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軍神のスネイカー ~天才指揮官と女性兵士たち~  作者: へびうさ


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14/33

14.女であり、兵士であること

 レイシールズ城の防衛戦が始まってから、12日が経過した。


 ここまでの戦いは、うまくいっている。

 連日行われるリザードマンのハシゴ登りは完全に撃退できているし、マイラが重傷を負った以外に味方の被害はない。


 男たちによる坑道掘りも順調に進んでいるし、城内の物資も潤沢だ。

 特筆すべきは味方の士気が高いことだ。スネイカーならば勝利をもたらしてくれると、誰もが信じているからだろう。


 だがスネイカー自身はまったく楽観していない。

 攻城戦においては、主導権は攻撃側にあるからだ。


 防衛側が勝利するためには、攻撃側が軍を引き揚げてくれなければならない。

 そのためには味方の援軍が来て敵を蹴散らしてくれるか、あるいは兵糧不足などの理由により、敵が自ら撤退するかのどちらかを期待するしかない。


 防衛側はひたすら守り続けるしかない。

 そんな日々が長期間続けば、たとえ食糧が潤沢にあるとしても、兵士たちは疲労と睡眠不足で体力が低下する。女性兵士の場合はホルモンバランスがくずれ、生理不順が起こる。


 何よりも精神的なストレスが大きい。死の恐怖を感じながら戦い続けることは、平時には想像できないほどつらいものだ。戦いが長引けば、いずれ心が耐えられなくなる。

 そうならないためには、なんといっても指揮官の指導力が重要だ。


(俺が兵士たちを元気づけてやらないと)


 スネイカーは指揮官として威圧的に振舞うことが多いが、時には優しい言葉をかけてやることも必要だろう。兵士たちをなごませるため、ジョークの1つも言ってみていいかもしれない。

 そう考えたスネイカーは兵士たちとコミュニケーションをとるため、兵舎へ向かった。


 今日の戦闘は終わり、現在兵士たちは食事中のはずだ。

 食事は兵士にとって、もっとも楽しい時間だ。(かしま)しいおしゃべりの声が、建物の外まで響いていた。


 兵舎の中に入ると、ますますその声が大きくなった。兵士たちは大広間で食事をしているようだ。

 その中に男が1人で入っていくのは、非常に勇気がいる。


(くっ……これも指揮官としての務めだ)


 スネイカーは覚悟を決め、扉を開けた。

 すでに日は落ちているが、各所で明かりがともされており、部屋の隅々まで見渡すことができた。

 大広間には見張り当番を除くすべての兵士が集まっているようだ。彼女たちは床に腰を下ろし、いくつかのグループに分かれて談笑しながら食事をしていた。


「や、やあ」


 スネイカーが顔を出したとたん、おしゃべりの声がピタッとやんだ。兵士たちは一斉に食事の手を止め、こちらを見つめている。

 それから一斉に立ち上がり、姿勢を正して挙手の礼を行った。


(俺が来ると、こうなってしまうのか……)


 統制がとれているのは結構なことだが、楽しい食事の時間を邪魔してしまったようで申し訳ない気分になる。


「あーっ、将校殿だ! アタシに会いに来てくれたんですか?」


 1人だけ空気を読まず、スネイカーの元へ駆け寄ってきたのはググである。彼女は無茶な戦い方をするため、日中は坑道掘りを手伝わされている。


「あー、いや、君だけじゃなくて、皆と親交を深めようかと思って」

「なーんだ、残念」


 続いてソニアとジェイドがやってきた。


「何か御用ですか? スネイカー殿」

「えーと、たまには俺も兵士たちと一緒に食事でもしようかと思ったんだが」


「その気持ちは嬉しいんですが、身分の違う者と食事の席を共にするのは避けた方がいいと思います。立場の違いをはっきりさせておかないと、規律が乱れます」

「スネイカー様は唯一の男性ですので、若い子たちがよこしまな気持ちを抱くことも懸念されます」


 ソニアとジェイドは、スネイカーが兵士と一緒に食事をすることに反対なようだ。


「えー、アタシは将校殿と一緒におしゃべりしたいです」


 ググは不満そうな顔でそう言うと、壁際にいる女の子に声をかけた。「ランちゃんも、そう思うよね?」


「私は……別に……」


 突然話しかけられたランは、それだけ言って顔を伏せた。

 彼女は初日にスネイカーに暴言を吐き、ソニアになぐられた少女である。仲間たちの談笑には加わらず、1人で食事をしているようだ。


(確かランは、仲間たちから『狂犬』なんて呼ばれてるんだったな)


 そんな彼女に平気で話しかけるのは、怖いもの知らずのググくらいなのかもしれない。


(うーん、ますます気まずい空気になったな。出直したほうがよさそうだ)


「それじゃあ今日はやめておこう。皆は引き続き、食事を楽しんでくれ」


 スネイカーはそう言って、大広間を後にした。




「俺って嫌われてるのかなあ」


 自室に戻ったスネイカーは、従者のアダーを相手に不安を打ち明けた。


「そんなことはないと思いますけど」

「でも俺が入ったとたん、にぎやかだった部屋がシーンとなって」

「それはそうですよ。スネイカーさんは偉い人なんですから、友達のように気安く話せるはずがありません。将校と兵士の関係はそれでいいって、お母さんも言ってました」

「まあ、そうかもしれないけど」

「少なくとも嫌われてるなんてことは絶対にありません。そんなに心配なら、僕が確認してきましょうか?」

「確認って、何を?」

「兵士たちがスネイカーさんのことをどう思っているか、それとなく探ってきます」

「そんなことができるのか?」

「僕は子どもだから、みんな警戒せずに本音で話してくれるんですよ。任せてください」




 2日後、アダーは結果を報告した。


「嫌われてるなんてとんでもないです! みんなスネイカーさんのことを尊敬してます! 大人気ですよ!」

「ホントに?」

「もちろんです。スネイカーさんは頼もしい指揮官を見事に演じ切ってますからね。僕と2人だけの時以外は」

「そうか、よかった」


 スネイカーはホッと胸をなで下ろした。


「それと、スネイカーさんを男性として好きだと言う人もたくさんいました。ルックスがよくて、頼りがいがあって、何より男が1人しかいないんだから、そうなるでしょう」

「兵士たちは君にそんなことまで話したのか」

「僕が子どもだと思って油断してるんでしょうね」


(まずいなあ)


 もちろん女の子にモテるのは嬉しいが、将校と兵士が男女の関係になれば規律が保てなくなる。

 今は非常事態だ。全員が一丸となって戦わねばならない時に、人間関係でギクシャクするわけにはいかない。

 アダーもそのことはよく理解していた。


「まあ、スネイカーさんはあまり気にしないでください。まさか防衛戦の最中に指揮官に告白してくるような非常識な兵士はいないでしょう……たぶん」

「そうだな、聞かなかったことにしよう」

「それがいいです」


 アダーはそう答えてから、やや口調を改めて続けた。


「ただしスネイカーさんには気に留めておいてほしいんですが、彼女たちは兵士になったからといって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………!」


 アダーの言葉にハッとさせられた。

 今までスネイカーは、兵士たちが女であることをあまり意識せず、男と同様に扱う方がよいと考えていた。戦場では男も女も関係ないからだ。

 しかしアダーの意見は違った。


「僕はスネイカーさんが来る前から、ずっと彼女たちを見てきました。

 彼女たちは10代後半から20代前半の、人生でもっとも美しさを誇れるはずの年齢です。兵士としての生活は、そんな彼女たちにとってはつらいものでした。

 女の子らしい服を着たくても、制式装備は無骨な皮の鎧です。それが嫌な人は、わざわざ布を腰に巻いてスカートのように着こなしていました。お母さんやジェイドさんに見つからないように、こっそりとおしゃれを楽しんでいたんです。

 体を洗える日は限られているので、いつも自分の体臭を気にしていました。でもここには香水なんてありません。

 化粧のための道具もありません。それでも毎朝、城内に1枚しかない鏡を使うために順番待ちをしていました。

 戦いが始まったらそういうことを気にしなくなるかもと思いましたが、そんなことはありませんでした。たぶんスネイカーさんがいるからでしょう。

 スネイカーさんは男性指揮官として、そんな彼女たちの気持ちに寄り添ってあげてほしいんです」


 アダーの指摘はスッと胸に落ちた。

 スネイカーはあまり身だしなみを気にしない。この城に鏡があるかどうかも気にしたことがなかった。

 だから今まで兵士たちが容姿を気にしていることにさえ気付かなかったのだが、アダーは気付いていたのだ。


(この子は本当に12歳なのか?)


 あまりにも大人びたことを言うのには驚かされる。そんな彼だからこそ、スネイカーもつい素の自分をさらけ出してしまうのだが。


(いや、アダーだってまだ子どもだ。この城の生活は、楽しいことばかりじゃないはずだ)


 母親のソニアが一緒にいるとはいえ、同年代の友達がいないのはさびしいだろう。もっと彼のことを気にかけてやるべきかも知れない。

 そう考えていた時、部屋の外から声が聞こえた。


「失礼します! 将校殿のお食事をお持ちしました!」


 女性の声である。


(ん? 俺の食事を持ってくるのはアダーの仕事だったはずだけど)


 アダーが素早く移動し、扉を開けた。

 兵士が入ってきた。凛々(りり)しい顔立ちの20歳前後の女性兵士だ。食事が載ったトレイを両手で持っている。

 彼女はそのまま近付いてきて、スネイカーの机の上にトレイを置いた。そしてビシッと敬礼した。


「どうぞ、ごゆっくりお召し上がりください!」

「あ、ありがとう」

「将校殿、自分の名前はルーシーであります!」

「え? そ、そうか。ご苦労だった、ルーシー」


 スネイカーがそう答えると、女性兵士の頬がゆるんだ。


「はい! 将校殿のお役に立てて、自分は光栄であります!」


 彼女はもう一度敬礼をした後、小走りで部屋を出ていった。


「どういうことだ、アダー?」


 問いかけると、アダーはニヤニヤ笑って説明した。


「スネイカーさんに食事を届ける仕事を、兵士たちに譲ってあげたんですよ。すると希望者が殺到しました。誰が届けるかはくじを引いて決めることになったんですが、どうやら最初のくじ引きは、ルーシーさんが勝ったようですね」

「くじを引いてまでやるような仕事ではないと思うけど」


「スネイカーさんは大人気だって、さっき言ったとおりでしょ? みんなスネイカーさんに会いたいし、話をしたいし、自分の顔と名前を知ってもらいたいんです」

「名前……」


 それは重要なことなのかもしれない。人間関係は、お互いに名乗ることから始まる。

 しかしスネイカーは兵士の名前をほとんど知らない。指揮官と兵士の間ではそれが普通なのだが、彼女たちとしては指揮官に自分の名前を知っておいてもらいたいのだ。


 指揮官に名前を知ってもらえたなら、単なる使い捨ての駒ではなくなる。たとえ戦死しても、多少は報われるのかもしれない。


 スネイカーはルーシーという兵士の名前を心に刻み、食べ始めた。

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