第八話 薬師
薬草の香りが立ち込める薄暗い店内で、薬師の女店主は困り果てたように両手を口にあて溜息をついた。
店主の顔には少なくない皺が刻まれている。
「困ったよ、グランツさん。よく来る男に、結婚を申し込まれちまってね」
「いいじゃないですか。恋愛に年齢は関係ない」
グランツは、並べられた乾燥ハーブを品定めしながら、事も無げに言った。
「おおありだよ。あたしみたいな皺だらけの婆さんより、若くて綺麗な女なんて、街にいくらでもいるってのにさ」
自嘲気味に笑う彼女の言葉を聞いた瞬間、グランツの手が止まった。
彼はゆっくりと振り返った。その瞳には、いつもの冷静な職人の色ではなく、どこか哀しみを帯びた色が混じっていた。
グランツは、自分を卑下する女性の言葉が何よりも嫌いだった。
「……綺麗ですよ、あなたは」
「お世辞はいらないよ」
「お世辞ではありません。ただ、少しだけお手伝いしましょう。いつも良い素材を探してくれるお礼です」
グランツは道具袋から、特別に精製した乳白色のクリームと、夕暮れの陽光を閉じ込めたような琥珀の粉末を取り出した。
彼は女の背後に回り、その首元にそっと手をやった。
「おや、首に化粧するのかい?」
「はい。首に色を乗せます。ここは、身体の中で最も年齢を感じさせる場所ですから」
グランツの指先が、彼女の温かい肌に触れる。
そこには、これまで彼女が懸命に生きて、誰かの病を治し、山を歩き回ってきた歴史が刻まれていた。
「でも、隠すんじゃありません。綺麗に見せるだけです」
「こんな年とった女の首なんて、見てどうするんだい」
「年齢は、とるものではありません」
グランツは、琥珀の粉末を首の筋に沿って、薄く、ヴェールをかけるように伸ばした。
深い皺の影が、光の反射によって「深み」へと変わっていく。
「重ねるものです」
グランツの声は、静かに店内に響いた。
「あなたが重ねてきた時間は、誰にも真似できない輝きです。若い娘には出せない、磨かれた古木のような艶がある。僕はそれを、少しだけ人に見えるようにしただけです」
グランツは鏡を持たせた。
若返ったわけではない。
気品に満ちた一人の女性が映っていただけだ。
女は、自分の首筋をそっとなぞった。
「……まいったね。これじゃあ、断る理由がなくなっちまうじゃないか」
彼女の目から、一滴の涙がこぼれ、皺を伝って落ちた。
グランツはなにも言わず、店を後にする。
背後で、彼女の小さな、しかし確かな笑い声が聞こえた気がした。
街の通りを歩きながら、グランツは自分の手を見つめた。
いつか自分も、多くの時間を重ねた時、あのような美しい皺を持てるのだろうか。
月が、夜空に高く昇っていた。




