
マルルはゆっくりと振り返る。ゴドウィンがいる方に。
「これからも俺に生き方を教えてくれるんだったら、付いていくさ。だって、姉貴、だしな」
ゴドウィンは、大きく振りかぶった。氷の短剣をさらに重ねて凍らせることで生み出した、怜悧の大剣を。
マルルは咄嗟に手元の大剣を手放して、腕を伸ばそうとする。
だが、刹那、鋭い痛みがマルルを縫い付けた。
ゴドウィンは疾駆する。
氷は、ものをつなぎとめることができる。だが、いつかは溶けて消えてしまうだろう。
想いは、凍ることはない熱だ。
だが、絆は、想いを硬めてやれる。
絆という氷で、戒めることができるのだ。
ゴドウィンは、刃を振り抜いた。
マルルの身体に、十字の太刀傷が走り抜ける。
どこかすっきりした表情で、マルルは、倒れていったのだった。




