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小料理屋はなむらの愛しき日々  作者: 山いい奈
4章 決め付けられた気持ち
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第2章 沸き上がる嫌悪感

どうぞよろしくお願いします!( ̄∇ ̄*)

少しでもお楽しみいただけましたら幸いです。

 次、尾形(おがた)さんが来られたのは金曜日だった。来店の時にはすでに高牧(たかまき)さんと雪子(ゆきこ)さんがカウンタ席で(くつろ)いでおられる。今回は3人のご友人を(ともな)っている尾形さんは、おふたりにぺこりと頭を下げた。


 小上がりを見て、空いていることを確認しつつも、「いらっしゃいませ」と出迎えた茉莉奈(まりな)に訊いて来る。


「小上がり空いてる?」


「はい、空いていますよ。どうぞ」


「ありがとう」


 尾形さんは笑顔のまま真っ直ぐに小上がりに進む。真っ先に手前の左側、いつもの席に着いた。お友だちの3人も上がった順に奥から掛けて行く。


 茉莉奈はおしぼりを人数分、小上がりにお持ちする。この時期は温かいおしぼりだ。枚数もおひとり1枚である。


「注文ええかな」


「はい。どうぞ」


「俺、生ビール」


 尾形さんが言うと、お友だちも全員「俺も」「俺も」「僕も」と生ビールを頼まれた。


「食いもんは後で」


「はい。まずは生ビールお持ちしますね」


 茉莉奈は飲み物カウンタで素早く生ビールを作ると、両手にジョッキを2客ずつ器用に持って、小上がりへ。


「お待たせしました。生ビールです」


 茉莉奈がジョッキをテーブルに置こうとすると、尾形さんが手を伸ばして来た。茉莉奈は一瞬びくりとなって動きを止める。


 頭が目まぐるしく動く。このまま尾形さんにジョッキを手渡しすれば、また手が触れるのでは無いだろうか。できたらそれは避けたい。どうしたら。


 しかしそんな悠長なことをしている隙は無かった。尾形さんの手がジョッキに触れた。

 そして、茉莉奈の手にも。


 一瞬にして茉莉奈の身体がぞわりと総毛立った。そのまま固まってしまった茉莉奈の手からジョッキを取り、尾形さんはお友だちそれぞれの前に「はいよ」と置いた。


 全身の血液がすぅっと足元に落ちた気がした。茉莉奈はジョッキの取っ手を持っていた。受け取るのなら本体を持つだろうから、手に触れなくても取れるはずだ。こう何度もあってしまえば、やはり偶然では無いのだろうか。


「茉莉奈ちゃん?」


 尾形さんに言われて茉莉奈ははっと我に返った。すると手に何やら感触があったので見下ろしてみると、尾形さんの指先が触れていた。茉莉奈はぞわりと気味の悪さを感じ、とっさに振り払った。


「……あ」


 嫌だろうがなんだろうが、お客さまに失礼をしてしまった。茉莉奈は慌てて頭を深く下げた。


「も、申し訳ありません!」


 すると尾形さんは気にした風も無く、「大丈夫やで」と、今度は茉莉奈の二の腕をとんとんと軽く叩いた。


「本当に、申し訳ありません」


 茉莉奈はもう一度頭を下げると、そそくさとその場を離れた。そのまま厨房(ちゅうぼう)に入り、しゃがみこんで身体を丸め、(ひざ)に顔を埋める。身体が小さく震えるのが判った。怖い、気持ち悪い、そんな感情が渦巻いてしまう。


「茉莉奈、なんや聞こえたけど、どないしたん」


 香澄(かすみ)が手を動かしながら、茉莉奈の行動に驚いた声を上げる。


「……ママ、ごめん。お客さまに、尾形さんに失礼なことをしてしもうた」


 蚊の泣く様な声しか出なかった。情けなさに自分が嫌になる。


 茉莉奈が嫌悪感を感じても、相手は「はなむら」のお客さまなのだ。茉莉奈の都合で嫌な思いをさせてはならない。下手をしたら「はなむら」の評判を下げることになってしまう。大事な大事な香澄の「はなむら」。そんなことだけはあってはならない。


「尾形さんは何て?」


「大丈夫やって言ってくれはったけど……」


「あんたは謝ったん?」


「うん」


「せやったら大丈夫や。あんまり気に()んだらあかんよ。私からも手が空いたらお詫びしとくから」


「ほんまにごめん」


「気にせんでええから。少し休んだら仕事に戻れる?」


「……うん」


 切り替えなくては。まだ「はなむら」は開店したばかりだ。それに今日は週末の金曜日。これからますます忙しくなる。


 気にしなかったら良い。尾形さんがわざと触れて来ようが、ただの偶然であろうが、どんと構えていれば良いのだ。こんなことで心を揺らしている場合では無い。


 茉莉奈は気合いを入れる様に、(ほほ)をぱんぱんと両手で叩いて立ち上がり、フロアに出た。


「茉莉奈ちゃん、大丈夫かの?」


 高牧さんが(いた)わる様に声を掛けてくれ、雪子さんも心配そうな表情を浮かべている。ああ、ご常連に不快な思いをさせてしまった。茉莉奈は自分の未熟さに頭を抱えたくなる。それを振り払う様に努めて笑顔を浮かべた。


「はい。大丈夫です。お騒がせしてしもうてごめんなさい」


 唯一の幸いは、お客さまの少ない、それもご常連ばかりの時間帯だったことだろうか。


「それやったらええけど、困ったこととかあったら正直に言うんやで。わしらで良かったら聞くからのう」


「そうやで、茉莉奈ちゃん。いらん我慢とかしたらあかんよ」


 そう優しく言っていただき、茉莉奈はじんと目頭と熱くする。ああ、自分はなんて素敵な人たちに、ご常連に恵まれているのだろうか。


 さっきまではかすかに恐怖すら感じていたと言うのに、もう心が暖かいものに包まれている。じわりと全身に血液が戻って来た様な感覚を覚えた。冷えていた指先にも温度が戻って来る。


「高牧さん、雪子さん、ほんまにありがとうございます」


 茉莉奈は今度こそ自然な笑みを浮かべることができた。おふたりの穏やかな笑顔は、茉莉奈を心の底から安心させてくれた。


「うんうん。ほなさっそくで悪いねんけど、菊水(きくすい)の、そうやなぁ、四段仕込(よんだんじこみ)もらおうかの」


「私は白玉(しらたま)(つゆ)のお湯割りをよろしくねぇ」


「はい。お待ちください」


 「菊水の四段仕込」は、新潟県の菊水酒造が(かも)す日本酒だ。菊水を冠する日本酒を数種造っており、四段仕込は甘口とされているものである。


 甘口とは言うがさらっといただくことができ、その風味は柔らかだ。だがキレの良さも感じさせる日本酒である。


 ちなみに「はなむら」では「菊水の辛口」のご用意もある。その名の通り辛口の、菊水を代表する一品でもある。


 そして「白玉の露」は、鹿児島県の白玉醸造が醸す芋焼酎である。あのプレミア芋焼酎「魔王(まおう)」を生み出した酒造会社としても有名だ。


 さつまいもコガネセンガンと白(こうじ)を使い、まろやかさとキレの良さを兼ね備えた飲み心地を持つ。白玉醸造のスタンダードと言われる芋焼酎だが、だからこそ様々な飲み方で楽しむことができる。雪子さんお気に入りのお湯割りでもロックでも、美味しくいただけるのだ。


 茉莉奈は飲み物カウンタでいそいそと飲み物を作り、「お待たせしました〜」と笑顔でお運びした。

ありがとうございました!( ̄∇ ̄*)

次回もお付き合いいただけましたら嬉しいです。

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