第15話 待ち伏せ
一家との朝食の後、少々の準備をしてからシュタイン邸を出る。
目的地はイシュアが通っていると思われる魔術学院だ。
他の女であるイシュアに会って、エリザベスの言う事を早速無碍にしてしまうことに、ライルは少しだが罪悪感を覚える。
クラウドも魔術学院に通っているのだが、イシュアが通っている学院とは違うとのことだ。
クラウドの通っている方は特別に才能がある者を育成する課程があり、彼もそこで学んでいる。
対してイシュアの通っている学院は一般的な才能の者だけだという。
その話を聞いた時、ライルはイシュアも自分と同じように前世での魔力を失ったのだと考えた。
ならライルが時折感じていた、《千里眼》の魔術と思える視線も単なる気のせいか、第三者によるものということになる。
《千里眼》は上位魔術に位置し、使用にかなりの魔力を要する。
気のせいなら別に問題は無いが、第三者に《千里眼》を用いて監視されているとすれば、かなり危険なことである。
それなりの距離を歩いた後、目的の魔術学院の前に到着する。
出る前に魔術で確認したが、既にイシュアは学院の中に居るようである。
門近くに居る守衛に中に入れないかを聞いたところ、関係者以外は入れないとの回答だったので、待って出てくる時に声を掛ける事にした。
学院の近くに食堂らしき建物があり、ここであれば出て来た時に問題無く発見出来て、しかも楽に待つことが出来る考え、中へと入っていく。
中に入ってから知ったが、この店はどうやら茶と軽食のみを出す店とのことだ。
人を待つには普通の食堂より適しているだろう。
他の国ではこのような店は無かったが、さすがに巨大な人口を有する都だけあって色々な店があるものだと、ライルは思った。
学院の門を監視しやすい窓際の席があったので、そこに腰を下ろす。
学院は早ければ、昼前にも終わる時もあるとい話を聞いたが、その昼前にもまだだいぶ時間がある。
ライルはイシュアが記憶を失って、自分の事を覚えていないかもしれないし、記憶があったとしても、まだ自分に対して恨みが残っていて、再び殺害してくる可能性があるかもしれないな、とも思っていた。
そんな可能性があるのにわざわざ帝国にまで来るなんて、自分は恥ずかし過ぎて人には言えない程の夢想家であるな、とライルは自嘲した。
席について窓から門を窺っていると、間もなく学院の中から一人の女が出て来た。
昼前までまだだいぶ時間があり、学院が終わるには早すぎる時刻で、他の者は誰も出てきてない。
女は背が高く、ライルと大して変わらない身長で、腰まで掛かる長い黒髪、黒目、魔術学院の生徒らしく杖を持ち、ローブを身に付けていた。
特に美人というわけではなく、何故か地味な印象を受ける。
距離があるのではっきりとはわからないが、特に魔力も高くなさそうである。
そして目が合うと、意味ありげな笑みを返してきた。
その目は強い意志持っているように見える。
ライルはこれでこの女がイシュアであるという事を確信する。
「イシュアー!」
そう呼びかけて急いで店を出る。
店を出るとイシュアはかなり距離のある場所でライルの方を見ていた。
ライルが走って来ると、微笑んでから、イシュアも急いで距離を置こうとする。
「イシュア! 私だシュタナートだ!」
ライルは走りながら思わずそう叫ぶが、イシュアは急ぐのを緩めることはない。
「なんだ兄ちゃん、あの大魔導師と女魔術師になりきってんのか。そんなんじゃ彼女に文字通り逃げられるぜ。それに二人とも死んじまうしな。ひひひ」
中年の男が走っているライルにそう軽口を叩いた。
帝国では戦果を喧伝したため、シュタナートとイシュアのことは案外知られていた。
そしてイシュアは大通りから路地に入っていった。
その様子にライルは路地の中だと見失ってしまうかもしれない、と危惧した。
だがその危惧は杞憂であることが、すぐにわかった。
ライルが路地に入ると、そこからだいぶ距離のある二手に分けれている岐路の手前でイシュアがこちらを見て待っていた。
イシュアはライルが来るとすぐに二手に分かれている岐路の一方に入っていく。
これでライルはイシュアが自分を誘導していることが分かったので、通常の歩く速度で付いて行く。
イシュアは予想通り、距離は取るものの同じ速度で歩き、ライルを誘導して行く。
そして路地を進むたびに次第に薄暗く、人影は少なくなっていった。
ライルはその様子に、仮にイシュアが殺害を実行してくるならこういう場所の方がやりやすいか、とも思った。
ライルが相変わらず距離を取って先を歩いているイシュアの後に続いて路地を曲がるとそこは袋小路であった。
建物の配置と太陽の位置がいい具合に合っているのか、この場所は暗くは無かった。
そしてその先の行き止まりにはイシュアも他の人影もいない。
「イシュアー」
ライルはそう呼びかけながら奥に進み、イシュアがどこかに隠れているのではと思い探す。
「久しいな、シュタナート」
背後から美しい声が掛かる。
その声は間違いなくイシュアのものであった。




