(3)初フライトⅡ
フランチェスカ機がカタパルト発進位置に着くと、ほぼ同時に黒系の迷彩が施された機体が位置に着いた。
「広報班の随伴機って、隣の機体かしら?」
後席のフェルナンドに呼びかけると、彼も隣の機体のコックピットを見た。
大型の4座機で、通常は長距離電子偵察や艦隊に先行して哨戒任務などをするための機体だった。機体には電子戦偵察用の器材だけではなく、光学偵察用のカメラも標準装備として搭載されていた。
『手を振っているから、そうみたいっすね。チャンネル繋ぎます』
「こちらはジナステラ少佐。そちらはウィンチェスター少尉?」
『はい、後席で手を振っているのが私です』
「随分な機種を確保したのね」
『この機体の方が、『良い絵が撮れる』って、第一飛行隊の隊長が薦めてくれたんですよ。あ、ちょっとヘルメットのバイザー上げてくれませんか?』
(発艦直前なのに……)と、フランチェスカは思ったが、バイザーを上げてついでに右手でサムアップした。
『ありがとうございます。カメラに自動認識させました。余裕があったらでいいのでこちらが呼びかけた時に、今みたいにポーズとってもらえますか?』
「わかったわ。それとコールサインは“STREGA”よ、こっちが“01”でそっちが“02”。いい?」
『STREGA 02, Affirmative』
ウィンチェスター少尉とは違う、随伴機のパイロットからと思われる声で“了解”の意が返ってきた。
(あの声は、確か長距離哨戒機を薦めたっていう、第一飛行隊の隊長じゃないかしら? 哨戒機を持ち出してきた張本人??)
とフランチェスカは思った。
旗艦アンドレア・ドリアに所属する、第一飛行隊隊長のアーノルド中佐は、フランチェスカが自分の娘にそっくりという事で、用もないのに話しかけてきたりするストーカーじみたところがあった。といっても、どちらかと言うと保護者的視線であり、娘が恋しい親心の無聊を慰めるつもりで、フランチェスカも苦笑いしながら彼に付き合っていた。
「随伴機のパイロットは、アーノルド中佐ですか?」
『そうだ。よろしく、フランチェスカ君』
「こちらこそよろしくお願いします。まさか中佐がおいでになるとは……」
『私だって、久しぶりのフライトだ。腕を慣らしておかないとな』
「そうですか。ウィンチェスター少尉も聞いている?」
『ええ、聞いております』
「発艦したら、こっちは先に慣らしの方を終わらせるから、適当に撮影して頂戴。リクエストはこちらの慣らしが終わってから」
『了解しました。よろしくお願いします』
『02 Roger』
フランチェスカはコーションパネルとヒューズパネルを再度チェックすると、発艦管制室を呼び出した。
「STREGA-FLGHIT, Request No.3 and No.4 Catapult Launch」
『STREGA-FLGHIT, Cleared to permitted Launch PAD, and latch catapult』
ゆっくりと機体が指定された発艦カタパルトに移動し、ガコンというランチバーがカタパルトに接続された感触が伝わってきた。
「STREGA01. Ready for Launch」
『02』
『Catapult tensioning. STREGA-FLIGHT Cleared for TAKE-OFF and contact AUTHER. Good-day』
「Thank you CAT」
発艦管制室からの発進許可と共に、発艦信号がレッドからグリーンに変わったのを確認し、バックミラーで後席を、左横の随伴機を確認した。
「Engine Power AUTO-SET. Programmed TAKE-OFF Sequence!」
『02.Confirmed!』
「STREGA-FLIGHT TAKE-OFF!」
フランチェスカ機がまず始めにゆっくりと加速を始め、少し遅れて随伴機も加速を始めた。
次第に加速が強くなり、発艦誘導路の誘導灯が飛ぶように後方へ流れ去って行くと共に加速Gが強くなり、あっという間に宇宙空間へと飛び出した。
「ふぅ……」
フランチェスカは、小さな少女の体でのカタパルト発艦に、思わず息が漏れた。
「Hello AUTHER,This is STREGA. Request Approach to ANDY. Now Depart Mark-One.」
着艦パターンを周回するために、艦隊全体の宙域管制をしている|アンドレア・ドリアの管制室《AUTHER》に、チャンネルを切り替えた。そして着艦パターンに入る許可を求めた。
『Hello, STREGA. This is AUTHER, Cleared for Approach ANDY and Contact MOTHER-ARM. 今日はそちら以外は飛んでいないから、自由に飛んで構わないよ。ポジション・レポートだけよろしく。通信終り』
「STREGA Affirm. サンキュ」
久しぶりの自分の操縦で飛ぶ宇宙空間への感動も味わい切れないままに、随伴機からの通信が入った。
『ジナステラ少佐、この後は?』
「アンディ(アンドレア・ドリアの愛称)の周囲をアプローチパターン通りに周回。中佐、そちらは適当にこちらに合わせて頂戴。」
『02 Roger』
フランチェスカは、アンドレア・ドリアの宙域管制の指示通りに、着艦管制に通信チャンネルを変えた。
『Welcome HOME STREGA-FLIGHT. This is MOTHER-ARM」
「Hello MOTHER, STREGA 01 Request Touch and Go, and 02 FLY-PASS」
着艦管制はAIが自動的に行っており、機体の着艦専用チャンネルにリンク接続すると、最も効率的かつ少ない手順で、着艦が可能になっている。
フランチェスカは着艦管制AIに、自機はタッチアンドゴーと随伴機はフライパスをすることを告げた。
「STREGA-FLIGHT Depart Mark-Two」
アンドレア・ドリアの右舷側の真横を通過すると、随伴機からの通信が入った。
『少佐、ウィンチェスターです。 アンディをバックに絵が撮りたいんですが、お願いできますか?』
「そうねぇ……同航している方がいいのでしょ?」
『ええ、できれば、艦橋も入るようにお願いしたいです』
フランチェスカも頭の中で、ビデオ映えがするシーンを思い浮かべた。
「とりあえず一度タッチアンドゴーをして、次の周回パターンで、左舷側へ回り込むわ。それでいい?」
『よろしくお願いします』
「STREGA-FLIGHT Depart Mark-Three. 少尉、了解よ。通信終り」
その後、フランチェスカ機は何度かタッチアンドゴーや、ウィンチェスター少尉のリクエストで、アンドレア・ドリアの周囲を数回飛行して、その日の慣熟飛行を終えた。
スペシャルペイントが施された専用機で、新造戦艦に随伴して飛ぶ雄姿が、航空宇宙軍の公式ビデオになることをフランチェスカが知るのは、もう少し後のことだった。
★ミ
「それで、未だに消していないわけだ?」
「消してもらうのを忘れていたからで、わざとじゃないわ」
艦橋に呼び出されたフランチェスカは、リッカルドから指導を受けていた。
「整備班には、ちゃんと消しておくようにお願いしておいたわ。それよりも呼び出された用件は、それだけですか? 提督」
「明後日、補給を受ける。民間の補給船なので、事前に調整が必要なのだ。業務隊の主計課から何人か連れて、先方の輸送船の艦長と調整しておいてもらえないか?」
「私が? それは了解ですが、調整って何を?」
「お前は挨拶だけしておけばいい。あとは主計課に任せておけ」
「ああ、お飾り……もとい、儀礼上ですね。詳細は業務隊に問い合わせればよろしいでしょうか?」」
「うむ、それと高速連絡艇を使え。補給が完了次第、最前線に近いウルファ星系へ転移する予定だ。補給がスムーズに終えられるよう、事前にやれることは全て済ませておきたい。明日には艦隊を発ってもらう」
「了解しました」
フランチェスカは、敬礼し艦橋を辞すると、携帯端末から業務隊長を呼び出し、随行員の選出を依頼した。




