28st pinch 魔王として、友として
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私は足早に、森の中の野営地から小高い丘へと移動する。開けた視界にやっぱり見慣れない星空が映っていた。
息を整えて、再度彼女の名前を口に出す。
「リンデ。どうだった?」
彼女には、いきなりいなくなった玲也を心配しているはずの母へ、とある伝言を頼んでいた。
《うん。言われた通り瑠璃さんには『夏休み中、玲也はネットで知り合った友達の家(田舎)にスローライフを満喫して来る』って伝えたけど……》
以前、リンデとの繋がりが戻った時、私は魔族領でリンデとの繋がりが断たれたときから、今までのことを話していた。
目覚めた時から魔術が使えなくなったこと。
聖都へ向かうまでに弟の玲也と再会し、彼が勇者としてこの世界に召喚されていたこと。
聖都で和平会議が開かれ、出席した皇帝が何者かに殺害されたこと。
その罪を魔族だからと疑われ、追われる身となったこと。
そして。
魔族との戦闘のさなか、ジャックス君が私を庇って呪いを受けていること。
いろんなことがあったせいで、説明も前後関係もぐちゃぐちゃになっていたと思う。
けれど彼女は時折相槌を打ちながら、最後まで話を聞いてくれていた。
《……ごめんなさい。あなたが大変な時に、私何も力になれなくて》
私が状況を話し終えると、ジークリンデはそう謝罪の言葉を口にする。
少しの間があって、リンデは続けた。
《瑠璃さん『そうなの? 前もって言ってくれたらよかったのに』って言ってた》
予想通りだ。今ほど放任主義の両親でよかったと思ったことはないだろう。
「ありがとう。あとは、一刻も早く帝都へ行かなくちゃ」
ジャックス君にはもう時間がない。
それに、助けを求める魔族がいるのだ。彼女たちのことも放ってはおけない。
《解ってるよ、環奈。それじゃあ、今から私が言うこと、やってみてくれる?》
「うん。解った」
私は深呼吸をして、足もとに転がっていたこぶし大の石へと意識を集中させた。
最初は僅かに揺れるだけだった石は、やがてゆっくりと宙へ浮かび、膝下くらいまで浮上していく。
「……できたよ」
リンデとの繋がりが戻ったからだろうか。魔族領にいた時よりも、魔力の操作が自由に行えるようになっている気がする。
風が吹いても依然と宙へと浮いていた石へ視線を送りながら、私はリンデの次の言葉を待っていた。
《――ねえ、環奈。……どうして環奈は、そこまでできるの?》
「どういうこと?」
《はっきり言って、魔族の問題に、あなたがこれ以上、心を砕く必要はないと思ったの。
もともとは私があなたを巻き込んだのが原因だけど、どうしてそこまでしてくれるのか、私にはわからない》
彼女にそう言われて、はたと手が止まる。
どうしてだろう。
一歩間違えれば死んでしまうかもしれない異世界で、どうしてこんなにも真剣になっているのだろうか。
「私だって、わかんないよ……でも……」
はじめは、魔王の代わりになって、嫌なことばかりだった。
文字は分からないし、魔族の優劣は武力の強さで決めるし。それでも、彼らは悪い人たちばかりではないことが分かった。
だから、そんな彼らが一方的に虐げられるかもしれないと知って、許せなかった。
怒り、というよりも疑問に近かったかもしれない。
どうして種族が違うだけで、戦争になってしまうのか。
どうして魔族というだけで、犯人にされてしまうのか。
どうして、どうして、どうして。
いくら疑問に思って考えてみても、その答えがわかることはなかった。
それどころか、良かれと思ってとった行動が、すべて裏目に出てしまっている。
(……私が和平使節団なんて考えなきゃ……そもそも、魔族領から出さえしなけければ、みんなが追われることも、ジャックス君がケガすることもなかったんじゃ……?)
私は、改めて自分の罪を自覚した。
使節団を立ち上げた時も、聖都で皇帝が殺害された時もそうだ。良くしようとすればするほど、状況は悪くなっていた。
そしてあの時――ジャックス君が私を庇った時のことが、今も脳裏に焼き付いて離れない。
何一つ上手くいかない。思ったように物事が進まない。それどころか悪化させている。
もどかしいを通り越して、自己嫌悪に陥っていた。
「全部私が……私のせいで……っ」
これまで誰にも言わなかった、否、言えなかった思いが胸の奥から溢れてくる。
《それは違うよ、環奈》
閉ざす視界の中で、リンデの声が静かに、けれど強く聞こえた。
《確かに、使節団を考えたのも、そっちで起こっていることに対する行動も、環奈が決めたことかもしれない。でもね、でもそれはあなた自身が、私たち魔族のことを真剣に考えてくれた結果、導き出してくれた答えでしょう?
私は、あなたが魔族に協力してくれた理由や心理まではわからないけれど、協力してくれたことが全て、私たちのためを想ってのことなのは理解しているつもり。
それに魔族は、自分より強い魔族に従う習性はあるけど……私が知る限り、エルドラはそれだけで動くヒトじゃない。使節団のみんなが使節に入ったのも、環奈のその姿を見たからだと思う。
だから……えっと、なんていえばいいのかな。あなたが私たちを想ってくれた自分の気持ちまで、否定しないで》
「……リンデ」
《もとはと言えば、私が環奈を巻き込んだの。だから環奈は何も……ううん、違うね。環奈が一人で背負う必要はないよ。私も一緒だから》
運命共同体。私たちはそんな義務的な関係だと思っていた。けれど今は、どこか友人のような親しさも感じている自分がいる。
その友人の言葉で、ほんの少し、心が軽くなった気がした。
「……ありがとう、リンデ」
《……ううん。私の方こそだよ、環奈。私も、決めたから》
心なしか、リンデも声もどこか大人びて聞こえる。
「え?」
《今の環奈なら、たぶんできると思う。手伝って、くれる?》
その後、私はリンデの指示の通りに従ってあることを練習した。
リンデの言葉を、正確に目の前に文字として起こす。その作業は大変だったけれど、こっちに来てから覚えた知識を総動員した結果、夜が明ける前には完成していた。
伸びをしながら、目の前の魔法陣を目に焼き付ける。
「これを、帝国のどこかに描けばいいの……?」
《うん。なるべくは人通りのないところがいいかも。あとはこっちで何とかやってみるね》
リンデの案が本当に可能なら、心強いことこの上ない。けれどこの成功率は高くないとも釘を刺されていた。
《あ。そういえば、遥斗さんから環奈宛てに荷物が届いてたよ》
唐突に、リンデが告げる。
「父さんから? 何が届いたの?」
父は地方創成の一環で田舎に若者を職住させることを目的に、今は長期出張という体で住み込みをしていたはずだ。
《遥斗さんが勤めてるジチタイ? のオリジナルキャラクターグッズ詰め合わせだって》
(い、いらない……)
以前にも似たようなことがあった。あの時は確か、段ボールいっぱいに入ったご当地キャラクターのキーホルダーが送られてきて、処分に困ったのだ。
なんでそんなものを成人した娘に送ってくるのだろうか。
犬のような鬼のような、可愛げよりも不気味さが目立つキャラクターだったのは憶えているのだが。
《手紙も入っていたみたいだから、返事は書いてあげなね》
「それは、リンデが代わりに書いてくれても――」
(代わり……?)
その時、あることを閃いた。
「そうよ! それがあるじゃない!」
この方法なら、もしかしたら何とかなるかもしれない。
私は急いで、みんなの許へ戻って行った。




