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ルシエラ・ハーネットの学院生活

 ルシエラ・ハーネットは不思議な存在である。

 彼女は同世代の少年たち並に背が高く、腰にまで達する長い髪も目を引きそうであるが、何故か目立たない存在であった。

 彼女は特に友人も無く、級友やこの魔術学院関係者たちとの会話等と接触は最低限だが、落ち着いた感じで特に問題等は起こさず、成績の方は常は中位で、よく彼女が通う学院の豊富な蔵書数を誇る図書館へ足繁く通っていたのだ。

 そんな彼女に多くの級友たちは興味を示さず、距離を取っているが、例外も居る。

 

「やあルシエラ、今日も図書館かい? そうじゃなかったら一緒に帰らないか? 何だったらどこかに遊びに行こう」


 本日の最後の講義が終わり、すかさずある少年がルシエラの近くに来ると、そう声を掛けた。

 少年は明るく、人懐っこそうで、なかなか魅力的だ。


「何度も言ったはずだ、私に構うなと」


 ルシエラが少女とは思えない迫力の声色と表情でつれない返事をする。

 その迫力に声を掛けた少年本人は多少はシュンとしたもののあまり堪えていないが、周りにいた者たちは怖気ずく。


「ああ、すまない。あまりにルシエラが魅力的だったので、思わず」


 少年は歳のわりに歯の浮く台詞で謝罪する。

 ルシエラは美人でも不美人でもなく、まあこの容姿を好むものも中にはいるだろう、という感じだ。


 彼女は少年をもう一睨みすると、席を立ち教室から出て、学院の図書館へと向かう。


「ケイン、お前も懲りないな。ハーネットさん、怒ってたじゃないか」


「まあ、あれはあれだ。ルシエラは恥ずかしがり屋だから、人前だと照れてしまってああいう態度になってしまうんだよ。二人きりならきっともっと良い感じになるはず」


「どこから、そんな自信が出るんだか。しかしケインは変わった好みだな。別に可愛くないというわけではないけど、怒った時の迫力があり過ぎるだろ」


「でも、私もケインの気持ちわかる。なんか普段は何故かあんまり目に入ってこないけど、よく見ると格好いいよね」


「おいおい、お前は女じゃないか」


 学院性たちの勝手で無分別な会話が教室内で続いた。




 教室を出たルシエラはいつもの学院内の図書館に行き、本棚から大量の本を取りだした後、よく座る席に着いた。

 そして本を読み始める。

 彼女にしてみれば、ゆっくりとした本を読む速度であるが、常人に比べると大分早い。

 ここにある蔵書は大方読み終えて、思い人が来るのを待っている段階なので、普段に比べれば大分ゆっくりの読む速度なのだ。


 ルシエラは本に書いてある情報を寸分違わずに頭の中に記憶したり、整合性からより正しい真理を導き出す事に没頭していると、窓の外が暗くなってくる。

 魔術学院の図書館なので当然、魔術の明かりは灯っているで、本を読むことに支障は無いが、そろそろ閉館の時刻に近づいている。

 図書館に残っている者はまばらで、今日は人が少なかったようだ。

 ルシエラも本を片付けて、図書館から出た。

 するとルシエラは人の気配を感じると、すぐにその人物を認識した。

 教室でやり取りをしていたケインであった。


「やあ、ルシエラ。今終わったのかい? 奇遇だね、一緒に帰らないか? 外は暗くなってるし、女の子が一人で帰るのは物騒だし」


 ケインは教室に居た時より緊張気味に尋ねてくる。


「貴様、どうしてここにいる?」


 ルシエラは厳しい表情で問い返した。


「いや、ちょっと居残って魔術の練習をしていて、ルシエラも図書館から帰る頃かなと思って顔を出した」


 ケインは軽薄そうな言動をするが、なかなか魔術の習得に熱心な少年であった。


「ここに、私に会いに来たことを知る者はいるか?」


 ルシエラは少し考えた後、ケインに質問をした。


 ケインの方は質問の意図が分からず少しキョトンとしたが、人に知られると恥ずかしいのかな、と早合点した。


「いや、誰も知らないよ。途中までは一緒に練習したのも居たけど、最後は一人だった」


「本当にか?」


 ルシエラは厳しい視線で確認する。


「ああ……」


 ケインはその厳しい視線に動揺するものの、目を逸らさずに答える。


 ルシエラはケインの目や表情の動き、呼吸、そして聴覚を集中させて心拍等を注意深く窺う。

 そして様々な情報を統合し、この返答が嘘である確率が低いとルシエラは判断した。


「では、折角なので送って貰おうかな」


 ルシエラは先ほどまでの厳しい表情を一変させ、柔らかく、魅力的な表情でそう言った。

 ケインはルシエラのその表情を見て、他の者には何故かわからないようだが、やはり彼女程の魅力的な者など存在しないということを再認し、彼の胸は高鳴り、気分は高揚したのだった。


「じゃあ、早速帰ろうか」


 ケインは嬉しそうにそう言う。


「しかし、私にはまだ大して時間は掛からぬがやる事がある。学院の裏手の路地に少し前に店を閉めたパン屋があっただろう? そこで待ってくれないか」


「確か、ベイカーパン店だっけ? なんで、あんな場所で? 待ち合わせするにしてももっといい場所があると思うけど」


 ケインの言う通り、そのパン屋の特に時刻は待ち合わせには適さない。

 何故なら人通りが少ないせいで味の評判は悪く無かったものの潰れてしまったのだ。

 特に今の日が暮れてからの時刻は更に人通りが少なくなり、若い女との待ち合わせ場所には尚更、適さないのだ。


「なあ、頼む。誰かに見られた気恥ずかしいのだ。あそこなら少なくも学院の者には目撃されないだろ」


 ケインは普段は自分に対して冷たい対応をしているルシエラが仲良く一緒に帰ることを人に見られることに抵抗があるのだろうと思い、少し引っ掛かりを感じるものの彼女の言葉に納得した。


「わかった。ルシエラの言う通りにしよう。ただし、必ず来てくれよ。あんな場所でいつまでも待たせられたら……」


「ああ、必ずや行こう。約束する」


 ルシエラはケインに優し気ではあるが、はっきりと宣言したので、彼はその言葉を信じることにした。


「じゃあ、先に行って待ってるから、なるべく早く来てくれよ。楽しみに待っているから」


 そう言うとケインは学院の出入り口の方に向かって歩みを進める。


「ああ、私の方もすぐに行く。そして私も楽しみにしている」


 ルシエラはケインを微笑みながら見送り、見えなくなった後に皮肉な笑みを浮かべた。




「うーん、やっぱりこの辺りは人通りは少ないし、暗いな」


 ケインはしばらくの間、潰れたパン屋の前でルシエラを待っていると、不安げな表情で独り言を呟いた。


 確かに日が暮れているが、この帝都ガイゼルは他の場所、例えば学院の表通りなどは、この時刻でも魔術による《照明》の灯り等でもっと明るい。


「あっ」


 そしてケインは暗がりの中、路地を目を凝らして見ているとルシエラの姿を発見した。

 来ることに半信半疑であった彼の顔が綻ぶ。

 しかし気のせいか、暗がりから突然に姿を現したようにも感じたので、一抹の不安も感じた。


「やあ、待たしたな」


「本当に来てくれて、嬉しいよ」


「今までの私のケインに対する態度からすると、そう思う事は無理もない事ではあるが、私は約束を守る」


「では、この辺は暗いし、さっさと行くとしようか」


「帰宅する前に是非、ケインと一緒に行きたい場所があるのだが、来てくれないだろうか?」


「勿論、君の誘いならどこでも行くよ」


「少々辺鄙な所にあるが、私の自慢の場所だ。そこでケインに色々と教えて貰いたい」


 ルシエラの少女とは思えぬ妖艶な表情で言った。


「ああ、是非行こう。なんだか楽しみだな」


 ケインはルシエラの妖艶さと「色々と教えて貰いたい」という台詞に、こんなに好意的になったくれたのは今日が初めてなのにも関わらず、思わず性的なことを想像して、気分が高鳴る。


 そうして二人は歩き出し、夜の街へと消えていった。


ルシエラ・ハーネットの秘密の場所に続く。

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