シュタナートと不死鳥1
不死鳥は自身の棲み処から《千里眼》のような魔術で人間の仲睦まじい一組の老夫婦を眺める。
次いで見る場所を変えて夜間にまで魔術の鍛錬に勤しむ若い一人の魔術師を同じく《千里眼》のような魔術で見る。
ただその魔術は視覚情報しか得られない《千里眼》とは違い、対象の多種多様で詳細な情報を入手することが出来る。
若い魔術師は名はシュタナート・ジオール、華奢ながら長身で銀髪碧眼の美しい男である。
真理の解放魔術師団の首領の一人息子で、類稀なる魔術の才を持っているものの開花はせず、そのことが彼の気分を陰鬱なものにさせていた。
そしてシュタナートが着ているローブにはまだ不死鳥に紋章は描かれはいない。
不死鳥が大いに嫌っている神帝ラーゼン、それに仕えるクルセスの魂を、ラーゼンの要素を数百年の年月をかけて可能な限り削ぎ落して、自身の唯一の眷属として転生させたのがシュタナートである。
その過程の中でシュタナートの持つ能力が充分に発揮出来ないという不具合も発生したのだった。
とはいえ十分に力を発揮したとしても所詮は人としては最高の魔術の能力を有する程度であり、不死鳥が出来ぬ事すら可能とするクルセスの奇跡の力からみれば大したことは無かった。
だが、その大きな力を失ってもシュタナートの本質はクルセスの頃と比べてもそれ程は変化しておらず、そのことは不死鳥を大きく満足させた。
そしてラーゼンの要素を取り除く作業に関する労力は膨大であり、不死鳥は専念するために多くの行動を制限され、大人しくしていなければならなかった。
この星において逸脱した力を持つ不死鳥の行動が制限されたことにより、図らずも調和と秩序が保たれたのであった。
労力をかけて生み出した可愛い眷属の顔を見ながら、苦心する姿も十分堪能したし、自身の力も回復したのでそろそろ良い頃合いか、と思った。
そして不死鳥は棲み処から出て、天空へと飛び出す。
非常に美しい姿だ。
その美しく、神性を感じさせる姿であるが邪悪で凶悪な本性を持ち、帝都での大虐殺を始め数々の殺戮を行ったにも関わらず、人々には魔獣とは呼ばれて嫌われることは意外に少なく、神獣と呼ばれて畏れ敬われることが多い。
かつての三大列強種であったハイエルフも自分達から見れば劣っていて醜い人という種族に対して、奴隷やひどい場合は家畜扱し、些細なことで殺したりしていたが、人からは美しい上に優れていたので憧れ、敬われていたと同じ理由であろう。
天空を舞い始めると、まず不死鳥は用心の為に探知系の魔術を遮断する結界を自身の周囲に展開し、これから行われる予定の要件に邪魔が入らないようにした。
その後、不死鳥はぐんぐんと上昇していき、ついにはほとんどの雲より高い高度へと到達する。
その高さに達すると上昇を止め、ヴェルデの街の方向に音の速さの8割程度の速度まで加速して飛んで行く。
もっと速く飛ぶことも出来るが、負荷が多く発生し、飛行に要する魔力消費の効率が悪くなるので、この速度で飛んでいく。
しばらく水平に飛んだ後、今度は徐々に降下を開始すると同時に自身を含む周囲を《不可視》とした。
そして降下しながら非常に手間の掛かる可愛い眷属に対して呼びかける。
『シュタナートよ、己の魔術の才能を開花させたくはないか?』
「むっ、何奴。突然《通話》の魔術を掛けるとは無礼な」
シュタナートは突然、威厳があるが、どこか懐かしいような声が頭の中に響き、思わず独り言を呟く。
『折角、お前のことを思って声を掛けているのに、つれない奴だ。まあ、突然のことゆえ、致し方ないか』
「私の声が伝わっているのか? 貴様は何者だ?」
シュタナートは自分の呟いた独り言が相手に伝わっていることに驚く。
《通話》はあくまで自分の言葉を伝える魔術であり、相手の言葉を知ることが出来る魔術ではないのだ。
相手の言葉を知るには《盗聴》などの情報を収集する魔術が必要となるが、ここは魔術師団の首領の邸宅であり、情報の収集を防ぐ魔術が施されているので、かなり難しいことである。
シュタナートは容易ならざる相手との接触であることを知る。
『私は聖獣の類だ。たまには人でも助けてやろうと、声を掛けたのだよ。お前は己に眠る魔術の才を開花させたいのだろ?』
不死鳥は聖獣と呼ばれることもあるで、そのことは嘘ではない。
「聖獣だと? 私は善行を行ったわけでも、ましてや善人でも無い。むしろ逆の存在だ。そのような男を助けようとはおかしな話だ。私のような男には邪悪で凶悪な魔獣の類の方が相応しいと思うが」
シュタナートがキリッとした表情で言う。
だがこの頃のシュタナートはまだ一般人に比べてもそう大した悪事などは犯しておらず、それも知る不死鳥には滑稽であり、何とも言えない気持ちになった。
『なに聖獣が善人や善行を行った人間に褒美を授けると言うのはおとぎ話の中だけだ。まあ、私はもうすぐ着くので、庭の開けた場所に出て、待っておれ』
「正体もわからぬ相手に呼び出されて、ホイホイ出ていくはずがなかろう」
『残念ながら、貴様に選択肢は無いのだ』
凄みがある声がシュタナートの頭の中に響いた後、体が突如動かなくなる。
助けを呼ぼうと思い、声を上げようとするが、本人の意思とは違い声を出す事すら出来なかった。
すると今度は自身の両腕が勝手に上がって、両手で首を掴もうとする。
シュタナートは必死に抵抗するも叶わず、両手が首を掴んで、徐々に力が入っていく。
「あっ、ぐっ」
シュタナートはたまらず、苦悶の声を上げる。
しばらくの間、首を絞められて苦しまされる。
不死鳥は苦しむシュタナートを見て、嗜虐心が満たされると同時に、クルセスを痛めつけた以来の心の痛みも感じた。
『どうだ、わかったであろう。だが安心しろ、私はお前を苦しめるために来たのではない。お前の力を開花させに来たのだ。まあ、信じろと言ってもなかなか難しくはあるが』
不死鳥はシュタナートの抵抗する力が強く、遠距離からでしかも複数のことを同時に実行しているとはいえ、結構苦戦させられたことには内心喜んだ。
やはり自分の眷属ならばこのくらいの力は持たなくてはと。
「はぁはぁ、どうやら私には信じるしかなさそうだ。わかった、言う通り庭に出よう」
首絞めから解放されて、しばらく呼吸を整えた後に言う。
だがシュタナートには単なる希望的観測ではなく、相手が嘘を言っていないように思えていた。
『うむ、賢明な判断だ。再度同じようなことを言うようだが、私はお前を悪い様にはしない。焦らず少し休んでから、来るのがいいだろう。その程度の時間は待てる』
恐怖を感じるであろう相手に、感情を抑え、冷静に対処するシュタナートに不死鳥は好感を感じて、彼を気遣う言葉を掛ける。
「いや、もう大丈夫だ。正直、会うのが怖いのが本音であるが、何故かあなたに会ってみたいという気持ちもある」
苦しまされたにも関わらず、ちょっと優しい言葉を掛けられたくらいで、容易く安堵してしまったシュタナートはそう言うと、着ているローブを整え、杖を持って自室を出た。
家を出るために玄関の近くまで進むと、一人の使用人と遭遇する。
「若様、こんな夜分にどうされました?」
使用人は普段と少し様子が違うシュタナートに心配して声を掛ける。
『くれぐれも妙な事はするなよ。これは貴様の為に言っておるのだ』
これもわかるらしく、即警告が飛んでくる。
「いや、《夜目》の魔術を取得したので、実際に外で使えるか確かめようと思ってな」
「そうですか、どうぞお気をつけて」
誤魔化しに納得したのか、使用人は屋敷の奥へと下がっていく。
シュタナートはホッとして、外に出ると言われたとおり、庭の一番開けた場所へと移動した。
来ると言っていたが、どうのようにして来るのかな、と少しばかりその場所で佇んで思案していると、なにやら夜空が少し不自然なように感じた。
そして何が不自然なのかを調べるために夜空に目を凝らしていると、シュタナートのすぐ上に不死鳥が突如として姿を現し、降りてきた。
これは暗いから見えなかったのではなく、不死鳥が展開していた《不可視》が自身を中心とした周囲を見えなくするが、すぐ近くまで寄れば見る事の出来る代物であったからだ。
不死鳥はシュタナートのすぐ近くに優雅に着地すると声を掛ける。
『私が先程まで貴様に語り掛けていた者だ。私も貴様の姿も周囲から見えなくしているし、探知系の魔術も遮断しているから邪魔は入る事はないので、ゆっくりと話をしようか』
シュタナートは突如、至近距離に現れた不死鳥に驚愕し、その美しさと偉容、神々しさ、人とは比較にならぬ魔力に圧倒され、僅かな間放心した。
そして不死鳥の前に片膝をついて、跪いたのであった。




