表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/10

第十話 アリシア

 

 夜のテラスに、冷ややかな風が吹き抜けた。

 グランツは手を入れた女性の微笑みを確認すると、グラスを手に持ってテラスに出た。


「あら」

 

 テラスには、漆黒の女王が手すりに背を預けていた。

 あの夜会の喧騒から、彼女はさらに高く、もう誰も手の届かない場所へと登り詰めていた。


「今日の幸運な女性はどなたかしら?」


 アリシアはそう言って静かに微笑んだ。

 あの魔法の言葉はアリシアの身体に染み付いている。

 歩き方だけではない。

 口の動きも、指の動きも、すべてが優雅で気品に満ちている。


「顧客の秘密は話しません」


 グランツの言葉にアリシアはにっこり笑って答えた。


「もちろんよ。女性にとっては、それが一番大事。だからこそ、グランツの元に女性が殺到するんだから」

「殺到とは大げさです」

「もう貴方を拘束しようとしても、半年先まで待たないといけないもの。けして大げさじゃないわ」


 アリシアはそう言って手に持ったグラスに視線を落とした。


「少し、寂しいわ。貴方の初めての客になれたことは、とても光栄に思ってるのだけれど」

「アリシアさんには、僕はもう必要ないでしょう」


 グランツの言葉を聞いてアリシアはほんの少しだけ、唇を横にひいた。


「ほんとに困った人ね。人の人生を変えておきながら」

「僕の仕事は、女性に切っ掛けを与えるだけです。人生を変えることなんて、僕にはできません」


 グランツは、月明かりの下で淡々と語った。

 自分の術は、あくまで女性に切っ掛けを与えるに過ぎない。

 人生を変えるほどの力があるとは思っていない。


「そうかしら。わたしは、あの日、人生が終わったと思ったわ」


 アリシアが静かに振り返った。その瞳には、かつての卑屈な令嬢の面影はない。


「でも、あなたが新しい人生をくれた。切っ掛けなんかじゃないわ、グランツ」

「……そう言っていただけると、嬉しいです」


 グランツは少しだけ目を伏せた。

 だが、アリシアの言葉は止まらなかった。


「知ってた? あの日。漆黒のドレスを着た日。数え切れないくらいダンスに誘われたけれど……私、誰とも踊らなかったのよ」


 グランツが手を止めた。

 会場を支配し、女王のように歩いた彼女が、差し出された男たちの手をすべて拒んでいたという。


「女の人生は変えられない、と言ったわね」


 アリシアは一歩、グランツに歩み寄った。

 そして、白手袋に包まれた右手を、迷いなく彼の方へと差し出した。


「女の人生を、変えてみたいと思わない?」


 テラスに沈黙が流れた。

 市場の喧騒も、戦場のような夜会も、独房の冷たさも、すべてがこの一瞬の静寂のためにあったかのように。

 グランツは、差し出されたその手を見つめた。

 

 彼は知っている。この手を取れば、それはもう「一時の魔法」では済まない。

 彼女の人生に、そして自分の人生に、一生解けない呪いをかけることになる。


「僕がこの手をとれば、貴方の人生は変わりますか?」


 グランツは、自らの指先を無意識に拭った。


「それを見届けるのが、殿方の仕事でしょ?」


 アリシアの微笑みは、どの令嬢よりも深く、どの暗殺者よりも鋭く、そしてどの娼婦よりも真摯だった。

 そして、その視線は、真っすぐにグランツを見ていた。

 グランツは溜息を一つ吐くと、初めて自分の意志で、その美しい指先に触れた。


「見届けましょう」


 二人の影が、月明かりの下で一つに重なった。

 夜風が、静かに影の横を吹き抜けていった。





ここまで読んでくれて、ありがとうございました。

ふと浮かんだシーン(アリシアが漆黒のドレスを着て登場する場面)を書きたくて、グランツという人物を創造しました。

ただ、グランツが想像以上に優秀だったので、短編で終わらなくなりました。

基本的に短編しか書いたことが無かったので、少し不安になりました。

まだまだ続けることも出来そうですが、一旦はここで終わります。

ありがとうございました。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ