変貌
カレハが岩剣を振り下ろしたその瞬間、手に何かを切り裂いた感覚が返ってきた。思わず、快哉の声を上げてしまう。
「やったッ…………って、あれ?」
だが、気付いた。切り裂いたのは蛇型〈ヴータリティット〉の身体ではない。突如生えてきた、肉のついた柱のようなものだ。
筋肉や骨が組み上がったそれは、どう考えてもマルルの仕業だ。現に、奴はニヤニヤとした薄ら悪い笑みを浮かべている。
「ちょっと、邪魔しないでくれる!?」
「いやねぇ……邪魔も何もなくないかしら?」
肩を竦めたマルルが、異形の筋肉に力を込め、一気に爆発させる。一息で距離をゼロに変えて、カレハを殴り付けた。
無防備な背中から押し飛ばすような衝撃を受けて、肺から全ての酸素を強制的に吐き出す。
「カッ!」
だがカレハも一流の前衛攻撃者だ、直ぐ様空中で身を翻して、地面で受け身を取る。それからマルルを屹然と見据えて、その手に収まっている岩の剣を水平に構えた。
マルルは蛇の横に着地して、それからニンマリと、嗜虐的な笑みを浮かべた。真剣な表情であるはずの戦場で、その顔はとても浮いていた。
「この子もお気に入りなのよ、遊ぶのは良いけど勝手に壊さないでくれるかしら?」
「ハッ、そっちこそ戦場を分かってないようね。壊れるのが嫌なら、持ってこなきゃ良いだけ。知らないとは言わないわよね?」
今度は、カレハが呆れたように肩を竦めた。いい度胸ね、と互いにひっそりと笑い合う。そして、二人が鏡合わせのごとく同時に跳んだ。ただのジャンプなどではない。筋肉が異常発達している二人による、跳躍からの激突は、野生動物が雄々しくぶつかり合うその様を思い起こさせた。
岩剣と、手刀。それぞれの獲物が、火花を散らす。
「あなた……戦いの場じゃければ、勧誘したいくらい良いわね」
「あら、ゴドウィンは良いのかしら?」
「強い子ならゴドウィンも許してくれるはずよ、ねぇ!」
そう最後の言葉を強めると、どうやっているのかはわからないが、手刀で岩剣を弾き飛ばした。刃が鈍く、潰れているとはいえ一応尖っているはずなのだ。それを、何も装備していない素手の手刀で弾くなど、カレハが言えた義理は本当にまったくないが、化け物であろう。
「手刀で防げるのもどこまでかしらね!」
弾かれた剣をすぐさまもう一度、いや幾度も切りつけて、マルルの体全体に浅い切り傷を刻み込んでいく。彼が命属性系魔法を使っていることを鑑みるに、回復される可能性は高いが、消耗させて悪いことなど何一つない。
「本当は拳の方が好きなんだけどね……正直アンタとの殴り合いは怖いわ」
「そうねぇ、潰しちゃうものね」
「いいえ、ゴドウィンじゃなくて私が倒しちゃうのが怖いのよ」
「──────────言うわね」
マルルは笑みを深める。その顔は、純粋に戦闘を楽しむ戦士のそれだ。そして、それはカレハの瞳の中にも。
カレハは岩の剣を持たぬ左手を腰にためて、解き放つ。剣が来ると構えていたマルルを急襲する拳だ。
咄嗟にマルルは異形の右腕で防御するが、それすらもブラフだ。本命こそ、右脚。
右側に腕を動かしたことで無防備になった左の臀部を、回転をつけて蹴飛ばす。
マルルは衝撃を受けるものの体幹によって耐えて、お返しの鉄拳をお見舞いする。
「喰らいなさい!」
「喰らえと言って喰らう馬鹿がいるもんですか!」
「……」
見ているアウルは苦笑するしかない。自分の口癖を否定されてる気分だからだ。まあ勢いで言っていることなので、目くじらを立てて荒立てる必要も無いだろうが。
カレハは鉄拳を後ろに飛ぶことで威力を減衰させつつ、右手の岩剣を閃かせる。その刃は、後ろに飛びながらであったので、彼の拳を浅く斬りつけるに留まる。
「ゴドウィン、今のうちに!」
「ああ、蛇は任せろ」
ゴドウィンが、魔力を放つのが背中越しに感じ取れた。さらに、エディアの魔力の高ぶりも感じる。後衛火力の二人が力を合わせて、電光石火に蛇を倒してしまって、全員でマルルにかかるのが得策と判断したに違いない。
いつも頼もしいと言ってくるアウルたちだが、カレハから言わせてみればよっぽど彼らのほうが頼りになる。そもそも、カレハは独断専行ぎみ、というか作戦があっても最終的には考えずに前線で殴り合ってしまう。そんなカレハを支えて、しっかりと活かしてくれるアウルには、本当に頭が上がらない。
「ソレはちょっと困るわねぇ……アレをするしかないのかしら」
「アレ?何をする気?」
「見ていればわかるわ、お嬢さん」
マルルは一つため息を付いて、それから真剣な顔となる。その顔は今までの狂った狂愛の笑みとも、余裕の微笑とも、全く異なる彼の本当の顔だった。
マルルは後ろから近づいてくる蛇型〈ヴータリティット〉の進路を遮るかのごとく両手を広げると、その姿勢のまま上に飛び上がった。
「来なさい」
「フシャアアアアアアアアッ!」
空中に浮く彼の下半身へと、静かに呟いた言葉ごと飲み込むかのように、蛇が噛みついた。
魔力が溢れる。即座に彼の臀部から肉が溢れ出して、噛みついた蛇ごと包み込んで変形していく。蛇の顔が、肉の濁流に飲み込まれて見えなくなる。
そのシルエットは、歪で異形で、恐ろしいまでに悍ましい。上半身は変わらずマルルの薄ら笑みと屈強な肉体なのだが、下半身が噛みついた蛇の身体となってしまっている。
─────────その姿はまさに、ヒトの身を上半身に持ち、下半身が長大な蛇となっている、半人半蛇であった。
上半身だけが変わらずに薄ら笑みを浮かべていることが、逆に恐ろしさを高めている。彼が口を開いた。
「さて、待たせたわね……この姿を人に見せたのは初めてよ」
「それは……」
「さあ、再開としましょう」
彼が、その蛇身となった先の尾をくねらせる。その動きはあまりにも自然で、もはやその姿が本来であると言われても疑わないやもしれないほどだ。いつの間に生み出したのか、マルルの手の内には装備があった。不気味に胎動する、肉肉しいハルバードだ。その穂先についているのは、先程まで蛇の口腔内に生えていた、牙らしい。
「…………」
「おい、カレハ……?」
「……ちょっと、まずいわね」
「どうしたんだ、カレハ!?」
「いや、俺にもわかる。アイツは、とにかくヤバい」
アウルがそう忠告した刹那。マルルの異形の身体が掻き消える。その大きな影はどこに消えたのかと迷う暇もなく、背中に怖気を感じた。咄嗟に前に転がるように飛び出すと、風切り音が背中を撫でる。
皆も同じように前に倒れたのが横目に視える。そして、何気なく前の壁を視た。視てしまった。そこには、巨大な傷が走っていた。
「あら、避けられちゃった。まとめて横着するのはよくないかしらね」
身体の後ろから、何気ないように呟かれたその言葉を聞いてカレハは戦慄した。もはや力関係は完全に逆転しているからこそ言える言葉である。
だが、この程度で止まるほど、カレハの、エーゲン・ラフトの意志は弱くない。
「楽しませてくれるかしら?」
「アンタこそね」
「ハッ、姉貴こそ、やっと倒しがいのある姿になりやがったな」
ゴドウィンが立ち上がって、マルルに向き合う。
決戦は、最終局面に差し掛かろうとしていた。




