バイトじゃ買えないものねだられました(日常編)
とぼとぼと歩き、少し遅れて私も頼と同じ家へと帰った。
頼はすでに、以前兄が使っていた部屋にこもったきりでノックしても出てきてくれない。
「・・・頼?」
(怒るのは予想してたけどここまでだとは思わなかった・・・)
今までの自分だったら、逃げてたかもしれない。
傷付きたくなくて、また頼を避けたかもしれない。
(けど、このままになんてしたくない――――)
なんの応答もないドアに、私は勇気を出して声をかけた。
「ねぇ、開けるよ・・・?」
頼のいる、部屋のドアノブに手を掛け、そっと扉を開ける。
部屋は電気もつけてなくて薄暗い。
目を凝らして見ると、こちらに背を向けるようにして頼はベッドに布団をかぶり横になっていた。
「・・・・頼、寝てるの?」
(寝てるわけないよね、この状況で。)
そう分かってたけどわざわざ問い掛けたのは、こちらを向いてくれない頼が私を無視してるからだと思いたくないから。
「ねぇ・・・バイトのこと、黙っててごめん」
少しずつベッドに近付いて、独り言を呟くみたいにポツリと話し掛けた。
「言ったら頼に反対されると思ったから内緒にしてただけなんだ」
「・・・・・」
そこまで言っても、――――――本当に寝ているのか、頼は身動き一つしない。
不安で胸が締め付けられる。
頼に想われてる自信が、どんどん嫌な予感で押しつぶされそうになる。
無視、しないで。
嫌いに、ならないで。
(こんな、つもりじゃなかったのに・・・・。)
「私は・・・ただ、」
グッと喉に言葉が詰まった。
(やばい、泣きそう・・・)
喜ばせたかった、だけなんだ。
自分にできることで、気持ちを伝えたかった。
なのに、怒らせてしまった。
「頼の誕生日になにかプレゼントしたくて─────」
グッと堪えて、涙が落ちる前にぽそっと呟くと、視界がグラッと揺れた。
気付いたときにはベッドの上に、覆いかぶさるようにして倒れてた。
「よ、頼っ、やっぱ起きてたんだっ!?」
頼の腕に引き込まれたんだと認識した途端、この距離感に堪えられなくなって私はつい大袈裟に声をあげてしまう。
「・・・・ズルい」
薄暗くても、その声だけで拗ねているのが分かった。
嫌われた訳じゃなかったと分かったら、少し気が抜けた。
「律花にそんなこと言われたら、このイラつきをどう鎮めればいいかわからなくなるじゃん」
「・・・ごめん」
フッと笑ってしまった。
(良かった、誤解が解けて。)
頼の上に覆いかぶさるようにして抱き締められていたけど、私もそっと頼の背中に腕を回す。
(幸せ、だ)
こんなに居心地の良いぬくもりを、私は知らなかった。
こんな日が来るなんて、思ってなかったから。
「不安にさせるのやめろって」
「うん、ごめん」
「田端くんとも、話さないで」
「はいはい」
ふわふわした気分に包まれて、クスクス笑いながらそんな会話をした。
そう、私は・・・完全に油断していたのだ。
「誕生日プレゼントなんて要らないから律花チョーダイ」
「うん、分かっ・・・・」
頼の甘い罠に乗せられかけて、私は固まった。
「え?いま・・・・」
気付いたときにはクルッと器用に体勢逆転させられ、頼が私を見下ろしていた。
「律花の全部、欲しい」
「え、ちょっっ!?」
頼の顔が近付いてきて、私は反射的にギュッと目を瞑っていた。
急な展開に、思考回路がショートしてる。
キスされるっ・・・という予想に反して、私の首にチクッと痛みがはしった。
「な、な、」
「これ、予約のマーク♪」
余裕なくあたふたする私を愉しそうに見つめて、頼が言った。
「あー、誕生日早く来ないかなぁ」




