新たな旅立ち5
広間から出て廊下に入ると近衛兵が等間隔に道を作るように並んで警護を行っている。
そこを少しの間だけ歩いているとイシュアが居た。
彼女の服装は元皇后が着るには似つかわしく無い、あまり装飾の無いが動きやすそうで、まさに旅に出る女魔術師といったいで立ちで、壁にもたれ掛かりながら待っていた。
先日まで皇后だった人物にしては、はしたない行為であるが、イシュアがやると見栄え良く格好良く映る。
シュタナートが来たのがわかったのでイシュアはひょいと体勢を正して、近くまで来ると一緒に並んで歩く。
「イシュア待ったか、最後だから参加すれば良かったのに。君を崇拝するものもいたであろう」
シュタナートと比べると、かなり少数だが、彼以上にイシュアを崇拝しているものもいるのだ。
「やはりそういうことは苦手だし、やる意義も感じんしな、それにもう終わったことだしな。それよりも新しい世界の方のことが楽しみだ」
イシュアは新しい世界に対して強い期待感を抱いているようだ。
「そうか、まあイシュアらしいが。私の方は色々と気掛かりがあるな。既に手を尽くした後なのだが、やはり行く末が気掛かりだ」
「気にするなと言いたいとこだが、自身の子をはじめ、作り上げたものと別れは悲しいものであるようだな」
「私はイシュアと違って、俗物だし、浮世離れもしとらんから未練が捨てれんな」
「まあ、私が変人であることに間違いないことだが……」
イシュアはフッと笑うと言葉を続ける。
「確かにこの世界はそれ程間を置かずに大きな動乱が起きて、シュタナートが苦労して創ったものもが破壊されるだろう。だが火災によって焼け落ちた森も灰を糧に草木が芽生える。破壊は創造の母の様なものだ。シュタナートの創ったものも新しいものを生み出す糧となろう」
イシュアはシュタナートへ力強くそう言った。
「うむ、イシュアの言葉はいつも説得力があり、納得させらえる。おかげで未練も薄らいできたよ。ところでこの世界の最終的な印象はどうであった」
「最終的な印象か。そうだな、正直ぬるい世界であったな」
「何ぬるいだと!?」
「うむ、まあシュタナートとの馴れ初めの件だけは当てはまらんけどな」
「何せイシュアも死んでるから」
「それを除くと、この世界はぬるいな、何か私たちに優しく都合の良い世界、その中で種と卵を出会わせて、成長してから送りだす胎内の様な世界。まるでその為に作り出され存在している様な」
「私にはイシュアの話が理解出来んな、なんせ私の方はほとんど全てにおいて必死だったからな」
「うむ、シュタナートはそれが良い、その必死を通して私も色々と学ぶことが出来た」
「何か釈然としないが、まあイシュアの役に立ったようだから、良いな」
そういった話をしながら二人は長い廊下を歩いて行く。
「ここが異世界転移をするための部屋だな。では着替えるとするか」
部屋の前には衣装や荷物を持った数人の使用人たちが居た。
中には以前顔を合わせた侍従長も居て、彼らは侍従職の幹部たちである。
シュタナートは豪奢で儀礼的で動きにくいローブや見栄えを良くするだけの装飾品を身に着けていて、この恰好では何があるかわからない異世界にはとても行けない。
シュタナートがローブを脱ぐ素振りを見せると、侍従職たちは直ぐに手慣れた動作で、着替えを手伝う。
しばらくするとシュタナートの服装も実用的な旅する魔術師といった格好となる。
そして二人は使用人たちから荷物の入った背負い袋を受け取る。
「皆世話になった」
「はっははーーっ!!!」
シュタナートの労いの言葉を受けて、侍従職と近衛兵たちが最敬礼を行う。
彼らがこの世界での最後に会った者となった。
そして二人は部屋の中に入って行く。
部屋の中の中心には大きな魔法陣が描かれており、そこには尋常では無い魔力が込められていて、きっかけがあれば溢れでそうな感じであることが、イシュアに次ぐ魔術師であるシュタナートにはわかった。
そしてあまりの魔力に恐怖すら覚えて足がすくみそうになった。
魔力だけではなくまだ見ぬ未知への恐怖もあるかもしれない。
「では、行こうか」
「うむ」
シュタナートのその様子を見越したのかイシュアは優しく、安心されるような口調で促されて、シュタナートも魔法陣の中心へと歩みを進める。
「ではこれより転移のための詠唱を開始しようと思う、以前に話した通り万全を期すためにシュタナートの力も借りたい、私の方に手を置いて魔力を流し込む様にしてくれ」
「わかった」
シュタナートはイシュアの肩へ手を置き、そこから魔力が流し込まれるように意識した。
「では、詠唱を開始する。これが始まれば危険なので、もう止められん。準備は良いか? 私たちにとってはこの世界が終わりとなり、新しい世界が始まることとなるが」
シュタナートはイシュアの言葉を聞いて、ゆっくりと目を閉じると、少しの間考えて、再び目を開いた。
「うむ、では行こうか」
シュタナートは優しい笑みを浮かべながら、イシュアにそう告げる。
「では、始めよう。以前に説明した通り、大魔術の詠唱なので、短くは無いが、事前準備は整っているので、そこまでは時間は掛からんよ」
シュタナートの返答を聞くと、イシュアはまるで待ちに待った新しい遊びを始める子供の様な、嬉しさと期待に満ちた表情になったかと思うと、すぐに真剣な表情になるとそう言って堂々たる詠唱を開始する。
するとシュタナートはイシュアの肩に置いた手から魔力が吸い込まれ始めた。
イシュアを見守りながら、シュタナートはこの世界のことを現在から順に振り返りながら色々と思い起こしていく。
統一大戦での苦難や勝利の数々、世界制覇を成し遂げた時の達成感は実に素晴らしかった。
復活した永遠たる係累魔術団で仲間を集めての組織固め、ハウゼンやドラクルが再び部下として加わったのは格別の嬉しさだった。
イシュアとの新婚生活、肉体年齢的に十代半ばという最も性欲旺盛な時でもあったため、それはもう身体を求めたわけだが、十分に応えてくれ、彼女の意外な献身的な面を知った。
子が生まれた時も、なかなか嬉しいもので、彼らの成長もまるで自身のことのように感じたものだ。
イシュアに会いに行くための旅の日々も、色々な経験や新たな発見を得ることが出来て悪くはなかった。
新たに生まれた村での、質素で貧しい暮らしは決して楽では無かったが、その苦労も結果的には良い経験で統一帝国でも基礎である庶民の生活を知ることが出来たし、初めての家族らしい生活や童心に帰って再び子供をやり直すのもは悪くは無かった。
前世での日々も勿論、掛け替えの無いもので、今のシュタナートの基礎はこの時に、出来上がったものと言っていいだろう。
ベイゼル・ハスタール、アルフレッド・ノイマン、カール・クラウディス、サムウェル・ウォルトン、リハルト、フランク・フォーエン親子等今となっては死別してしまっている旧魔術師団の面々のことを思い起こすと、熱いものがこみ上げてくる。
そしてシュタナートはフィーネのことを、ふと彼女の名前の由来を教えて貰ったことを思い出した。
それは何処か場所の言葉で「終わり」という意味とのことらしい。
シュタナートは縁起の悪い由来だなと言ったが、彼女は微笑みながら、私のあなたの最後の女になるのが望みなので、この名は由来も含めて、気に入っていると答えた。
しかしその望みは叶うことは無く、彼女は終わりを迎えてしまった。
だが、その終わりはシュタナートにとっての新たな始まりをもたらしたのだった。
シュタナートは命の恩人でもあるフィーネに対して最大限の感謝の念を捧げる。
すると視線を感じ、イシュアが目配せで魔術の完成が間もなくであることを知らせてくる。
シュタナートは過去に想いを馳せるのを止め、これからくる未知のことへの警戒をすると共に期待感も同時に募らせていく。
そして魔術が完成し、二人は眩い光と共に忽然と消える。
出会いの場のための世界から、より二人の成長を促進させるための上位世界、すなわち天界への旅立ちであった。
この出来事は後に昇天と呼ばれ、中にはアセンション、次元上昇、羽化昇天と呼ぶものもいる。
二人は有頂天、至高天、大羅天などと呼ばれる最上位世界へと至る無限の階段をまだ一段だけであるが、着実に昇ったのであった。
そうして短い期間ではあるが神による直接支配を終えた世界では、間もなく副帝格ら最も強大な力を持つ存在たちが、統一帝国を引き継いだアルバートの元から離脱していく。
副帝格らが持つ極めて強大な軍事力を失い、権威も大きく低下したことから、帝国内、すなわち世界中で内乱が頻発してゆくと、徐々に国土が解体され、帝国からの支配を離れた勢力は新しく国を興してゆき、再び多種多様な価値観を持つ国々がせめぎ合う世界となった。
一見すると単に統一前に戻った様にも見えるが、血縁や関係性が全く無いのにも関わらず唯一の皇帝の後継を名乗るものが出現する等、シュタナートの残した影響は大きく、最も広く使われいる暦の起点は再誕の年であるし、またそれまで最大級の君主でさえ、自国と周辺国のみが”世界”であったが、シュタナートの統一の時代以降は異種族を含めた惑星規模が”世界”であることに意識の拡張がなされて、その影響で多くの種族が含まれた惑星規模の組織の成立がなされる等したのだ。
アルバートを始めとしたシュタナートとイシュアとの間に出来た血族たちはというと時が経つにつれて君主の座からすらも脱落するなど、没落もしたが、世界一の名家と称えながら、命脈を保っている。
シュタナートの起こした統一大戦及び去ったことで引き起こされた戦乱で多数の犠牲者が出たことで彼を邪神の類だと言う声も少なくはないが、帰還を願う宗教は長い期間に渡り広く根強く存在している。




