始業前
世界中の名探偵、とりわけシャーロック・ホームズに愛を込めて
前世の俺は、ミステリーオタクだった。特に探偵ものが大好きで、古今東西、さまざまな作品を読んだり、見たりしていた。
いつだって探偵は複雑に絡み合った謎を解きほぐし、真実へと我々を導いてくれる。
ああ。なんて爽快なのだろう。
名探偵、皆を集めて「さて」と言う──そんなシチュエーション、人生で一度は味わいたかった。
とはいえ、『興信所』に勤めてはみたものの、そんな事件に縁があるはずもなく、やっていたのは『浮気調査』と『盗聴器捜し』。最後は張り込み中に突然の強風で飛んできたラブホテルの看板にぶち当たって、人生を終えた。
前世の記憶を思い出したのは、六歳の時。
転生ものあるあるよろしく、階段から落っこちて頭を打って大怪我した日のことだった。
今世の俺は、ロイゼンバーグ帝国の第二皇子であるレグルス・ロイゼンバーグ。転生定番の『何となく近世の西洋っぽいけど、魔術があるおかげで二十一世紀っぽい文化レベル』というご都合主義な世界で、まったりとした人生を送っている。
ちなみに「ああ、これは○○の世界!」なんていう心当たりは全くない。
俺はファンタジーやゲームはどちらかといえば専門外だったから。
もちろん俺が知らないだけで、ファンタジーやゲームにだって、『名探偵』はいたのかもしれないとは思うけれど、そこまでアンテナを張り巡らせてはいなかった。
言い訳をすれば、魔術のある世界と名探偵はあまり相性が良くないのではないかと思ってさけていたところがある。
必死に密室を作ったとしても『解錠』や『施錠』という呪文のある世界では、何の謎にもならない。ましてや『転移門』なる瞬間移動なんかもあると、不在証明工作すら無意味になってくる。
とはいえ。
実際には、魔術を使えば犯罪をやりたい放題できるというものでもなかった。
この世界には、魔術を使ったかどうか見極める『魔術鑑識』の技術が存在する。魔術を使用した『痕跡』をみつけだし、犯人像を探し当てるなんてことが可能だ。
つまり、この世界にも『名探偵』がいてもおかしくない。
おかしくはないが、残念ながら今のところこの国には、『探偵』という職業はないようだ。もっとも、現実問題として、この国には既に警察が組織されている。事件の捜査は、警察が行うことが当たり前で、個人的に事件の捜査は前世の日本と同じく難しい。
もちろん、『ミステリー』の主人公の職業は必ずしも『探偵』である必要はなく、一人の刑事の冴えわたる勘で犯人を追い詰めるってのも、それはそれで趣がある。
ただ、残念なことに、帝国の刑事事件に関する記録を読み漁ったが、いわゆる『名刑事』はまだ存在していないみたいだ。そもそも『謎が謎を呼ぶ』なんていう極上のミステリーは、現実にはそうそう転がっていないのだろうけれど。
まあ、今世は皇子で権力もあるので、いつかホンモノの名探偵に巡り合うこともできるかもとは思っている。
ちなみに、俺自身が名探偵になることは諦めた。あくまで、目指す立ち位置は、ワトソンであり、小林少年である。
考えてもみて欲しい。
名探偵と呼ばれる『選ばれし天才』は、ある意味では『天災』なのだ。
張り込みや追跡の『捜査』は技術を学べばできる。推理もピースがそろえば、可能かもしれない。
が、名探偵にはそれだけではなれないのだ。
とにかく、難解な事件との『遭遇運』が必要である。
残念なのか、幸福なのか、俺には、事件と巡り合う才能がない。
まあ、今世では、第二皇子とはいえ、一応は皇子なので、そうそう危険にさらされるようでも困るけれど。
というわけで。「いないなら探してみよう名探偵」の精神で、日々、トラブルを捜して回っている。
そのせいか、優秀すぎる兄アレックス・ロイゼンバーグ皇太子とは違い、野次馬皇子と言われるようになってしまった。
まあ、いいんだけどね。
実際、そのとおりだし。それに冷や飯食いの次男坊の評判は、悪い方が国政は上手くいく。たぶん。そもそも俺、政治にはあまり興味がないし。
ちなみにもし、この世界がなんらかの『創作』であるとすれば、おそらく日本の作品であろう。義務教育──ではないが、教育制度は、六、三、三制プラスの大学で四月始まりの年度制度。始業の合図は、キンコーンカンコーンという例のチャイムである。小学生に当たる小学部ではどう見てもランドセルみたいなかばんを持って通学する。
そして、高校にあたる高等部でも『通学』形式が一般的。寮もあるにはあるけれど。
国立魔術学院の高等部は首都の中心地にあるため、そこから近いタウンハウスを持っているというのも貴族的には一種のステータス。だから無理をして(見栄を張って)馬車で通学している貴族も少なくないとか。
「あー、また渋滞している」
俺と兄のアレックスは校舎の屋上に設置された転移門へと降り立つと、正門のロータリーを見下ろした。
毎朝、学院の正門のロータリーは送り迎えの馬車で渋滞している。
この渋滞問題、家門同士のトラブルになりがちで、昔から家門の家格で優先順位をつけるべきだとかいろいろあったらしい。
が、結局は誰が交通整理をするのかとか、先に着た馬車がどこで待つのかとか、まあ、そんな細かい問題がいくつかあって、結局はロータリーの脇に馬車を停めて置ける場所を作りそこで降車するというシステムに落ち着いた。もっとも登校時間は集中するので、渋滞問題は完全には解決していない。
『一般生徒立ち入り禁止』とか書かれた校舎の屋上の転移門を使えるのは、皇族である俺と兄の特権だ。ずるいと言えばずるいのだけど、宮廷からここまで馬車で移動するときにかかる経費と転移門の設置の経費を比べた結果だから仕方がない。
「おおっ、魔道車だ。すげぇ」
圧倒的に馬車が多い中、一台だけ魔道駆動の車で通学している家門──魔術の塔の主ランバード家。車といっても、まだ十九世紀の初期のやつみたいな形で、屋根もない。開放感はあるけれど、安全面に問題がある。
「私も乗ってみたいが、警備隊長が反対しそうだな」
兄は苦笑して自分も下界に目をやる。
ちょうど兄の婚約者であるローズ・コーマー公爵令嬢が馬車から降車しているところだった。長い金髪がさらりと揺れる。相変わらず超美人だ。
「ああぁぁ今日もローズが可愛すぎるぅぅ」
「兄上、頬が緩みすぎています」
「ローズと同じ学年のお前が羨ましい……」
じとり、と、兄が俺を見る。
兄、アレックスは弟の俺がみても、秀麗な顔立ちであり、加えて文武両道なスーパーマンでもある。いわば、世の令嬢の憧れの『王子さま』を絵にかいたような人物だ。
ただし、婚約者であるローズに対してはデロデロに惚れていて見つめているだけで顔がだらしなくなる。八頭身のキャラが二頭身になってしまうほどの崩れっぷりだ。
もっとも衆目があるところでは取り繕うくらいの理性は残っているけれど。
社交界でクールに振る舞う様子を見て、二人は政略結婚だとほざく輩もいるが、実際にはただのバカップルである。少なくとも兄はローズに夢中だ。
「同じといっても、クラスは違うし」
「当たり前だ! もしお前がローズと同じクラスだったら、それこそ兄弟の縁を切るところだ!」
かなり本気が混じった兄のジョークに呆れ、俺は肩をすくめた。
ちなみに、第二皇子である俺には、まだ婚約者はいない。
というのも、あまり知られていないが、うちの両親、皇帝と皇后両陛下もラブラブで、息子の俺にも恋愛結婚をしてほしいらしい。
皇族がそんな風でいいのかなあとは思うけれど、この国が平和な証拠なのだろう。
ただ、自分で言うのも悲しいけれど、キラキラしたオーラを放つ兄と違って、俺は兄の廉価版みたいな容姿だ。同じ金髪でも、俺の髪はかなりくすんだ色合いをしているし、身長も低い(まだ伸びると信じてはいるが)
顔のパーツも似てはいるのだが、少しずつ残念な方角に違っている気がする。
よくわからないけれど、この世界に『主人公』がいるとしたら、それはきっと『兄』なのだろう。
「また変なことに首を突っ込むなよ」
「善処します」
三年である兄と別れて、俺は一年生の教室へと向かった。
現在、校舎が改装中のため、一年生だけ旧校舎を使っている。安全面に問題はないが、少々建付けが悪かったり、意味不明な通気口や、開かない扉など、怪談に事欠かない。
それにしても、こっちの世界だと、幽霊や魔物は実在するので、怪談だからといって、笑ってスルー出来ない面もあったりする。
階段を降り、廊下を曲がったところで、殺気を感じ、俺は思わず一歩下がった。
「今日こそはぁぁぁ」
覚悟の声とともに目の前を猛ダッシュで女生徒が駆け抜けていき、壁にぶつかってめりこむ。
「今日はまた、派手にめり込んだみたいだなあ」
彼女の名はイリス・ウンメー。いつの日か運命の相手と廊下で出会うと(ぶつかると)信じて、日々廊下を走っている。
入学した四月から二か月ほど、毎日、壁にめり込むほど全力疾走しており、いい加減、周囲の人間が巻き込まれて大ケガをしそうだから、早いところ運命の相手とやらに出会って欲しいものである。
とりあえず合掌して、俺は教室の中に入ると、上から何か降ってきた。
「なに?」
まだらのイモリだった。




