(13)追撃
EVAスーツに着替えた二人は、早速専用機の外観チェックをして、機体に搭乗した。
フランチェスカは直ぐにコックピットの自己診断制御パネルを操作して、AIによる診断をスタートさせた。
「艦長、発着デッキへ機体を移動させるには、どうしたらいいの?」
「あー、作業艇なら操縦席から操作できるんだけど、ちょっと待っておくれ」
ヴァイオラは格納デッキの隅にある、操作卓まで行き、専用機を乗せているパッドを動かした。そして改造されているカタパルトのある、最上層甲板へのエレベーターに専用機を移動させた。
「エレベーター動かすよ!」
「あなたはどうするの!?」
「人員用のエレベーターで上がるよ! 動かしていいかい?」
「いつでもいいわ」
ヴァイオラは上昇エレベーターのスイッチを操作すると、別の扉へとへ姿を消した。
発着デッキに辿りついたヴァイオラは、エレベーターに乗ったまま、キャノピーの開いている専用機に乗り込んだ。
フランチェスカは身振り手振りで、ヘッドセットと酸素ホースのコネクタの接続を示すと、キャノピーを閉めた。
「航法機器を含めたプリフライトチェックは機体に搭載されたAIが自動で行うの。正面右側のインジケーターがたくさん並んだパネルがあるでしょう?」
『うーんとこれかい? パネルの下に "MCP”って白い文字が書いてある』
後席に座ったヴァイオラがレシーバーで応答してきた。
「そう、|マスターコーションパネル《MCP》よ。」
『いくつか赤く点灯しているけど?』
「今はいいわ! 離艦したら気を付けて見ていて!」
『あいよぉ!』
「艦長、艦橋はどのチャンネル?」
『222.56に合わせておくれ』
フランチェスカはヴァイオラの指示するチャンネルに合わせて艦橋を呼び出した。
「艦橋、聞こえますか? こちらは航宙軍、ジナステラ少佐です」
『こちらガミーロ艦橋、ドグ・スチーラです。ジナステラ少佐、どうされましたか?』
「今、発着デッキにリフトアップしたわ。そちらからも見えているでしょう?」
『見えています、どうされるおつもりなんですか?』
「密航者のTAGを追いかけるわ! 1番カタパルトに誘導して頂戴」
『1番カタパルトですか? あれはダミーで……』
『こちらヴァイオラ、ドグ! 言われたとおりにしな!』
『せ、船長!? 一体どこにいるんです! 今、船内は大変なことに!!」
レシーバーからは副長の慌てた声が入ってきた。
『わかってるよ。今はジナステラ少佐の後席に座ってる。デッキコントロールパネルのカタパルトセクション、1番の真ん中にあるアクティベートボタンを押しな!』
『ちょっと! 船長、まさか少佐殿と一緒に?! 私らはどうすればいいんです!! っていうか、アクティベートボタンってなんです!?』
『今はいいから、言われたとおりにしな! 時間が無いんだよ、艦の方は任せた!あとは宜しく!! 通信終り』
『まったく!! そんな無責任な、ボタンってこれかなぁ』
副長の愚痴がレシーバーからこぼれてきたが、ヴァイオラはどこ吹く風と言った風に、キャノピー越しに艦橋の方を見ていた。
フランチェスカは、APUを始動させて左右のエンジンに点火、アイドルのまま、尋ねた。
「艦長、甲板の誘導灯? が点いたけど、あそこへ行けばいいの?」
『ああ、大体の場所はわかるだろ?近づけばわかるさ』
フランチェスカは大体こんな感じかと、機体を動かして行った。
「一応、カタパルトの軸線には乗せたけど、ここからどうすればいいの?」
『ランチバーを下しておくんな。副長、聞こえるかい? さっき押したアクティベートボタンの右に、“シャトル”って書いてあるつまみがあるだろう? それを“ランチ”の位置に回しておくれ』
『船長! カタパルトってダミーじゃなかったんですか!?』
『こんなこともあろうかと、動作するように改造してあったさ』
あれ? なんか思い出しそうなセリフだな? とフランチェスカが思っていると、ガコンというショックが伝わってきた。
「いまのって、カタパルトシャトルに接続されたってこと?」
『そうだよ、一発で成功なんて、少佐もやるねぇ』
「偶然だと思うけど……。機体重量のセットって、艦橋に言えばいいの?」
『射出中にカタパルトが勝手に調整するよ。副長! ブラストデフレクター、アップ!』
『どれです? って、これですか?』
フランチェスカがバックミラー越しに後ろを見ると、デフレクターが起き上がっていった。
『少佐、エンジン最大パワーにセット! カウントゼロで射出!』
「了解!」
『副長、一番右のランチボタン! こっちの合図で押しとくれ!』
『まったくもう! 了解!』
コックピットを2基のメインエンジンの咆哮が満たしていき、機体が震え始めた。
「発艦信号機ってあれ? 何も点灯していないけど?」
『ああ、あれはダミーのままなのさ、ちょっと予算がね……』
「あ、ソウ……発艦いつでもいいわよ。行きましょう!」
『艦橋聞こえる? 射出用意、カウント……3、2、1、ゼロ!!』
ヴァイオラの合図とともに、フランチェスカ機は2段階の急加速で、輸送艦ガミーロから勢いよく発艦した。
★ミ
「This is STREGA. AUTHER,Read back. 聞こえますか?」
『……AUTH…… Re…… ジ……』
フランチェスカは、ガミーロから発艦して直ぐに、艦隊旗艦であるアンドレア・ドリアを呼び出していたが、電波状況のためか、雑音交じりの微かな応答しかなかった。
「駄目だわ、繋がらない」
『小惑星帯の向こうなんだろ? 戦闘艇の無線出力じゃ、ちょっとキツいかも知れないねぇ』
「アンディからも、哨戒機を飛ばしてもらおうと思ったんだけど……」
『で、密航者の作業艇の方は?』
「レーダーで捕まえている、多分これだと思うけど、SIF(敵味方識別符号無線)は?」
『そんな装置積んでいないよ。ガミーロのそばなら艦橋でIDは判るけど……』
「そりゃそうよね、荷物の受け渡しにしか、使わないものね……」
『追いつけそうかい?』
「たぶん。でもSIFに応答しないとなると、小惑星帯に入られたら、見つけられるか怪しいわ」
フランチェスカはコンソールキーを叩いて、現在の相対速度差から、接触までの時間を計算した。
「あー、駄目だわ。接触まであと1分45秒、TAGが小惑星帯に入るまで、あと1分5秒……。間に合わなかった」
『どうすんだい?』
「こうすんのよ! 悪いけどTAGはあきらめて」
フランチェスカは、レーダーモードを切り替えて、機首のレーダーアンテナから、強力なECM(電子妨害波)を発信した。
“ピー”と言う警告音がして、キャノピーが一瞬だけ黒く変色し、星空が見えなくなったかと思うと、直ぐに透明度を取り戻した。
『今のは何をしたんだい?』
「強力な電波を牽引機に浴びせたのよ。たぶん航法装置か、最低でも無線関係の機器を焼けたと思う」
『コワイのが付いているんだねぇ。それで?』
「とりあえず、小惑星帯の縁まで近づいてみるけど、多分再コンタクトは無理。少しだけ探してみて駄目なら、戻りましょう」
『そりゃ残念。牽引機、一機喪失かぁ……』
「軍で補てんできるように申請しとくわ」
『あぁ、そりゃ助かるね』
小惑星帯に辿りついたフランチェスカ機だったが、やはりレーダーでは探知できず、暫くして捜索をあきらめ、輸送艦ガミーロへと帰還した。




