選択
時刻は昼を回った頃、大轟音を響かせて1日半、キキ達は漸く森の出口に到達していた。
「で、出れた!」
「生きて帰って来れたんだ!」
「やったぞぉお!」
そんな雄叫びを涙ながらに叫びカライ隊の面々は『変異の森』を出た草原にへたり込んでいく。
生贄にされ、魔物とディラファンから陵辱され血の涙を流して生き残った彼らの喜びようは当前と言えるだろう。
そこへ土煙りをあげながらこちらに突進してくる者が見えてきた。兵士達は、ビクリと緊張感を取り戻し身構える。
「な、なんだ?草原の方からくるぞ!皆構えよ!」
カライがそう言って剣を抜き兵士を起こしたがキキが手をかざしてそれを止める。
「すまぬな、アレはうちのうつけどもだ。」
「う、うつけ?」
キキが微笑みのような苦笑いで目を細めながらカライにそういうと少し頬を染めながらも聞き返した。
「キキ様ぁぁああ!!」
「キキィー!」
「んにゃぁー!」
そう叫びながら物凄いスピードで走って来たのは、先に入り口に待機していたシャイナとシルダとタラムレェインだ。
3人はキキの姿を見るなりいてもたってもおられずに走り抜けてきたのだ。
「ご無事ですかキキ様?!」
「うむ、心配していたようだな。怪我1つないさ。」
「さすがキキね!皆もお帰りなさい!」
「ご主人様心配したですぅ!」
「はっはっは、何も問題ないぞシルダ、タラムレェイン。」
喜びあうキキ達に兵士達の再び襲った緊張はとけホッとした表情を見せている。
そこでカライが隊を代表して真剣な表情で前に出てきた。
ダージーやタンク、シャイナは何処か暗い表情になりカライが何を言うのか予想できたみたいだ。
キキも何かを察し真剣な顔をしている。
「此度はキキ様達にお助け頂いて誠に有り難く、感謝してもしたりません。つきましては今後の我々…」
カライの言葉を遮りキキが手をかざして止めた。
「ふふ、カライよ、お前はせっかちな奴だな。まずはシャイナ達が用意している陣に行き、飯を振る舞う、兵士全員だ。そしてゆっくり休め。明朝にワタシの家臣とカライ達全員で話をする。それでいい。よいな?」
キキはニッコリ微笑みカライに告げ、兵士達全員を見渡しそういって返事も聞かずに背を向けて歩きだした。
カライは少し戸惑ったが下を向き頬から流れるものを感じた。兵士達もキキの配慮と慈悲にむせび泣き、声を殺して涙している。
たかだか一家臣の友の手紙に大貴族の領主嫡男自らが動き、他領の魔物が住む森に乗り込み、カライの言わんとする事を悟りながらもまずは心身を癒せと慈悲をかける。
ダルク家への忠誠が無くなった彼らはできる事なら、許される事ならば、キキのために命を捧げたいと思っていた。
だが例えキキに惚れた所で彼らの雇い主はダルク家なのだ。
雇い主に正式に認められなければ解雇してもらえない。
ただキキが助けている以上彼らの命はキキが握っている。
しかし、他領の兵士を捕虜とした場合は奴隷として売り払うのがこの世界の常識であり習わしなのだ。
なのでカライが先ほどキキに言おうとした事はダルク家には戻りたくない、どうか奴隷として売り払って欲しいと言うつもりだったのだ。
もう既に家族を失い、再びダルク家に仕える等死んでもゴメンだ、カライを含めた32人全員が同じ気持ちでいた。
そんな心情を察してか、ダージーがカライの肩をポンと叩き優しく話しかけた。
「さぁ、まずは温かい飯を食おう!シャイナの飯は美味いぜっ!」
「ふっ。すまねぇなダージー。そうだな、よし、皆行くぞ!」
《《はっ!》》
そうして兵士達は久しぶりの温かい御飯と飲み物、少量の酒を振舞われガヤガヤと食事にありついた。
これからの自分達の暗い未来を忘れるように、気にしないように。
その頃キキは専用のテントの中でコロナとシルダの3人で食事をしていた。
自分が一緒では兵士達も気を使うだろうとの配慮で、コロナはいつも通り「キキ様の側で。」といいシルダは「アタシもキキと一緒がいい!」といって付いてきたのだ。
キキは食事を終えて紅茶を飲みながらボーッとコロナを見ている。
見ているというよりもこれはキキの癖で、考え事をする時は誰かを見つめているような形になるのだ。
コロナはその癖を勿論知っているが、絶世の美女と言われる美男子のキキに見つめられてはどうも落ち着かず、いつもクールで口数も少ない彼女もアタアタと挙動が慌ただしい。
そんな2人を全く気付かずに元気よく今だに御飯を頬張るシルダは大好きな肉をおかわりしている。
そこでボーッとしながらコロナを見つめたままふいにキキがコロナに話しかけた。
「…コロナ。」
「わっ、ははは、はい!」
「?…どうした?何を慌てている?」
「い、いえ!何でもありません!」
「そうか、所でコロナ。森での魔物討伐見事だった。腕を上げたな。」
「!!勿体無いお言葉、有難うございます。」
「何か欲しい物はないか?褒美をとらす。」
「い、いえ!そんな褒美等、当たり前の事をしたまでなので!」
「はは、まぁそう遠慮するなコロナ。ワタシは努力して強くなったお前が誇らしく嬉しいんだ。だから遠慮せずに貰ってくれ。」
「!!勿体無いお言葉、恐悦至極です。では…特に今は思いつかないので今は保留という形では駄目ですか?」
「うむ、分かった。」
「んぐっ。えー!キキアタシも何か欲しい!」
「シルダは今回武功を挙げてないだろう?」
「えー、ケチ!」
「ふふ、すまんな。」
「(……シルダ。キキ様になんて無礼な…。)」
そうして日も落ち、皆それぞれに就寝し疲れを癒して特に兵士達は日が昇るまでの間、泥のように寝ていた。
勿論外には交代で見張りを立てていて、周囲探索魔法を1人でかけて見張りをしているタンクは「何か俺影薄くねぇか?」とボヤいていた。
翌朝日が昇り兵士達が起き始めるとシャイナは既に起きていてお湯を沸かしたりとせかせか動いていた。
そしてキキも既に起きていて少し離れた所でシルダとコロナに剣術の稽古をつけているようだ。
「お、アレはキキ様じゃねぇか?いやぁ朝から見ても美しい!」
「だなぁ!しかし魔法も神よりも神みたいな腕前なのに剣術まで嗜むのか?しかも2対1って」
兵士達は最初キキのいつみても神々しい姿に魅せられていたが、次第に真剣な眼差しで額から汗を流しながら3人の攻防を食い入るように見ていた。
シルダとコロナが握っているのが見ただけで切れると分かる真剣である事、対するキキは剣術の練習用の木剣である事。
そして何よりシルダとコロナの本物の殺気と3人の物凄い攻防が剣士の端くれである兵士達を釘付けにしていた。
コロナの素早く流れるような双剣、遠慮ない頸動脈への一撃を半身で躱す、そこに回転しながら脇腹への一撃。
それをキキも回転しながら躱し背後に回り込み木剣の柄で後頭部をトンと押すだけで5メートル程吹き飛ぶ。
その間に後ろに回り込んでいたシルダが上段からブォンッと物凄い剣圧での一撃。
それを剣速よりも速く回転しながら動きシルダの懐に入り剣を握る手に上から手を重ね、力の流れに合わせて合気で剣を奪い、当身で5メートル程吹き飛ばす。
そして立ち上がって向かおうとしたコロナの懐にフッと一瞬で近づき、すれ違いざまにしゃがみ低く当身をし、反動でグリンと前のめりに倒れたコロナに奪った剣を突きつけて終了。
ものの5秒程でこの攻防を繰り返し、兵士達を感嘆させていた。
「け、剣術まであんなかよ…。」
「完璧超人も裸足で逃げ出すだろな…。」
「う、美しい…。」
「…踏まれたい。」
「「「「…え?」」」」
1人そんな別の感情を覚えながら稽古を眺めているとキキ達もどうやらもう終わりのようで兵士達の所に向かって来ている。
そこで突然背後からジト目をしたシャイナが声をかけた。
「踏まれたい?」
「!?いいっ、いえ!踏まれたら痛いだろうなあーと…。」
「……」
「いやぁ、あはは、良い天気ですねぇ!」
「…皆さん全員分の紅茶の準備ができました。キキ様が皆さん全員と紅茶を飲みながら今後の話をすると仰ってましたので、お集まり下さい。」
「!…了解しました。」
兵士達はすぐに真面目な顔になったが少し暗く影が見える。
そしてキキ達も集まりキキが40人程座れる椅子と大きな机を一瞬で作りだして全員に紅茶が配られ話が始まった。
「では始めようか。カライ、話があるのだろう?まずは聞こうか。」
キキがそう言うと、カライは少し沈黙した後にカッと目を見開いて覚悟を決めたように喋りだした。
「キキ様!命を助けて貰ってこんな事をお願いするのは失礼極まりありません!それは分かっておるのですが、私達はもう、ダルク家には戻りたくありません!
どうか、キキ様の捕虜にしてもらい奴隷として売り払って頂きたい!ここがダルク家の領地でそれは無法と分かっていますが…お願いします!奴隷となれば何とか逃げ出すなり抗うなりできる隙を見つけれるかもしれない!どうか!」
「カライさんよ、気持ちは分かるが他領地で捕虜を得た場合はその領主に売り払うのが常識だぜ?コユーア領に持って帰って勝手に奴隷商に売り払えばキキ様が人攫いと誹りを受ける事になるんだぜ?」
「…分かっておりますが…しかし…」
「「「……」」」
兵士は全員土下座の様な形で頭を下げ、コロナ達は皆キキの返事を待ち黙っている。
キキは考えるでもなく表情を変えずジッとカライ達を見つめてようやく口を開いた。
「ダメだ。」
一言そう呟き黙って紅茶を飲む。
カライは顔をクシャクシャにしかめクッ、と声を漏らし、兵士達も皆項垂れている。
しばらくの沈黙のあとキキは再び静かに口を開く。
「カライよ、…お前達はなんだ。」
「……は…?」
兵士達は質問の意味が理解できずポカンとしている。
すると、普段の神々しく美しい姿のキキからは想像も出来ないような鋭く、威圧感を振りまき、プレッシャーで汗が噴き出すような存在で再び質問される。
「お前達は何者だと聞いている!!」
《《《!!?はっ!!戦士っ、騎士っ、兵士であります!!!》》》
「そうだ、お前達は兵士であり戦士だ。騎士道精神を胸にもつ騎士だ。奴隷に身を落とす事はワタシが許さん!」
《《《…はっ!》》》
強く、圧倒的に強く、そして美しくて聡明で自分達の命の恩人であるキキがそう言うのだ。
カライ達は口惜しかったがそんなキキがそう言ってくれるならば仕方ないかと思えた。
「お前達はワタシの戦利品だ。故にワタシのものだ、そうだなダージー?」
「キキ様!…はっ!その通りです!」
《《《??》》》
「ではカライ達32人に命じる!お前達は今この時よりワタシ直轄の騎士団とする!
団長をダージー、副長をカライとし、これよりコユーアを我が家としワタシを主としここにいる者を家族と心得よ!よいか!」
《《《!!?キ、キキ様!!》》》
カライ達は声が出なかった、あまりの感動と驚きと迫力に。
痺れるような命令に。
「返答は?」
《《《キキ様の為、この身果てようとも、最後の1人になろうとも、身命を捧げます!》》》
きっとダルク家とは揉めるのだろう、だが誰もそんな事を言わない。コロナ、シャイナ、タラムレェイン、シルダは優しく微笑み、男泣きをするタンクとダージー。
そして32人が立ち上がり抜剣して天を突き、左手を胸に強く抱いてそう叫ぶ。
大粒の涙は朝日で照らされ兵士達が全員輝いている。
そしてキキは悪魔的な美しさでニコリと微笑み一言呟いた。
「で、あるか。」




