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小料理屋はなむらの愛しき日々  作者: 山いい奈
4章 決め付けられた気持ち
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第4話 ひとときの穏やかさ

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 それから1週間、尾形(おがた)さんは来店されなかった。4日と日を置かずに来られていたので不思議ではあったが、茉莉奈(まりな)としては助かったという気持ちが大きい。


 いくら自分に大丈夫だと言い聞かせても、嫌なものは嫌だ。好きでもなんでも無い異性にあんな風に触られることが、こんなにも嫌悪感を(もよお)すものだとは思わなかった。


 これまで男性の友人もいたが、セクシャルハラスメントという言葉が広く知られているからか、不用意に触って来る様な友人はひとりもいなかったし、「はなむら」に入ってからも、ほぼ毎日来られる高牧(たかまき)さんだって、いつも軽い調子の寺島(てらしま)さんだって、茉莉奈に触れて来る様なことは無かった。


 尾形さんを異常だと言って良いのかは判らない。だが普通では無いと言い切れる。しかも尾形さんは既婚者(きこんしゃ)なのだ。奥さま以外の女性にもこうした接し方をしているのであれば、やはりそれはおかしいと茉莉奈は思う。


 それが尾形さんの距離感なのかも知れないが、茉莉奈の様な拒絶できない立場の人間に仕掛けるのは卑怯だとも思ってしまう。


 このまま来ないていてくれると良いんだけど。ご常連にこんなことを思うのは店員としては失格なのかも知れないが、茉莉奈はそう願うしか無かった。




 しかしそんな希望は打ち砕かれるものだ。


 11月も終わりに近付き、寒さも本格的になって来た。紅葉(こうよう)も終わり、葉が落ちた木々を見るだけで寒々しさを感じる。


 今日「はなむら」を訪れるお客さまも、しっかりと防寒をされている方がほとんどだ。太いマフラーをぐるぐるに巻いて口まで隠されているお客さまもおられた。


 今日は金曜日。やはり高牧さんと雪子(ゆきこ)さんは競う様に開店直後に来られ、カウンタ席で隣り合って談笑している。


 高牧さんが1杯目の生ビールを空にして、お代わりしようか日本酒に移ろうかと考えているところで、引き戸が開かれる。


「こんばんはー」


 顔を覗かせたのは寺島さんだった。


「いらっしゃいませ」


「すっかり寒ぅなったなぁ」


 寺島さんは冷えたであろう素手を(こす)り合わせた。それだけで外の冷え込みが分かる。陽が落ちるのも早くなり、12月の冬至(とうじ)に向けてその時間はますます早くなって行く。もうすっかり外は暗くなっていることだろう。


「あ〜、茉莉奈ちゃんにあっためて欲しいわぁ」


 またそんな軽口を叩く寺島さん。またか、と茉莉奈は呆れた顔になってしまう。


熱燗(あつかん)か焼酎のお湯割りがお(すす)めです」


 茉莉奈が冷静に言うと、寺島さんは「あははっ」とおかしそうに笑った。


 そう言えば、この寺島さんの発言も、セクハラだと取られてもおかしく無いものだ。だが寺島さん相手だと冗談だと流せることができる。どういう違いがあるのだろうか。触る触らない、それだけだろうか。


 不思議に思いながら、茉莉奈はカウンタ席に掛けた寺島さんにおしぼりをお持ちした。


「生ビールちょうだい。やっぱり1杯目は寒くても生やわ」


「はい。お待ちくださいね」


 茉莉奈はふと沸いた疑問を棚上げにして、飲み物カウンタに向かう。ジョッキに生ビールを注ぎ、なめらかな泡を作った。


「生ビールお待たせしました」


 寺島さんに生ビールをお持ちすると、寺島さんはおしながきを見つめていた。


「ありがとう。注文ええやろか」


「はい。どうぞ」


 茉莉奈は伝票を持ち上げた。


「とりあえず茉莉奈ちゃん特製メニューと、鶏の照り焼きと、青菜炒めちょうだい」


「はい。お待ちくださいねー」


 茉莉奈は香澄(かすみ)に注文を通し、作り置いている茉莉奈特製おしながきを中鉢に盛り付ける。


 今日の茉莉奈特製おしながきは、わさび菜と人参のナムルだ。茹でて冷水で色止めし、しっかりと水気を絞ったわさび菜は適当な長さに切り、人参は千切りにしてさっと茹でたら丘上げに。


 味付けは隠し味程度のお酢とお砂糖、お醤油にごま油。それに白すりごまをまぶす。


 ごま油と白すりごまの香ばしさの中に、からし菜のほのかな辛味と人参の甘さが引き立つ。お砂糖が辛味を柔らかなものにし、お酢とお醤油が油をさっぱりとさせてくれるので、食べやすくも味わい深い一品だ。


「まずはわさび菜と人参のナムルです。お待たせしました」


「ありがとう。お、旨そう。前菜にぴったりやん」


 寺島さんはさっそくお(はし)を取り上げ、ナムルを大口に放り込む。じっくりと噛んで「んん〜」と満足げに目を閉じた。


「やっぱり茉莉奈ちゃんのご飯は旨いわぁ」


「ありがとうございます」


 茉莉奈は微笑んで、カウンタを離れる。シンクに少し洗い物が溜まっていたので、自動食器洗い機に入れた。シンクに置くときにすすいでいるので、表面上の汚れはとりあえず落ちている。


 「はなむら」を開店させる時、香澄は食洗機の導入を迷った。香澄はもったいないだろうかと思ったのだが、しばらくはひとりで切り盛りするのだし、洗い物がたまることで立ち回らなくなることは好ましく無い。必要無ければ使わなければ良いのだしと、結局香澄はビルトインのものを入れることに決めた。


 結果、香澄もかつて働いてくれていた雪子さんも、そして茉莉奈も助かっている。「はなむら」は中鉢の料理も多いし、洗い物は結構な量になる。「はなむら」が軌道に乗り雪子さんが来てくれるまでの間は、香澄にとって無くてはならないものだった。


「茉莉奈ちゃん、注文ええかの」


「あ、はーい」


 高牧さんに呼ばれ、茉莉奈は手を拭いてカウンタ席に急ぐ。


鳳凰美田(ほうおうびでん)ちょうだい」


「はい」


 見ると、お隣の雪子さんのカップも残り少なくなっていた。


「雪子さんはお飲み物どうしはります?」


「あら、もうこんだけ。それやったら、そうやねぇ」


 雪子さんは焼酎のおしながきをさっと見て「赤兎馬(せきとば)の紫のお湯割りもらおうかねぇ」とご注文。


「はい。お待ちくださいね」


 茉莉奈は空になっていた高牧さんのグラスを引き上げた。


 「鳳凰美田」は栃木県の小林酒造が(かも)す日本酒である。すっきりとしつつもフルーティで、甘みと旨みがじわりと口に広がるお酒だ。


 「紫の赤兎馬」は鹿児島県の浜田屋権兵衛(はまだやごんべえ)が造る芋焼酎だ。さつまいもコガネセンガンに紫芋が加えられており、フルーティでまろやか、ふくよかな味わいに仕上がっている。


 日本各地で作られている日本酒や焼酎。味は千差万別で、とても優劣は付けられない。それでも中には製造数が少なく入手困難なお酒には、プレミアが付いて驚く様なお値段になったりする。


 だが「はなむら」では気軽にお酒を楽しんでいただきたいので、定価でしか入荷しない様にしている。


 例えば日本酒の「獺祭(だっさい)」や「雪中梅(せっちゅうばい)」、芋焼酎なら「魔王(まおう)」や「森伊蔵(もりいぞう)」は、プレミア価格になりやすい。そういうものを入荷すれば、相応の値付けをしなければならなくなる。それは茉莉奈も香澄も望まない。


 なので「はなむら」のお酒の品揃えは一般的と言える。スーパーや酒屋さんで手軽に買えるものも多い。だがそれで良いと思っている。満遍(まんべん)なくお客さまに楽しんでいただける様にしているのだ。


「はい、鳳凰美田と紫の赤兎馬お湯割り、お待たせしました」


「ありがとう」


「ありがとうねぇ」


 雪子さんのカップが空になっていたので、引き換える様に回収する。


「茉莉奈ちゃん、こっちに生お代わりちょうだい」


「はーい」


 空のジョッキを掲げる寺島さんの元に行くと、からし菜と人参のナムルは食べ終わっていて、青菜炒めが提供されていた。茉莉奈は空いた器を引き取る。


 今日の青菜炒めはしろ菜を使っていた。大阪しろなは大阪なにわ伝統野菜のひとつとされていて、大阪府を中心に主に関西で親しまれているお野菜だ。


 白い軸は太く、葉っぱは大きく青々としている。癖の少ない葉物野菜で、いろいろな味付けで味わうことができる。


 「はなむら」の青菜炒めはシンプルなので、ダイレクトに青菜の旨みが味わえるのだ。


「それと、牛肉とちんげん菜のオイスターソース炒めも」


「はい。お待ちくださいね〜」


 18時、19時にもなるとまたお客さまも増え、茉莉奈も香澄も忙しなく立ち回った。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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