第5話 帰還
ライルはプレマイオス司祭一行と共にカーラムの街で一泊した後、出発し、数日程かけてイスカリア王国の中西部にある王都カリオンへと到達する。
王都はシュタナートであった時代に来た時よりも発展し、賑わいを見せていた。
そしてその近郊までで司祭たちとは違う行き先となる。
「お陰様で色々助かりました。今までありごとうございました。あなた方の健康と更なるご活躍を願っています」
「いや、そちらこそな。魔術師殿の魔術でこちらも色々助かった。まあ救世主様の話を心に響かせなかったのが、残念ではあるが。しかし魔術師殿の顔を見ると何故か救世主様の事を述べたくなるな」
クルセス教において救世主とはクルセス本人を表す呼び名である。
他の一行の者たちも、ライルと別れ惜しみ、労い言葉を言い、これからの無事を願ってくれる。
彼らの旅はそこほど長いものではなかったが、苦手なクルセス教の話をされる以外は様々な面で助けになった。
これほど安全に旅を出来たのも彼らのおかげだし、クルセス教以外の雑談は意外に楽しいものだったし、様々な知識や経験も得ることでき、
「皆さん、ありがとうございました。それではお元気で」
彼らと別れを告げ、新たな道を進んでいく。
プレマイオス司祭一行から教わった旅のための知識、短い間だが得た旅の経験、旅に役立つ魔術のおかげで一人旅でも順調に進んで行く。
そして数日後、ライルにとってとても因縁深い土地である、トリアの街へと到着した。
トリア城に行って、自分が以前死んだ場所を再び見てみたいという思いもあったが、最初に訪れたアスク街と同様にここでも王の代行者である代官の居城となっているので、おいそれと見に行けないの諦めたのだった。
ライルはトリアの街の中を見て回る。
なかなかの賑わいの様である。
魔術師団が統治していた時も、憎まれていたものの、そなれなり賑わっていたが、王都と同じように今のが賑わっているようだ。
ライルはトリアの街を出て、更に西へ進む。
シュタナートが命を落とした時であればトリアはイスカリア王国とヴェルデ共和国との国境の街であったが、今は違う。
イスカリア王国の王の国内支配力強化による国力増大、逆にヴェルデ共和国の巨大な力であった永遠たる係累魔術団との対立とそれに伴う解散や魔術師団に対抗するため長年強権を振るって執政府をまとめ上げていた執政官の退任による混乱等による弱体化で、両国の力関係は大幅に変化した。
そのため、ヴェルデ共和国が魔術師団と共に奪っていた他の領土も奪還しており、イスカリアの領土は更に西がある。
イスカリア王国はかなり横に広く、ライルが生まれた村からはここまででもかなりの距離である。
その西の領土の多くは王の直轄地となり、その領土からもたらされる経済力と軍事力により更に封建領主たちへの優位性と支配力を高めたのだった。
ライルはそのイスカリア王国西部を経て、ヴェルデ共和国内に入国し、ついに故郷ともいうべき地である首都ヴェルデへと到着する。
プレマイオス司祭一行と別れた後は、概ね一人旅でやはり、年若く、旅慣れていない者には苦労することも多かったが、自身の素養とこの旅での成長でここまで来ることが出来た。
首都ヴェルデはイスカリア王都と比べても、人が多く、先進的かつ発展している街であるが、以前と比べるとやや活気が落ちていた。
また魔術師もかなりの数だが、こちらも前と比べるとやや少なくなっていた。
当然、以前は良く見られた不死鳥の紋章が描けれたローブを着た魔術師は少ない。
永遠たる係累魔術師団の不死鳥の紋章ではなく、別の不死鳥の紋章が描かれたローブを着けた者は少しばかりはいる感じである。
ライルは懐かしい気持ちで街の中を移動しながら、魔術師団のことを思い起こす。
シュタナートとの最後の接触の後、魔術師団は団員の生命、不拘束、個人の財産の保証を条件に執政府及び帝国側との和平交渉へと臨んだ。
執政府及び帝国のそれを受け入れる条件は魔術師団の財産の接収と解散、また執政府に危険とみなされた人物のヴェルデから国外追放であった。
ただし国外追放に処された人物は帝国内に移住し、魔術の発展に貢献するのならば十分に厚遇するとのことであった。
大導師をはじめとする魔術師団上層部は、シュタナート亡き後の魔術師団の維持は困難であるとの判断とシュタナートの最後の命令にも違わないとのことからその条件を受諾したのだった。
かくして永遠たる係累魔術師団の幕は降ろされたのであった。
魔術師団の者たちは、元気でくらしているだろうか? 国外追放された者がいるという話は聞いたことはあるし、あれから16年もたっているのから、寿命等で亡くなって者も少なくはないだろう、などを考えながら、ライルはこの街の目的の場所への移動する。
転生した者は以前を良く知った者であれば、わかるという話を聞いたことがあるで、ローブのフードは深く被る。
シュタナート本人であるという事を知られれば、執政府の連中等はただで済ますということは無いであろう。
夕刻前、ライルは目的の場所へと到着した。
住み慣れた街であったが、16年ぶりということと、広い街で、しかも移動する時はほとんどが馬車であったため、意外に道を知らないせいで迷いながらであった。
到着した場所はなかなか広く立派な邸宅であった。
今もここに住んでいればいいが、そう思いながらライルは邸宅の玄関まで移動する。
「ごめんください」
そう言いながら、玄関の扉を叩く。
「はーい、どなたでございましょうか?」
中年の女の使用人が程なく、予定外の客に少し警戒しながら出てきた。
「私は永遠たる係累魔術師団の縁者で、ライル・ウォレスという者です。フォーエン様に重要な要件があって伺いました。是非、ご主人へのお目通りの方、宜しくお願い致します」
ライルは丁寧にお辞儀をしながら、そう伝えた。
「それでは旦那様をお呼びしますので、少々お待ちくださいね」
女使用人はニッコリしながらそう言う。
最初は警戒していたが、ライルの美しい容姿と丁寧な態度にすぐに軟化されたようだ。
「ライル・ウォレス? そんな奴は知らんが」
「まあまあ旦那様、いい子そうだから、是非会って上げてください」
玄関の外で待っていると、そんなやり取りが微かに聞こえてくる。
「私がフランク・フォーエンだが何用かな?」
50過ぎの魔術師と思われる男が出て来てそう言った。
彼はシュタナートの腹心であった家令のリハルト・フォーエン導師長の長男で、良く見知った人物であった。
気の優しい男で、父親に似て忠義者であった。
彼の着るローブには永遠たる係累魔術師団を表す不死鳥の紋章等は描かれていなくなっていた。
ライルは彼が現れると普段装っている好感が持てる少年ではなく、シュタナートの時の様な表情や雰囲気を醸し出した。
「ん、その髪と瞳の色、もしやあの方の隠し子? それともまさか……」
フランクはライルをまじまじと見てシュタナートの面影がある事に気付く。
「やあ、フランクだいぶ久しぶりだな。ここではなんだから中に入れてくれんか?」
ライルは顔を近づけて、とても少年とは思えぬ凄みのある表情と声色で言う。
それは以前のシュタナートを思い起こすものであった。
「は、はい」
フランクが驚愕した表情でそう答えると、二人は邸宅の中へと入っていった。




