表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
56/67

ルシエラ・ハーネットの秘密の場所

 う、ここはどこだ?

 そう思ったケインは朦朧とする頭を何とか働かせて、状況を確認しようとする。

 自分は見慣れない場所の一室にいて、椅子に腰かけている。

 周囲には怪しい標本や薬品、実験器具と思しき物、そして檻があり、中には得体の知れない生き物が入っているようで、不気味な鳴き声を上げ、蠢いていおり、室内は全体的に禍々しい雰囲気である。

 その様子からケインは魔術師の実験室、しかも禁忌の魔術を扱う魔術師の実験室である可能性が高いと判断した。


 不気味で今すぐにでも立ち去りたい場所だが、それには非常に大きな問題点があった。

 それは自分の体が殆ど動かないことであった。

 部屋の中の観察も首がほとんど動かないので、目を動かしただけで、真横や後方は確認出来ていない。


 なんでこんなことになったんだ? 確かルシエラと一緒に帰ろうとして、その後に寄りたい場所があるからと言って、そっちの方へ歩い行ったら、だんだんと眠気がしてきて……


 まさかルシエラの言っていた行きたい場所とはここのことなのか? 体が動かないのも彼女の仕業だろうか?


 ケインはそのようなことを思いながら、なんとか体を動かそうとするが、やはり僅かしか動かず、椅子がガタガタと音を鳴らす程度で立ち上がることすら出来ない。

 仕方なく危険が予見される事ではあるが、声を上げて助けを求めるにする。


「うう、ぐぐ、ああああ」


 何とか声を上げて、助けを求めようとしたが、まともな声にはならなかった。


 そしてその声にならない声に反応してか奥の部屋から人が出て来た。


「やあ、お目覚めかな。かれこれ半日ばかり寝ていたぞ。まあ、概ね計算どうりではあるが」


 不敵な笑みを浮かべ、学院では出さないような危険な雰囲気でルシエラがやって来た。

 その口振りから彼女が自分をこのような状況にした犯人であるとケインは思った。


「うぐ」


「不自由で悪いが体の自由は封じさせて貰った。やかましのは嫌いだから口の方もな。まあ、私はお前の表情を見れば何となく、考えてることはわかるからその点で心配には及ばぬ」


「うう」


「そして、ここに連れてきて、このようにしているのは昨夜も言った通り、色々と教えて貰いたいためだ。お前の体を使って、様々な反応をな。ほれ、これが今まで色々教えてくれた、お前の先輩だ」


 そう言うとルシエラは近くにあった不気味な鳴き声をしていた檻の扉を開ける。

 檻の中にいるのは苦悶の鳴き声を上げ、全身が醜く歪み爛れて痛々しくて、四肢がほとんど無い、知性を感じさせない生き物であった。

 ケインはその生き物を見て、恐怖と嫌悪感と憐れみを感じた。


「元は人であったが、様々な魔術と薬の実験でこの有様だ。まあ手足は色々と実験をして機能が失われて、精神も崩壊してしまっておるので、持ち運び等の取扱いがし易くなるので切断したが。しかし憐れむことはないぞ。この者は様々な悪事を犯した並の処刑ですら生ぬるい悪党だ。面倒ではあったが、わざわざ探して捕えた。それに本当に憐れむべきは貴様のほうだな。まあ、随分と警告したつもりだが」


「う、あぐぐ」


 ルシエラは最後に身震いするような凶悪な視線をケインに投げかけて言った。

 それによりケインは自身もああなることに恐怖し、彼女に自ら近づいてしまったことに後悔した。


 ルシエラは現世において善良な一家で育てられたせいか、前世の時に比べればまだ慈悲があり、全く落ち度が無い人間をただ殺すだけならともかく、苦痛にまみれた人体実験の材料にすることに少々の躊躇を覚える。

 とはいえこの世間の一般的な倫理基準からいえば、彼女が極悪人であることは間違いなく、ケインはその極悪人で非常に危険な人物の気分を害してしまったのだ。

 

「では、早速始めようとするか。数日後には非常に大事な要件があるので時間が立て込んでおる。まあ、しっかりと役に立ってくれたら、感謝の言葉の一つも述べてやるから、安心してくれ」


 そう言うとルシエラは実験器具と思われる物と得体の知れない薬のようなものを取り出し始めた。


 ケインはこの世界で最も不幸な人間の一人に数えられる程に苦痛に満ちた時間が始まったのだ。





「ふむ、ここの臓器は随分痛んでいるな。むっ、ここなど壊死しかかっている。どの薬、どの魔術のせいであろうか? あれだけ短期間で色々したからさすがにどの影響かを特定するのは難しいな」 


 ルシエラは寝台の上で仰向けに載せられ、腹から胸を開かれていてるケインの臓器の様子を調べている。

 臓器を見やすくするために、肋骨は取り除かれていた。


「……」


 ケインはというとその様子を眺めていた。

 痛覚を麻痺される処理のため、痛みはないが、そのために頭は朦朧としていて、体も動かせない。

 この数日間、彼は過酷な人体実験を繰り返し、どんなに泣き叫んでルシエラに頼んでも、苦痛を和らげてくれなかったが、今回ばかりは完全に抑えてくれたのだ。

 

 彼は臓器が丸出しなことを除けば手足も一応まだあるし、先輩に比べればまだ人間の姿をしているが、声を出す能力は失われていた。

 ルシエラが発声の仕組みを知りたかったので、発声器官を除去してみたせいである。


 かなり絶望的な状況であるが、ケインはルシエラが自分の内臓を興味深そうに見ているので少し誇らしい気分もある。

 

「まだまだ、お前に教えて貰いたいものだが、しかし最早時間が無い。残念だがそろそろ仕舞いにしようか」


 他の実験材料たちは処分されていて、先輩も殺処分された。

 ケインに対する生体解剖がルシエラの最後の人体実験であった。


「……」


「なんだ随分と名残惜しそうな顔をしておるな。あれほど殺してくれと泣き叫んで頼んだのに」


「……」


「まあ、そんなに恐れるな、人はいずれは必ず死ぬ、たいしたことをなせぬままにな。しかし、お前は私の役に立った。短い人生であったが、悔いることはない。安心して逝くが良い」


 ルシエラは今までは物を扱うような感じでケインを人体実験の材料としていたが、かなり柔らかい表情に変えて言った。


「では、その前に約束通り、礼を述べるとしようか」


 そう言った後、ルシエラは姿勢を正し、ケインの目をしっかりと見つめだす。


「短い期間であったが、貴様の体を使っての実験は期待以上の成果があった、心から礼を言おう。そして来世での活躍を願おう」


 ケインはルシエラの礼の言葉を聞いて不思議と死の恐怖が無くなって楽な気持になり、これから終えるであろう短い一生が有意義なものであったとさえ思てきた。


 そしてルシエラは小さな刃物を手に取ると剥き出しの内臓にある太い血管に押し当てる。


「では行くぞ、さらばだ」


 そう言うとルシエラは今まで切ってみたくてウズウズしていた血管を切断した。

 すると大量の出血が起きて内臓全体を赤く染め上げ、予想通りであることに彼女は満足感を得るとともに、後始末の手間が増えてしまうなとも思った。


 ケインは痛みは麻痺しているので感じないが、徐々に力が抜けていき、朦朧していた意識は更に朦朧としていく。

 ああ、これから間も無く死ぬのだろうなと、自分を看取ってくれているルシエラの顔を見ながら、あまり実感なく他人事のように思った。

 ケインはルシエラからとんでもない扱いを受けて今現在殺されているが、不思議と彼女を憎む気持ちにはあまりなれず、むしろまだ好意が残っている。

 そんな彼女に役に立って、感謝されることで彼は悪く無い気持ちでだんだんと意識が薄れていき、そして息を引き取ったのであった。


 危険を冒して連れてきたが世辞で無く役に立ったなと、意外と安からな死に顔をした真新しい遺体を見てルシエラはそう思った。

 身近な者をさらうとなると露見する可能性は高く、しかも彼に対して煩わしそうに対応しているのは周知の事実で、疑われる可能性もあった。

 更に魔術学院の生徒なので《過去視》等の魔術を使用した捜索が行われるので、それを妨害する手間も掛かった。

 ケインに対してただ単に苛立っていたのもあるが、そのような労力や危険を冒しても彼をさらって実験材料とする利点がルシエラにはあった。

 それは最近、ルシエラの思い人がこの帝国に距離的に近づいてきて、より詳細な情報を得る事で知ったことではあるが、ケインと思い人の魔力の体質などがかなり似通っており、今回のこの実験成果が以前の魔力を取り戻そうと苦心している思い人の助けが出来そうなことである。


 ルシエラ・ハーネットはもう間もなく再会するであろう思い人のことを考え、まるで本当の少女のように期待を胸を膨らませながら、色々なことを教えてくれたこの秘密の地下実験室の最後の後始末に取り掛かったのだった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ