新婚生活と記念日3
「これとこれを運んで行ってくれ」
厨房でイシュアは女使用人に対して、自らが作った料理をシュタナートが待つ食卓へと運びように指示していた。
「はい、承知致しました」
女使用人はそう返事をしてとても大事そうに料理を運んでいく、イシュアの行った数々の悪事は彼女には知られていないが、イシュアの恐ろしさは多くの生き物に本能的に訴えかける。
女使用人は慎重に持って行き、料理は無事に食卓の上へとたどり着いた。
「おお、これはうまそうだ」
料理は味だけではなく見た目や匂いも重要な要素であるが、運ばれてきた料理はそれもシュタナートには完璧に思えた。
多くは料理は今まで食べたことがある料理だが、中には長い人生経験がある上にかなりの食道楽であったシュタナートにすら見たこともない料理もあり好奇心を誘った。
料理が粗方運ばれるとイシュアが厨房から来て、食卓のシュタナートの向いの席へと着く。
「今回も変わらず良さそうだな」
「まあ、たまにしかせぬことだし、失敗しては元も子もないし、力も入ろう」
楽しみそうな表情のシュタナートの問いに、料理は十分満足の出来らしく、機嫌が良さそうに自信が有り気に答えた。
「料理はこれで出揃ったようだ。出来立てがやはり最良ゆえ、さっさと食すとしよう」
「では、頂くとしよう」
二人は食材となった生命に感謝した後、食器を手に取って、料理を口へと運んだ。
「うむ、相変わらず最高に美味だ、流石はイシュアだ」
実に旨そうな表情をしてそう絶賛した。
「何、以前好評だった物を再び作ったまでで、容易いことだ」
実際、シュタナートが言ったことは誇張では無く、イシュアの料理以外では決して代替えは出来ない物であり、最高の味であった。
人には誰しも味に好みがあるが、好みでは無い料理はいかに他の者に好評でも、美味であるとは思わないが、イシュアの料理がここまでシュタナートに好評なのは彼の味覚を完全把握してそれに合うものを作ったからである。
表情だったり、顔色だったりの目視情報や口づけ等の接触情報からも現在の体調から細やかな味覚の変化すら把握しているのだ。
更には空腹なのが最高の調味料となっている。
「これは食べたことの無い料理だな。まあ、イシュアが作った料理であるから、間違いはないであろうが」
「これもシュタナートの口に合うよう工夫をしたので、気に入るとは思う」
シュタナートは何品かを食した後に余り見かけ無い、食したことのない料理を取り、口へと入れる。
「うまい、このような料理は初めて食べるのだが、これも実にうまい」
新たな発見をした喜びを得ながら、素晴らしい料理を味わう。
新しい素晴らしいものを発見するのは知識欲と知的好奇心の強いシュタナートは勿論そうだが、多くの人々にとっても喜びである。
「食事は単に空腹を満たすことや、心身の維持以外にも文化的に楽しむことが出来る故に前回と同じでは、面白くないしな」
イシュアは自分が色々と思慮して作った料理が、シュタナートに好評だったため、イシュアは上機嫌で答える。
そうして二人は食事を楽しんだのだった。
「うーむ、さすがイシュアだ。今回も素晴らしい食事であった」
料理を平らげ、最後に出された世間では珍しい氷菓を食べなら、非常に満足した表情でイシュアを労う。
「喜んで貰って何よりだ」
イシュアの方も自身が労力を掛けた料理が非常に好評だったので満足そうである。
「折角、このような素晴らしい料理を頂いたのだから、こちらもお返しをしなければな。すまない、例の物を取ってきてくれんか」
シュタナートは女使用に声を掛けて、あらかじめ頼んでいた品物を持ってくるように頼んだ。
「かしこまりました」
女使用人は了承すると、扉を開けて食堂の外へと出て行った。
「贈り物を貰えるのかな? 気を遣わずとも好いと言いたいところだが、やはり嬉しいものだな」
「なかなか、君に喜びそうな物を見つけるのは難しいから、手に入れるのは少しばかり苦労したよ」
他の女であれば宝石であったり装飾品であったり衣類を贈れば喜ぶのだが、イシュアの方はそういう類の物では駄目で、今回の贈り物を探すのもなかなか苦労した。
「お待たせしました」
間も無く、先程の女使用人が品物も持って帰ってきた。
「ありがとう、イシュアの前に置いてくれ」
「かしこまりました」
女使用人はイシュアの席の前に片手では持つには大きめの小奇麗な長方形の木箱、後ろに蝶番が取り付けているので上に開ける開閉式の木箱と変わった本の様な物を置いた。
「ほう、手に取って見てよいか?」
イシュアは興味津々である。
自身が苦難を乗り越えて選んだ夫がつまらない物を贈らないと思っている。
「うむ」
その返答を聞いて、イシュアは期待しながら木箱を蓋を上に開けた。
すると中には鉱物、干した植物や動物の一部分が入っていた。
一見するとガラクタやゴミにしか見えないが……
「これは……、よく手に入ったな」
イシュアは木箱に入っている物を一つ一つをしっかり観察すると、シュタナートへ称賛の声を上げた。
「珍しい物を扱っている商人と縁があってな、この国、この大陸では手に入らない物も仕入れて貰った」
「確かに私も見るのは初めてで、本で知った物ばかりだ」
「その角などは東方の大陸に住む危険で珍しい魔獣のもので……」
シュタナートはイシュアが取り出して手に取った物を商人に聞い通り説明していく。
「ふむふむ」
イシュアはその説明を自分の中にある知識と照らし合わせながら聞いた。
「そしてその本は東方の大陸のハン帝国よりも更に東の国、この国はおろか、アスラトールの他の国全ても未だ接触の無い、未知の国の物だ。当然、この大陸の者は誰も読むことが出来ないがハン帝国の文字と共通する部分もあるということだ。君であったら解読するのも程よい娯楽になるのでは、と思い購入した」
シュタナートの小箱の中に入っている物の説明を全てした後に本、この大陸で見る本とはかなり異なる形の本について説明をした。
「先程の物は魔術や理学の研究、触媒になかなか実用的な物であったが、これも言語を学ぶことが出来る。この本の厚みなら情報量は十分、絵も描かれているので手掛かりになるし、言っていたように文法は違うがハン帝国の文字とも共通点があるから、解読は出来るだろう」
イシュアは本をめくりながら、なかなか興味深そうに言った。
彼女はもっぱら自然科学の分野の研究者であるが、言語の分野の研究もそれなりに興味がある。
「どうやら君に喜んでもらって何よりだ」
「うむ、実に面白い物を貰った」
「ところで少し話は変わるが、我々は十分に体が成長した年齢、大体二十歳ぐらいに魔術でもって老化を止めるが、そうすると副作用で生殖能力が失われる。よって少し早いような気もするが、そろそろ子を作ろうかと思う」
二人は子を作る行為は散々やっていたが、まずは二人きりでの結婚生活を楽しむために避妊する魔術を使用している。
「そうだな、何人かこさえたいが数年しか期間しかない、さっさと作った方が良いとは思う。それに他の人間はおろか、他の生き物ですらやっていることであるが、自分の胎内で生命を生み出すことはなかなか興味をそそる」
イシュアは子をなすことを知的好奇心を満たすための実験をするような口ぶりで言った。
「そ、そうか、君に賛同して貰って嬉しいよ。とは言え運悪く授からなくお互い気にしないにしよう」
とは言えシュタナートは子がどうしても欲しいと思っていない。
単にイシュアの同じく知的好奇心という側面もあり、数年後には生殖能力を失うのが確実なので、折角だから作っておこうという感じである。
シュタナートに自身がイシュアと共に永遠を生きていくことを何と無く理解しており、子を作るのは永遠に存在できないものが、せめて自分の血を受け継いだものを永遠に存在させるようという代替え行為であると思っているのだ。
「シュタナートと私と相性で出来ないことは無いな。二人の身体は常人よりも高い生殖力がある。まあ未来は混沌に満ちている故、不確定なもので絶対はほぼ無いがな」
「勿論、出来るなら喜ばしいことだが」
シュタナートはイシュアの子だから極めて優秀になる予想されるが、しかしあまりに強力な存在が多く生まれることは世界の秩序からみて逸脱してしまいし、律する存在の意向に反するので、案外並みの能力の子かもしれないな、などと思いながら答えた。
とはいずれは二人でとんでもないものを生み出せるような気もした。
「しかし、子をこさえるのは初めてでは無いような気がしたな。いや似たようなことだったかな?
以前に遥かに大事な存在を生み出したような記憶があるな。前世では無いからその前だろうか?」
「前世では無くその前か……」
イシュアの言葉を聞いて不死鳥の頃に卵でも産んだのだろうと思った。
しかし子よりも遙かに大事なものと聞いて、少しばかりの嫉妬をしたのだった。
「大事な存在とは言え、シュタナート程では無いことは決まっていることだ……」
シュタナートの気持ちを察してイシュアは弁解するが、何故か歯切れが悪く、いつもとは違い自信も無さそうなのでシュタナートは余計に微妙な気分になってしまった。
初めの結婚記念日は先程までは非常に良く、途中から少々微妙な雰囲気になったりもしたが、最後の寝室ではしっかり取り戻したのだった。




