(1)新しい翼
砂粒のような、小さな光が散りばめられた、星の海。
極低温と静寂に支配される、過酷な空間。
静寂の中に、幾つもの閃光とともに、巨大な物体が次々と出現した。
「超空間転移完了! 通常空間に復帰しました」
「機関正常!」
「周辺宙域に敵性勢力の反応なし!」
「後続艦の超空間転移完了、順調です。第2種戦闘隊形完了まで約2分」
「艦内、その他各部署異常なし!」
各部署から異常なしの報告が次々と上げられる。
それを聞いたリッカルド・ガルバルディ艦隊司令代理は、艦橋の一番奥まったところにある、一段高くなった司令官席から指示を出した。
「艦隊、足並みが揃ったら惑星間航行速度にまで上げ。進路そのまま!」
「進路そのまま、0-3-1」
リッカルド・ガルバルディ准将は満足げにうなずくと、司令席の隣に座る少女に呼びかけた。
「フランチェスカ、訓練の予定はどうなっている?」
(名前で呼ぶなよ)と内心では思ったが、言ったところで聞く耳持たないだろうと事務的に答えた。
「はい、提督。本日は、艦隊運動教程の1番から5番までを実行後、リーン星系外縁のCBO(カイパーベルト天体)、ガンマ群の錨泊地にて錨泊の予定です」
「判った。艦隊にとっては初めての恒星系外の演習になる。事故の無い様にしたいものだな」
艦隊は定められた手順に従い、当初計画通りの演習を始めた。
★ミ
3時間後、演習を終えた艦隊は艦内時間の夜に差し掛かっていた。
勤務交代の時間となり、フランチェスカ・ジナステラ少佐は、自室に戻る前に戦闘機動艇の整備格納庫に来ていた。
フランチェスカは新しい翼、最新鋭の機体の整備状況を確認したかった。
「ニジェール曹長、お疲れ様」
「あ、お疲れ様です、少佐。艦橋の方はよろしいのですか?」
コックピット横に寄せられた、整備用ドリーの上で工具を持ち作業をしていた、曹長が振り返って答えた。
「シフト明けよ。専用機が貰えるなんて初めてだから、見に来たくなったの」
「ああ、その気持ち、自分も分かります。自分もついつい、ここに足を運んでしまいますから」
「量産配備機と違って、整備は面倒じゃない?」
まだ1機しかない試作機となれば、整備マニュアルも不完全で、器材も特別なものが必要となる。
そのためニジェール曹長は、トリポリの航空宇宙軍工廠から転属してきた。いわばフランチェスカ機専属の整備員だった。
「そうですね。でもトリポリの工廠からデータは全部受け取っていますし、試作機と言っても、基本的には共通モジュール化されていて、特殊なのはメインフレームだけですよ。エンジンもスラスターもアビオニクスも既存品です。ソフトの方は、そうはいきませんけど」
「つまり、この機体ってキメラなわけ?」
キメラとは、もともと様々な動物の一部分を合成した、異生物のことだが、補給物資が間に合わずに、別の種類の機体から配線コネクタとマウントが合うものを寄せ集めてデッチあげた機体のことを、そう呼んでいた。
「キメラと言えばそうですけど、この機体は整備性と量産性を追求した上で、最高のパフォーマンスをどこまで追求できるかというコンセプトのもとに、設計がなされていますからね。メインエンジンは地上から乗ってこられたのなら、ご存じでしょうけど、高速連絡艇用の大出力のものが2機搭載されています。スラスターも同じですね」
「ふむふむ……」
「C.C.(セントラルコンピュータ)は普通ならサブセット含んだ半二重冗長系なのに対して、この機体はフルセットを3台も搭載して多重冗長系が組まれています。高度なAIも搭載されていて、自己修正だけでなく、自己拡張機能まで持っていますよ」
「もしかして、しゃべったりするの?」
アニメに出てくるロボットやら戦闘艇には、音声でコミュニケーションが取れるAIが載っていたりもする。
「残念ながら、それは無いですね。音声警告システムとは別回路になっています。整備の時に専用端末をつなげて、AIがフライトデータの結果に対して、どのように修正を行うかと言う判断を求めてくるだけですよ」
「まぁ確かに、戦闘機動中にああしろとかこうしろとか言われても、困るけどね」
アニメのあれは演出の一種であって、実際には余計な機能だろうとフランチェスカも思った。
「ちょうど、部品の交換が終わったところです。もしよろしければ、座ってみます? ついでに調整もさせてもらえると、私も仕事が終わるので」
「モチロン!」
フランチェスカは笑みを浮かべ、喜々として乗り込んだ。
「どうです? 一応、地上基地で乗っていらした、機体のデータに合わせてみたのですが……」
「キャノピー閉めてみてもいい?」
「ちょっと待ってください、ヘッドセット持ってきます」
整備用ドリーから降りた、ニジェール曹長が工具セットの上に置いてあったヘッドセットをフランチェスカに渡すと、外部ハンドルを操作して、キャノピーを閉めた。
フランチェスカは受け取ったヘッドセットを、コックピットのICSパネルに接続して装着した。
ニジェール曹長も、自分用のヘッドセットを機体外側のICSパネルに接続し、バッテリーをつないで通話してきた。
『少佐、どうですか?』
「ええ、視界良好。各パネルも手が届くわ。ペダルはちょっと調整必要かしら?」
『前後ですか? それとも上下方向ですか?』
「シートベルトをすると、目いっぱい踏み込めないの」
『あー、それならペダルアームにエクステンション入れましょうか?』
「ストロークも短い方がいいから、台座位置を変えて欲しいけど、できる?」
『うーん、シートの台座との間に段差が出来てもいいのでしたら』
「シートって、これ目いっぱい上じゃないの?」
『ああ、そうですね。じゃ、コックピットフロア毎、かさ上げしちゃいますか』
「それだと、ワタシしか乗れなくなるんじゃ?」
『いいんじゃないですか? 少佐の専用機なんですから。メンテは後席からも全部できるんで』
「じゃ、それでお願い。どれくらいかかる?」
『工作室に聞いときます。3日もあれば多分』
「それじゃ、よろしく!」
『了解しました』
「あ、ちょっと待って。EXT POWER入れてみてもいい??」
『すみません、もうちょっと早くいらっしゃってたら……。CVCF止めちゃったんで』
「残念! じゃ、また次回に!」
『はい、じゃ、キャノピー開けますね』
フランチェスカはコックピットから降りて、つけていたヘッドセットを曹長に渡した。
「邪魔しちゃったわね。後をお願いするわね」
「はい、ゆっくり休んでください」
「ありがと」
フランチェスカは何か忘れていたような気がしたが、格納庫を出て自室に戻るまで思い出せなかった。
「あ! いけない、機体のペイント消してもらうのを忘れてた!」
フランチェスカが地上基地から艦に戻るときに、機体の背中にフランチェスカの似顔絵とピンク色のメッセージが描かれていたのだった。
専用機とはいえ、デカデカと描かれたファンシーなペイントは流石に目立ちすぎる。自分の知らないところでいつの間にか書かれていたとはいえ、リッカルドからも注意されたので、消してもらわなければと思っていたのだった。




