探検
「ノアー、こっちこっち!」
正直俺は、中立都市国家イージスについてよく知らない。いつも師匠に会う為に通り過ぎるだけの場所なのだが、今回それを聞いたガレットに街を案内してもらえることになった。
盗賊団を壊滅させてからはや一週間。俺はアルゴスの言う通りに訓練を重ね、急激な伸びで実戦派のガレットを驚かせている。
それでも毎日ボコされるので、気分転換も兼ねて探検だ。ボコされるだけじゃ面白くないでしょ、とはガレットの言である。
暫く街の中を歩き回って探索する。以前中立都市に来た時は、腕を磨くのに精一杯で、見て回る余裕など無かった。見て回った中でも特に興味深かったのは、職人区画だ。カンカンと鎚で武器防具を整形する音や、ジュッ、とそれを水で冷やす音などが響き渡る。
特に発光したり水が噴き出したりする金属や、回復や気分を高揚させる効果を持つ宝石が気になった。
「魔法金属?」
「うん、それそれ。色んな性質を持っててね、ノアをぶちのめすのにも役立ってるの」
「ソウデスカ。それで、どんなことが出来るんだ?」
「うーん……基本的な魔法が付与された金属だから……炎、水、風、岩石、樹木。それ自体が出て来たり、その性質を持ち合わせてたり、かな」
言いながらガレットは水色と青の塊を手に取る。水色の塊をコンコンと台に打ちつけて手渡してくる。持ってみると、少し冷たい。
「同じ様な色合いでも効果に差があるってこと?」
「まあ、そんなとこ。強く、強く握ってみ?」
言われた通り青い物を握り込むと水が噴水の様に噴き出し、俺の顔がびしょ濡れになった。
「おい」
狙いやがったな。
腹を抱えて大笑いするガレットに同じ様に水をぶっ掛けてやると、当たり前の様に全身をスポンジのように変化させて吸収しやがった。ちょっと腹立つ。
色とりどりの金属に盛り上がっているガレットはいつもより子供っぽくて、ちょっと微笑ましい気分になる。また水をぶっかけられたりしたら堪らないので言わないが。
魔法金属は周囲の魔力を能動的に集めているのが見て取れる。だから魔力が必要無いのか。期限切れもあまりしなさそうだ。
「街灯とかには、これ使ってるんだ。火山の近くなら、もっと大量に長く発光するのが手に入るんだけどねー」
その後、宝石類も見て回る。色とりどりの輝きが周囲を包み込み、とても煌びやかだ。美しい色彩に心が洗われる様で心地良い。
ガレットはそれをぼうっと見て偶にちょっと触ったりしていた。
触った端からガレットの手が同じ宝石と化したのには驚いたが。
普段からこうして物質のバリエーションを増やしているのが見て取れる。
魔力が豊富な地脈付近の宝石は特別な力を持つこともあって、贈り物にはぴったりなんだって。ニヤニヤしながら言われたが、当たり前の様に黙殺した。
その後、イージス内唯一の学園に興味が湧いたので見て回る。ガレットは少し学園に入ることを渋ったが、来客という形で案内してもらった。
ガレットも在籍していたらしいが辞めてしまったらしい。あまり良い思い出は無いからと理由は教えてもらえなかった。昔は中立都市出身のヴァールもこの学園にいて、ガレットとよくつるんでいたらしい。
あくまで来客という形だったが、簡単に校内に入れた。何故か変身して姿を変えているガレットもついて来る。授業中の様子を見ると、いかにも魔法や技を極めてます、といった戦闘警戒の内容から工学系や政経関連など、多種多様で飽きがこなかった。
そういえば廊下の所、あまり人気が無い陰のところに、凹みがあったけど、何だったんだろ。
帰り際、校門の外に出ようとすると、
「あー、ガレット!」という叫び声が聞こえた。
変身を解いたガレットに向かって、前から魔法使いのローブを着た少女がやって来る。鮮やかな黄緑の眼にブラウンの眼。茶色を基調にした学園の制服。そして短いスカート。
「知り合い?」
「あの子はクリス。私がここに在籍してた頃はライバルでね、今でも偶に会うの。あ、それとそれと、二つ名があってね、クリフっていうの」
由来が全っ然分からんのだが。
「見てあの子、ほら、何というかその、……プッ、ス、スレンダーでしょ?それで、偶然にもクリフって絶壁って意味なの。だから……」
クリスと呼ばれた少女は、怒りの形相でズンズン近づいてくる。俺達の会話が聞こえているのは間違いない。
「ガレット!?これ絶対聞こえてるって!」
俺は焦るが、ガレットはクリスの二つ名の由来(というか悪口)を続けようとする。
会話を止めようとしない俺達に業を煮やしたか、少女はずんずん近寄って来ながら、右手の親指と中指を強く擦り合わせ、指をバヂンッと強く打ち鳴らした。
「き・こ・え・て・ん・の・よぉ!!」
次の瞬間、フォンと空気が唸り、指から放たれた不可視の衝撃がガレットに直撃……しかけたが、当たり前の様に撃ち落とされた。ガレットが掌に孔を作り、そこから衝撃波を放って打ち消したのだ。
(うわっ、相当威力あったぞ今の。人に向けて良い威力じゃない!)
ビビる俺を他所に、クリスはガレットに突っかかる。
「キー!腹立つ!傷一つ無いのが腹立つ!」
「ごめんごめん、聞こえてると思ってなくて」
ガレットは茶目っ気たっぷりに片手を立ててクリスを拝む。
「聞こえてなくてもダメなの、寧ろ聞こえてない方がダメなの!最近何処でも彼処でもクリフって呼ばれるの!アンタのせいよ!ロクでもないあだ名思いついたアンタの!」
「疑心暗鬼になってるんだね。可哀想に……」
「同情してるフリすんな!騙されへんからな!元凶アンタだし!」
興奮しているせいか口調がドンドン乱れていく。
「あれ、なんか……ちょっと田舎臭いなまりが聞こえたような……?」
ガレットはわざとらしく小首を傾げる。
「あ!フ、フン!今日の所はこれで勘弁してあげるわ!」
少女は嵐の様にやって来て、ガレットに返り討ちにされて去っていった。
「いつもあんな感じなのか?」
「ええ、ちょっとからかったらすぐ突っかかって来るの。可愛いでしょ。田舎出身を隠したがってるけど、すぐなまりが出るからバレバレ」
ガレットはクリスをやり込めたのが嬉しかったのかニヤニヤ笑う。会う人みんながこいつにやり込められてる気がする。
そんな事もあったが、基本的に平和に探検は進み、昼食となった。
俺達は昼食を摂るために中立都市国家の中でも料理店が集まる区画に来ていた。
ガレットは昔懐かしい雰囲気のラーメン屋やら、焼き鳥屋だのが建ち並ぶ場所を通り過ぎる。
更にちょっと金額がお高めのフレンチやらイタリアンの店も通り過ぎる。
そしてズンズンと突き進み、食事街の一番奥、最高級料理店ばかりが集う場所に辿り着いた。
ガレットは自然な足取りでその一画、蟹料理専門店に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ!」
仲居さん達がキレイにお辞儀してお出迎え。
と、そこで僕はガレットの首根っこを引っ掴んで待ったを掛けた。
「うげぇ!何すんの!」
しまった。ちょっと強く引っ張り過ぎたか。
「何やってんだ、ココ、キンガク、エグイ!あと、ヨヤク!」
場違い感にカタコトになる俺を見て苦笑しながらガレットは、
「大丈夫!予約なら取ってあるし、お金も充分。どうせ滅多に無い休みよ?パーっと使っちゃいましょ?」
その余裕から、なんとなくオチの予想がつく。
「あのー、もしかしてガレットって、すっごく金持ちだったりする?」
「まあね、お父さんがお小遣い、月にこれくらいはくれるから」
お父さんって……ガルドか!あの人そんな金持ちなの?指二本を立てるガレット。
「20,000?」
「あははははっ!一桁足りない!」
庶民か、と笑い転げるガレットに俺は唖然とする。
「何でそんなに!?」
「お父さんは名の知れた将軍だったのよ?今は引退して警備員やってるけど、蓄えはたっぷりあるの」
「だからって……」
呆れ返る僕に対してガレットは、
「それに此処だけの話、私、いっつも模擬戦で腕とか脚、金属化してるでしょ?」
ガレットの異能の多彩さはよく知っている。俺が頷くと、
「その金属、鉄とかだけじゃないの。黄金にもできるってわけ。例えば、そう、髪の毛とか。それを溶かして売ったらどうなると思う?」
「えーっと、ガレットがハゲる」
「ぶっ殺!」
軽く殴られる。腕全体を金属化してのパンチは、加減されていてもまあまあ痛い。
「冗談はともかく。そういうことに使うつもりは、まあ、あんまないけど」
必要とあらばやるのかよ。
「とにかくお金は大丈夫だから、財布の心配なんてせずにとっとと来て!」
襖が開かれ、お洒落な一室に通される。小さな庭と、掛け軸。透さんの部屋と似た感じだ。掘りごたつに座って、既に置かれている料理に手をつける前に一言。
「それが、騎士団員になってから、一度も給料を手渡されてないんだ」
「そ騎士団員は毎月給料出る筈なのに……本当に貰ってないの?」
「そんなもん、俺は……」
と、その時頭の隅を本部の自室に鎮座ましましている小ちゃな金庫がよぎる。
(あれかよ!?)
「あー、うん。分かった。やらかした」
事情を話すと大笑いされたが、誘ったのは私だからと奢られる流れに相成った。
だが高級感と奢りへの戸惑いも躊躇いも、一口蟹を口にした瞬間塵となって消し飛んだ。
(美味い!これまでこんな美味いもの食べたことが無い!)
前菜の小鉢の時点で心奪われ、夢中になってしまう。
酢でキュッと締められた、濃厚な旨味と甘味を持つ蟹の身。ザクッと歯応え天ぷらに、甘味を活かしたお造りと、何でもござれの正に旨味の展覧会。
ちょこんと小さなお椀に盛ってあった蟹味噌は、迂闊に手を出すと単体で主役を張る程の強烈な旨味でもって、食欲のストッパーをガンガン叩き壊してくる。
(濃厚!身が締まってる!肉汁が溢れてもう舌が幸せ!良い出汁でてるとか言うレベルじゃない!)
気づけば奢りのことなど気にする暇無くおかわりしまくっていた。貪る様に次から次へと口に運び、あっという間に完食し、舌の上に残る余韻を楽しんでいた。
「あざっす!もうガレットさんに足向けて寝られませんぜ!」
「オーホッホ、もっと敬うと良いわ!まあ、私が料理した訳じゃないけど……」
その後の会計の額数万を見て、俺は更に縮こまってしまったが。
そんなこんなで、超豪華な昼食を食べ終えご満悦の俺達は、意気揚々と街へ繰り出した。