始まる、決戦
「「はああああああッッ!!」」
互いの拳が、悲鳴を上げて鎬を削る。ミシリミシリ、バキリバキリと。
その激突は、互角に見えた。だが、よく視てみれば、そして考えてみれば、わかる。
ゴドウィンの方は、遠心力による後押しがあるとはいえ振るっているのは生身の拳。
マルルは、魔力によって身体の筋肉を強化した上での暴力的な拳。
どちらが押しているのかは明々白々。
「くッッッッ!!」
「どうしたのよ、ゴドウィーンッッ!?」
だが、ゴドウィンは今は一人ではない。二人の衝突地点に、ユウセイが駆ける。
その魔力はすでに、高められている。
「【情報付与】対象:ゴドウィン・コロラド 効果:筋力増強、魔力回復速度増加ッ!」
ユウセイの暖かくも猛々しい魔力が、ゴドウィンを包む。その瞬間に、ゴドウィンの拳がマルルの異形の一撃を押し返す。魔法によって強化された筋肉は、あの異形な筋肉に勝るとも劣らず。
「ありがとう、これなら……ッ!」
「……無駄な抵抗を!」
ユウセイの支援によって、力に関しては本当の互角へと昇華したゴドウィン。だが、未だ不利はひっくり返せない。何故ならば。
「私は翼でさらに加速できるのよ!」
翼に風を貯めて、それに上手く乗る。拳に込められた力は変わらないものの、その圧力はさらに上がる。
ミシミシと、氷拳が軋む。ブチブチと、巨拳が呻く。
そして、永遠に続くかと思われる初撃の衝突は、唐突に終わりを迎えた。
バキ、と冷ややかな音が響く。ゴドウィンの拳を強化していた、氷の拳が粉砕されたのだ。
しまったという顔を浮かべるがもう遅い。ゴドウィンの眼前に、破壊した勢いのままに異形なる拳が迫る。
「これで終わりにしないでよね……もっと愛させて!」
「───────そうね。愛させての部分には同意できないけど」
氷の腕を長く使いすぎたせいで立ちすくんでいるゴドウィンの身体に、横からの衝撃が突き抜ける。その正体は、カレハだ。動けなくなったゴドウィンを体当たりによって強制的に吹き飛ばして、地面を転がせたのだ。カレハ自身は、ゴドウィンと入れ替わるように、マルルの異形の拳の前に立つ。
「チッ!野暮なことを!?」
「生憎ね。私はおせっかいが大好きなのよ!」
カレハは迫る拳をしゃがんで身体を低くすることで紙一重で回避して、そのまま腕を伸ばしていてガラ空きの胴体を目掛けて蹴りを放った。鋭く突き刺さる一撃。
「ッ!なかなかやるわね……でも、ゴドウィンでもない貴女に倒されるわけには行かないわよッ!」
蹴飛ばされたことで軽く後ろに飛んでしまうが、マルルは羽を使ってうまく衝撃を吸収することでなんとか踏ん張る。再度羽ばたいて、ゴドウィンの方へと飛翔する。
ゴドウィンは転がった状態から飛び起きて、魔力を一瞬で練り上げる。その操作は手慣れていて、無意識下で行っているレベルだ。なぜなら、魔法とは幼い頃から使い続けてきた、お古の道具であるから。
「【精氷弾】!」
呼び声に合わせて、氷弾が即座に飛び出す。マルル目掛けて一直線だ。
さらに、後ろからもマルルを追い立てるものがいる。
「アシストするわよ、ゴドウィン!」
「挟み撃ち……甘いわ!」
マルルは急停止すると、その翼をより強く、下に叩きつけるように振り下ろした。気流が生まれ、マルルの身体を押し上げる。直上に飛び上がったことで、前後から迫る二つの攻撃──魔法とカレハ──を同時に回避した。
人の身でありながらここまで翼を使いこなすなど、常識の範疇から逸しているとしか形容できない。翼を持つ人間相手など、皆やったことがない。故に、苦戦してしまうのも必定と言えばいいか。
「クッ、攻めきれない……」
「どうにかしてあの翼を無力化すればいいんだがな……」
あの翼がある限り、ヤツの移動速度はこちらを大きく上回る。攻撃力で既に上を取られているのに、機動力まで上を取られてしまっていると、有利不利はもうひっくり返せなくなってしまう。であれば、あの翼をもぎ取ることが出来れば、大きく有利と傾くはずだ。
「エディア、ゴドウィン!魔法で撃ち落とせるか!?」
「お安い御用です!【瞬精光条】!」
「おうともよ!【精氷弾・棘】」
二人の魔法が、交差して駆ける。氷の棘と、光の帯がマルルの翼へと一直線に飛来して、肉々しく気味悪い翼を貫かんとした。先にたどり着くのはもちろん文字通りに光速で迫る光条で、マルルが翼を動かして逃げようとする直前に、その付け根に着弾する。その焦げる痛みに、マルルは顔をしかめてよろめいた。
「くゥッ!?」
「させませんよ!」
「おっと、マルル。俺のことも忘れないでほしいな」
その言葉と同時に、マルルが生やしている異形の羽に、痛みが走る。それは、遅ればせながら着弾した氷の棘だ。無論それはゴドウィンが放った魔法であるし、それが一撃とは限らない。
「ッッッ!」
連続して、バスバスと翼に突き刺さっていく氷棘。その想像を絶する痛みに、マルルは遂に墜ちた。異形に育った肉の翼は、ボロボロと崩れ去ってどこかに消える。それでもマルルは、フラフラとよろめきつつもなんとか立ち上がった。それだけ、想いが、愛いが強いのだろう。
「姉貴……もう俺の力も忘れちまったのか?」
「そんなことはあり得ないわよぉ!私がゴドウィンを忘れることも、私が負けるということも!!」
そう激したように叫ぶと、マルルは異形の拳を解除して、構えを取った。それは、右手を前に突き出して、左手を後ろに構えたもの。平たくそのポーズを説明するのであれば…………正拳突きのソレだ。
だが、正拳突きとある一点で異なっている。それは、魔力が放出されている、という点だ。
「【身体操作】」
マルルは魔法名を厳かに告げた。その刹那、ミシミシッ!となにかを引き裂くような音が断続した。そして、メキィ!と、地面にヒビが入る。その現象は、マルルの大腿筋が異常発達したことによる、圧力の増加だ。全身の筋肉全てを脚に集中させたかのような魔法に、思わずゴドウィンは構える。
「行くわよ」
「!」
マルルは言葉を言い切らない内に、発進した。転瞬、ゴドウィンの眼前に、マルルの身体が躍り出る。20メートル近くあった距離を一息に詰めたことで、ゴドウィンの反応速度を超えた先制を食らわせるのだろう。だが、それは予想できていた。ゴドウィンを優先して攻撃するのは、まあ当たり前であると。
「狙いを隠す努力をしたらどうかしらッ!?」
空中から、大きなものが墜ちてくる。投石や魔法ではない大きさだ。その正体は、カレハ・ライン。膝を伸ばした飛び蹴りの姿勢で、流星のように空中から飛来した。
ゴドウィンを狙っていたことで、ガラ空きとなっていたマルルの背中に直撃。衝撃波が、マルルの身体を撃ち抜いた。
「がッ……!」
「悪く思わないでよね、そもそもこれで倒されないと思うけど」
なんとか起き上がったマルルは度重なる攻撃によって意識が薄れ始めているのか、よろめいている。姿もボロボロとなってきた。だが、眼差しも戦意も途切れることはない。心が折れない限り、その熱病は治らない。
「──────なぜ、私がここで待ち受けていたと思う?」
ポツリと、彼がそうつぶやいた瞬間。広間の入口に、巨大な生物が現れたのだった。




