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新しい家族 7.変わっていくもの

「ここがユマリとエリアンの新しいおうちだよ」


 あたしは、家の前に立って、手を引いているユマリとシアに手を引かれているエリアンにそう告げた。


 ユマリとエリアンが養子になることを了承してくれてから、約一ヶ月後、ようやく二人を正式に引き取ることができた。随分時間がかかった気がするけど、エクティア・ウォリンカによればこれでも早く進んだ方らしい。


「わー、ほんとにお庭がある!」


 ユマリが嬉しそうに声を上げる。ユマリたちが実の両親と住んでいたのは集合住宅の一室だったので、戸建ての家に憧れがあるそうだ。


 クラディムでは珍しくない木造の二階建てで、そう大きくはないけど、家族四人で暮らすには充分だろう。


 ユマリは中に入ってからもしきりに「すごいねえ。広いねえ」と繰り返している。


 まずはユマリとエリアンの荷物を置こうと、二階に上る。


「ここがユマリの部屋で、奥がエリアンの部屋だよ」


 ユマリの部屋の扉を開けてあげると、ユマリは中をのぞき込んで歓声を上げた。


「すごーい。ここ本当にあたしが一人で使っていいの?」


「もちろんだよ。生活に必要な物は全部そろってるはずだけど、何か足りなかったら言ってね」


 ユマリとエリアンがこれから暮らしていく環境が整っているか孤児院の審査があって、子どもたちの部屋だけじゃなく家全体を厳しく調べられたから、大丈夫だとは思うんだけど、実際に暮らしてみないとわからないこともあるだろうからね。


「寝台や服箪笥は問題ないかしら。ユマリちゃんが気に入ってくれそうなデザインにしてもらったのだけれど」


「うん! すっごく気に入った! ありがとう、リューリアさん、ルチルさん!」


 きらきらした目で部屋を見回しているユマリに、あたしは声をかけた。


「そういえば、その呼び方のことなんだけどさ。そろそろ変えない? 家族なのに『リューリアさん』『ルチルさん』じゃあ、変でしょう?」


 振り返ったユマリがうなずいた。


「そうだね。じゃあ、何て呼べばいい?」


 子どもたちに何と呼ばれたいかは、以前シアと話しあって決めてある。もちろん、子どもたちが同意してくれれば、だけど。


「ユマリが嫌じゃなければ、あたしのことは、ルリ母様、って呼んでくれる?」


「わたしのことは、シア母様、と呼んでくれると嬉しいわ」


「わかった。……ルリ母様と、シア母様」


 はにかみながらユマリが口にした言葉に、胸が熱くなった。


 この子はあたしたちの娘になったんだ。大切な家族に。


 あたしは思わずユマリを抱きしめた。


「大好きだよ、ユマリ。あたしたちをユマリのお母さんにしてくれて、ありがとう」


「あたしもありがとう。リュ……ルリ母様とシア母様の子どもになれて、あたしすっごく嬉しいよ」


 ユマリが涙声で言う。あたしは一層強くユマリを抱きしめた。


「ぼくもぎゅーしたい」


「じゃあ、わたしとしましょう。ぎゅー」


「ぎゅー」


 背後からシアとエリアンの微笑ましいやりとりが聞こえてくる。あたしとユマリはちょっと体を離すと、目を合わせて笑いあった。


「エリアンもこれからは、ルリ母様とシア母様、って呼んでね」


「ルイかあしゃまとチアかあしゃま?」


「そうそう」


「わかったー」


「じゃあ、ルリはユマリちゃんが荷物を整理するのを手伝ってあげて。わたしはエリアンくんの荷物を片づけてくるわ」


 そう言ってエリアンを連れて部屋を出ていこうとするシアに、あたしは声をかけた。


「呼び方といえばさ、シアもいいかげん呼び捨てでいいんじゃない?」


 きょとんと振り返ったシアは、すぐにうなずいた。


「そういえばそうね。じゃあ、ユマリ、ルリ母様と一緒に荷物を片づけておいてね。エリアンはわたしとやりましょうね」


「うん、シア母様!」


 ユマリが元気に声を上げる。あたしの願望かもしれないけど、養子になることを了承してくれてから、ユマリは前より溌剌としてきた気がする。あたしとシアに心を開いてくれたから、そう感じるのかもしれないけど。


 ユマリとエリアンの荷物を片づけ終えると、しばらく居間で休憩して、それからあたしの実家に向かった。

 今日の夜は食堂を臨時休業にして、ユマリとエリアンの歓迎会をすることになっている。父さんと兄さんが、新しい家族にいいところを見せようと張り切っていたから、豪勢な食事が期待できる。


 〈フェイの宿屋〉の私用の玄関に着くと、声をかけて勝手に中に入る。居間からネッティが出てきた。ネッティの足にまとわりつくように、弟のリフォルも出てくる。


「リューリア姉ちゃん、シア姉ちゃん、いらっしゃい」


「ネッティ、リフォル。義姉さんたちは?」


「母ちゃんと姉ちゃんは庭で洗濯中。兄ちゃんは馬の世話してる。父ちゃんとじいちゃんは厨房で料理中だよ」


「そっか。この子たちがユマリとエリアンだよ。エリアンとは会うの初めてだよね」


「うん。よろしくねー、エリアン」


 ネッティが手を振ると、エリアンが手を振り返す。


「よろちくー」


「ユマリ、エリアン、この女の子はネッティ――ガーネット。男の子の方はリフォル。ユマリとネッティは同じ年だし、リフォルはエリアンの一つ上だから、仲良くしてね」


「よろしく、ネッティ、リフォル」


 ちょっと緊張している様子のユマリに、ネッティがにかりと笑いかけた。


「あたしとユマリはもう結構仲良しだよ。でもいとこになったんだから、これからもっと仲良くなろうね」


「うん」


 ユマリはちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうに返事をした。


 ちなみにガーネットというのは柘榴石のことだ。ネッティは早産で生まれて、生後しばらく体が弱かった。それで、魔除けとして宝石の名前をつけたい、という兄さんと義姉さんの要望で、あたしとシアが話しあって、ガーネットと名づけた。


 名前の効力なのかどうかはわからないけど、ネッティはその後徐々に丈夫になって、今ではいつも元気いっぱいな子だ。


 リーナス先生によると、子どもの頃病弱でも成長したら丈夫になる、っていうのは結構あるそうなので、ユマリもそうだといいと思っている。ぬか喜びさせたらかわいそうだから、本人には言わないけど。


 それに、ユマリが病弱なままでも生計を立てていけるように、あたしとシアで何かしら考えてあげるつもりだし。魔術の訓練だけじゃなくて、他にも色々とね。


「あら、リューリア、シア、もう来てたの」義姉さんとフィセニアが洗濯物を抱えてやってくる。「ちょうどいいから、庭にある洗濯物の残りとタライ運んでくれない?」


「いいよ。シアはユマリとエリアンをお願いね」


 初めて来る家で、しかもほとんどが知らない人ばかりの中に取り残されたら、エリアンはともかくユマリは心細いだろうから、シアには残ってもらった方がいい。


「ええ、わかったわ」


 シアに後を任せて、義姉さんに頼まれた用事を済ませて居間に戻ると、シアと義姉さん、フィセニア、ユマリ、ネッティが勢ぞろいで洗濯物をたたんでいた。エリアンとリフォルは床で遊んでいる。


「はい、洗濯物の残り」


 運んできた洗濯物を居間のテーブルの上に置く。それから椅子に座って洗濯物をたたむ作業に参加した。手が多かったので、あっという間に終わる。


 義姉さんとフィセニアが、お客さんの洗濯物を納戸に運んでいく。あたしとシアはユマリとネッティを連れて、家族の洗濯物をそれぞれの部屋に運んだ。フィセニアとネッティの部屋は最後に回す。


「よし、これで仕事は終わり。夕食ができるまではまだしばらくかかりそうだし、ユマリとネッティは部屋で遊んでたら?」


「うん、そうしよう! あたしのおもちゃ見せてあげるね、ユマリ」


 ネッティがユマリの手を引く。ユマリも乗り気なのを確認してから、あたしとシアは部屋を出た。


 居間に戻ると、義姉さんとフィセニアも戻ってきていたので、みんなでお喋りしながら針仕事をする。


 しばらくすると、ラピスが顔を出した。


「よ、リューリア姉ちゃん、シア姉ちゃん。あ、その子がエリアンか?」


 床で遊んでいるエリアンとリフォルの元に歩み寄ったラピスは、エリアンを抱き上げる。


「リフォルの一つ下だっけ?」


「そうだよ」


「そっか。まだまだちびだなー。俺はラピス。ラピス兄ちゃん、だぞ。言ってみな」


「ライスにーちゃ」


「惜しい。ラピスだ。ラ、ピ、ス」


「ラ、ミ、シュ!」


「うーん、まだ言えないかー」


「まだ口が回らないからねえ。あたしやシアの名前も、しっかりとは言えないし」


「フィーたちもそうだったっけ? 結構早くから言えてたような気がするけど」


「どうだったかなあ。まあ、個人差あるからね。エリアンはのんびり屋さんなんでしょ」


 ラピスが、そっか、と納得してエリアンを床に下ろす。


 そこで、兄さんが居間に入ってきた。


「夕食できたぞ。食堂に用意してあるから、来いよ」


「あ、じゃああたし、ユマリとネッティを呼んでくるね」


 ユマリとネッティを連れて一階に下りてくると、シアたちは針仕事に使っていた物を片づけて、食堂に向かうところだった。全員でぞろぞろと移動する。


 食堂では、期待を裏切らない豪勢な食事があたしたちを待っていた。ユマリとエリアンの好物を聞いて父さんたちに伝えてあったから、それが中心だけど、子ども向けの料理だけでなく大人向けの料理もおいしそうな物がそろっている。


「わー、父さんも兄さんもありがとう。すっごくおいしそうだよ」


「いいってことよ。思う存分食べてくれよな、ユマリ、エリアン」


 兄さんの言葉に、父さんもうなずいて口を開いた。


「味つけが口に合わなかったら言え。次からはおまえたちの好みの味にする」


 ユマリは緊張気味に、はい、と答えた。


「そうそう。遠慮せずに、もっとこういう味がいい、って言っていいからね、ユマリ。父さんも兄さんもそれで怒ったりしないから。むしろ、ユマリが最高だって思える味つけを見つけるのに熱意を傾けるから」


 あたしは、自分がクラディムに戻ってきて父さんたちと住み始めたばかりの頃のことを思い出して言い添えた。


 あたしはその頃からピリ辛料理が好きだったんだけど、父さんは、子どもは辛い物が苦手だって思ってて、わざわざあたしの料理を辛くないようにしてくれていたんだよね。あたしはまだ父さんに遠慮があって自分の好みとか言えなかったし、父さんは父さんで一々自分のやってることを説明する人じゃないから、このすれ違いは結構長く続いた。今では笑い話だけど。


「食べた相手に、こんなにうまい物は食べたことがない、って思ってもらえるのが、料理人の誇りであり醍醐味だからな。そのためには、相手の好みを研究するのは欠かせねえんだよ。だから俺たちのためだって思って正直な意見を言ってくれよな」


 にかりと笑った兄さんに、ユマリは真面目な顔で「わかりました」と答えた。


 テーブルを囲んで座り、あたしとシア以外が一人ずつ改めて自己紹介する。


 ユマリはまだ緊張が抜けないようだったけど、「ユマリです。よろしくお願いします」ときちんと言えた。ほっと胸をなで下ろしているユマリの頭を、「よくできました」となでてあげる。


 自己紹介を終えると、食事が始まる。あたしとシア、ユマリは、手を重ねて略式の祈りを捧げてから、料理に手を伸ばす。


 すぐににぎやかな声が飛び交い始めた。


「お義父さんとお義兄さんの料理はいつもおいしいですけど、今日のはまた格別ですね」


 膝に抱いたエリアンに食事をさせながら自分も料理を口に入れたシアが、微笑んで言った。


「うん。今日のお料理おいしーい」


「そりゃあ、腕によりをかけて作ったからな。食材もいつもよりちょっと高級なのを使ってるし。こんな贅沢しょっちゅうはできねえから、おまえらめいっぱい味わって食えよ」


「今度のあたしの誕生日にも、おんなじくらいおいしいの作ってくれる?」


「うーん。誕生日は年に何回もあるから難しいんだよなあ。次にこのくらいの料理を作るのは、ラピスの成人祝いになるかな」


「そっかあ。兄ちゃん早く成人になるといいな」


 そう言ったネッティの額を、ラピスがピンとはじく。


「俺の成人祝いはおまえの食欲を満たすためにあるんじゃねえんだからな。主役は俺だぞ。忘れんなよ」


「わーかってるよう。来年の成人祝いでおいしい物食べられるのは兄ちゃんのおかげで、今日おいしい物食べられるのはユマリとエリアンのおかげ。ありがとね、ユマリ」


 ネッティに笑顔で感謝されて、ユマリが驚いたように瞬いた。


「う、ううん。あたしは何にもしてないから……」


「そんなことないよ。ユマリとエリアンがリューリア姉ちゃんとシア姉ちゃんの子どもになってくれたから、こうしてお祝いできるんだし」


「そうだぞ。自分のおかげだから感謝しろ、って胸張っていいんだぞ、ユマリ」


 ネッティとラピスの言葉に、ユマリは困ったような顔で瞬きを繰り返している。でも、他愛もない会話なのに一々間に入るのも過保護だろう、と思って、あたしは口を閉じて見守るだけにした。


「そういや、ユマリは魔術の訓練してるんだよな? 俺も魔術師なんだぜ。リューリア姉ちゃんとシア姉ちゃんに魔術を教わった先輩だから、わからないことあったら何でも訊いてくれよな」


「う、うん。よろしくお願いします、ラピスさん」


「他人行儀だなあ。いとこなんだから、ラピス兄ちゃん、でいいって」


「あ、それじゃあたしは、フィー姉ちゃん、でいいよ」


 ラピスの言葉を聞きつけたフィセニアが口を挟んでくる。


 ユマリが戸惑うようにあたしを見上げてきたので、あたしは微笑みかけた。


「ラピスもフィセニアも、新しく妹分ができて嬉しいんだよ。嫌じゃなかったら、呼んであげて」


「うん。……ラピス兄ちゃんと、フィー姉ちゃん」


 頬を紅潮させて呼んだユマリに、ラピスとフィセニアは嬉しそうに笑う。


「そうそう。本当の兄ちゃん姉ちゃんだと思って、何でも頼れよな。魔術以外でもさ」


「あたしたちも、ネッティやリフォルとおんなじように扱うつもりだから。それで嫌なことがあったら、遠慮せずに言っていいからね。家族なんだから」


「……うん」


 子どもたちの微笑ましいやりとりを聞きながらおいしい料理を堪能するのは、至福の時間だった。

 でも楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。気がつけば、料理の皿はすっかり空になって、エリアンとリフォルはそれぞれシアと義姉さんの膝の上でうとうとしていた。


「そろそろお開きにしましょうか。リフォルたちを寝かせないといけないし」


 義姉さんの言葉で、それぞれ立ち上がる。


 フィセニアはリフォルを部屋に運んでいき、義姉さんと兄さん、ラピスは厨房で洗い物を始める。あたしは積み上げた皿を厨房に運んでいって、「あたしも手伝おうか」と声をかけた。


「手は足りてるから大丈夫よ。それより早くユマリとエリアンを連れて帰って寝かせてあげた方がいいわ。慣れない場所で知らない大人に囲まれて、緊張して疲れてるだろうし」


「それもそうだね。じゃあ、ありがたくそうさせてもらうよ。おやすみ」


 厨房の三人から、それぞれ挨拶が返ってくる。あたしは厨房を出て、シアとユマリに「帰ろ」と声をかけた。


「ええ、そうしましょうか」


「うん。おやすみ、ネッティ」


「おやすみ、ユマリ」


 ネッティと挨拶を交わしたユマリは、だけどすぐには立ち上がらなかった。迷うような顔をしていたので、どうしたんだろう、と見ていると、やがてきゅっと唇を引き結んで、椅子から下りると父さんに歩み寄る。


「あの……お料理、ありがとうございました。えっと、細麺がおいしかった。野菜がいっぱいだったけど、苦かったりしなくて、それでたれが甘いのが好きだった……です」


 一生懸命感想を伝えるユマリに、父さんの目元がほころぶ。


「そうか。口に合ったなら良かった。――よく寝ろよ」


 武骨な手が、ぽん、とユマリの頭を叩く。


「はい。おやすみなさい」


 ユマリは、ほっとした顔をしてあたしを振り返り、笑った。あたしは笑い返して、手を差し伸べた。


「行こう、ユマリ」


「うん!」


 父さんとネッティと挨拶を交わして、私用の玄関から外に出る。すっかり寝てしまったエリアンはシアに背負われている。


「ユマリ、今日はありがとうね。みんなと仲良くしてくれて」


 つないだ手を緩く振りながら言うと、ユマリが見上げてきた。あたしが持っている手燭に照らされた顔には、心からのものに見える笑みが浮かんでいる。


「あたしが仲良くしたかったんだよ。だってルリ母様とシア母様の大事な家族で、あたしとエリアンにとっても、新しい家族だもん」


「そう思ってくれて、嬉しいよ」


 笑いあいながら、家路をたどる。あたしとシアの家は〈フェイの宿屋〉からそんなに離れていないので、さほど時間はかからなかった。


 家に帰り着くと、ユマリに歯磨きさせて、手燭を渡して自室に行かせる。エリアンは全く起きる気配がなかったので、シアが歯磨きをしてあげて、部屋に連れていった。


 あたしは寝巻に着替えると、ユマリの部屋をのぞいた。ユマリは寝巻に着替えて寝台の上に座っていたけど、手燭の火はまだ消していなかった。


「ユマリ、眠れるまでお話でもしてあげようか?」


「うん……」


 ユマリの返答は何だか歯切れが悪い。どこか所在なさげにも見える。それが気になって、あたしは寝台に腰を下ろして、ユマリの髪をかき上げた。


「どうかした?」


「んとね……この部屋、何だか広いなって思って……」


 もごもごと言うユマリの顔を、あたしはじっと見つめた。


「ユマリ、もしかしてこの部屋が嫌なの?」


「い、嫌とかじゃないよ」ユマリが慌てたように手を振る。「ルリ母様とシア母様が準備してくれたあたしの部屋、嬉しいよ。ただ……」


 ユマリは後ろめたそうにうつむいてしまう。あたしはその頬を両手で包んで持ち上げた。


「ユマリ、思ってることは何でも言っていいんだよ。ユマリが我慢してつらい思いするより、本当の気持ち教えてくれた方が、あたしもシアも嬉しいから」


 ユマリはもう少しの間黙っていたけど、ようやく口を開いた。


「あのね……一人で寝るの、さみしいな……って。孤児院では女の子はみんな同じ寝室だったし、前のおうちでは、寝室一つしかなかったから、父ちゃんと母ちゃんとエリアンと一緒に寝てたし、一人で寝るの、初めてだから……」


「そうだったんだ」


 それでいきなり新しい部屋に一人で寝るんじゃ、確かに心細くも感じるだろう。


「じゃあ、ユマリ、あたしとシアと一緒に寝る?」


「え……いいの?」


「ユマリにさびしい思いしてほしくないもの。寝台は二人用だけど、つめれば三人でも寝られるし。どう?」


「うん! 一緒に寝たい!」


 ユマリは飛びつくように、あたしに抱きついてきた。あたしは身体強化の魔法を自分にかけて、ユマリを抱き上げる。


「じゃあ、行こう」


 ユマリを連れてあたしとシアの寝室に行くと、寝台に座っていたシアが、あら、と目を瞬かせた。


「どうしたの?」


「ユマリが、一人じゃさびしいんだって。ここで寝かせてもいいでしょ?」


「もちろんよ。いらっしゃい、ユマリ」


 シアが上掛けをめくって、ぽんぽんと布団を叩く。ユマリはあたしの腕から下りると、上掛けの下に滑り込んだ。

 あたしは持っていた手燭の火を消して、寝台脇の小箪笥の上に置くと、ユマリに続いて寝台に入った。もう一つの手燭にはまだ火がついているから、シアやユマリの顔は見える。


 横になって上半身を片腕で支えるように起こして、あたしとシアに挟まれてくつろいだ表情のユマリの顔をのぞき込む。


「何かお話する?」


「んとね、それよりお歌がいいな」


「子守歌?」


「うん。母ちゃんがよく歌ってくれたの」


「そうなんだ。あたしが育ての両親に歌ってもらった歌でいい? 多分ユマリは聞いたことないと思うけど」


「いいよ。聞いてみたい」


 ユマリがうなずいたので、あたしはユマリの胸の上をぽんぽんと叩きながら、歌い始めた。



大地の女神 慈悲深き母

我らをその胸にいだきたまう

眠れ 眠れ 幼子よ

この地に満ちし母の愛に包まれて

眠れ 眠れ 幼子よ

我が声の奏でし祈りに包まれて

健やかたれ 安らかたれ 幸福たれ

神々の祝福が常に汝の上にあらんことを

眠れ 眠れ 幼子よ



 そんなに長い歌じゃないのに、歌い終わる頃にはユマリはすっかり寝息を立てていた。やっぱり疲れていたんだろうな。


「おやすみ、ユマリ」


 ささやいて、髪に口づけを落とす。シアもユマリの額に口づけた。


「あなたに夢の女神ティリーゼルの加護がありますように」


 あたしとシアも就寝の挨拶を交わして、手燭の火を消して眠りにつく。


 でも、しばらく経って目が覚めた。開け放してある扉の方から子どもの泣き声が聞こえてくる。


 ラピス? いや、フィーだっけ? それともネッティかリフォル? 頭が半分眠っていて、誰の声だかすぐに出てこない。


 寝台の反対側で動く気配がして、蝋燭に火が点った。


「シア……」


「わたしが見てくるわ」


 潜めた声でそう言って部屋を出ていくシアの背中を見ながら、ようやく思い出した。これはエリアンの声だ。目を覚まして、自分がどこにいるかわからなくて泣いてるのかも。


 念のためユマリの方に耳を澄ますけど、呼吸は規則正しくて、目を覚ます気配はない。


 シアはそう時間をかけずに戻ってきた。その腕の中にはエリアンがいる。シアの胸元に顔をうずめて、ぎゅっと抱きついている。


「エリアン、大丈夫?」


「ええ。エリアンも、一人で寝るのがさびしかったみたい」


「そっか。エリアンも一人部屋は初めてなんだもんね」


 あたしはぐっすり眠っているユマリの体を動かして、シアが自分の隣にエリアンを寝かせられるようにした。


 シアとユマリに挟まれたエリアンの体を、シアがぽんぽんと叩きながら、「いい子ね。もう大丈夫だからおやすみなさい」とささやきかける。エリアンは安心したのか、すぐに眠りに落ちた。


 シアがいたずらっぽい表情でこっちを見る。


「この調子だと、しばらくはこの部屋で四人で寝る日が続きそうね」


「だね。まあ、それも悪くないよ」


「そうね。本当に子どもができたんだ、って感じがするわ」


 あたしとシアは微笑みあうと、ユマリとエリアンの体の上で手をつないだ。


「おやすみ、シア」


「おやすみなさい、ルリ」


 シアが手燭の火を消して、部屋はまた暗闇に包まれる。


 半分は子どもとはいえ四人で寝るには寝台はちょっと狭くて、背中が寝台の端ぎりぎりで、落ちないか心配になる。でも子どもの高い体温とくっついて寝るのは結構気持ちがいい。


 家族が増えてこれまでとは変わることもたくさんあるだろう。戸惑うことだってきっとある。だけど、それもユマリとエリアンと一緒にいるからこそだ、って思えば幸せなことだ。


 そう考えながら、あたしは眠りの淵に沈んでいった。






ネタが降ってきたらまた番外編を書くこともあるかもしれませんが、ひとまずはこれで終了です。ここまで読んでくださって本当にありがとうございました。

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