第4話 カーラムの街で
クルセス教の聖職者一行との旅はライルの目論見通り、安全なものであった。
危害を加えよとする者は皆無だし、一行の中には手癖の悪い者もいないし、彼らは旅に関する知識や経験も有していた。
隙あらばクルセス教、特にクルセス本人の話をしてくるのはかなりの難点で、彼らも馬鹿ではないので、ライルの心に響いてないのはわかっているのは思うが、それでもしつこく話をしてくる。
しかし彼らのライルに対する扱いは非常に丁重なもので、最も立場が上のプレマイオス司祭ですら、決して下に置かない扱いであった。
ライルはその丁重な扱いを、前世では巨大な組織を率いる首領かつ、通算した年齢はプレマイオス司祭よりも大分上なのでわかる人にはわかるものだろうと、勝手に合点していた。
また一行は旅先おいても、加護の力等を用いて人々を救っていた。
ブレア司祭が言っていた、プレマイオス司祭は庶民を救いたいので司教の地位を固辞している話は誇張ではなさそうである。
救われた者は幾らかの謝礼を支払うが、庶民であるため大した額では無かった。
中には感謝のためにその身を超えるような額を支払おうとした者もいたが、彼らはそれを受け取らなかった。
プレオマイス一行はクルセス教団の中でも特に善良な様である。
クルセス教団は貧しい者からあまり取らず、貴族や金持ちから取る傾向にあるが、貧しい者からも神罰が下る、などと言って容赦無くなけなしの財産を取る者も少なからずいる。
やはり何をするにも先立つ物がなければ何も出来ないので、クルセス教団でもがめつい者はいるし、中には自身の私腹を肥やす者いる。
永遠たる係累魔術師団もクルセス教団に怪我や病の治療を頼むこともあったが、嫌われていることと、資金に余裕があるということを知られていたため、かなりの額を要求され、顔をしかめたものだ。
フィーネの蘇生に提示された成功報酬にいたってはとても並大抵の貴族にすら賄えぬ額であった。
蘇生の加護は難易度が高く使い手が相当限られているので、どうしても高くつく。
結局、蘇生は実行したものの成功はしなかったので、その膨大な報酬は支払われることは無く、ある程度の謝礼を渡すにとどまったが。
そうしてプレマイオス司祭一行と旅をしているとイスカリア王国の中央部付近に位置するカーラムの街へと到着した。
カーラムの街は人口2万を超えるイスカリア王国有数の街で、王都及びヴェルゼへと至る街道の主要地点である。
「クルセス教の聖職者一行ですか。プレマイオス司祭? お名前は聞いたことはあります。あなた方にこんなお願いをするのはどうかと思いますが、本日の夕刻前にファイサル国王陛下一行がいらっしゃる予定です。つきましては騒ぎなどは起こさないようにしてください」
街の入口を守る衛兵はそう言った。
クルセス教の聖職者一行相手ということで、丁寧な口調である。
「ほーう、国王陛下一行とな。わかっております、あなた方の心配に及ぶようなことはしません」
プレマイオス司祭が返答し、一行は街の中へと入る。
「国王陛下とは一行がお越しとは、いい時分に着きましたな。是非、見物したいですな」
「そうだな、せっかくの機会であるしな」
ブレア司祭はそう言うと、プレマイオス司祭が答える。
イスカリア国王ファイサル、彼はライルがシュタナートであったころの因縁深い人物である。
彼はシュタナートの死因の大きな要素ではあったが、ライルは憎いとは思わず、ましてや復讐がしたいという望みも無い。
シュタナートはファイサルのことを気にいっていたが、かなり屈辱的な扱いをした。
なのでファイサルに復讐されるのも致し方ないと思っている。
ファイサルが第一王女に付けた名を耳にした時、何とも未練がましい女々しい奴、奥方に申し訳なくないのかと思ったが、彼のことをより一層気に入ったのだった。
「しかし、国王陛下が来るのは夕刻前と言っておったな。まだ時間はあるから先にこの街の教区長の司教殿のところに挨拶するとしよう」
現在の時刻は昼過ぎ。
「魔術師殿はどうされるかな?」
「私は魔術に関する本を探したいので、その手の店に行こうと思うのですが」
ライルがプレマイオス司祭の質問に答える。
前世で度々使用していた魔術に関してはよく覚えていたので再び使用出来るが、あまり使用していなかった魔術は詠唱方法等を忘れてしまったので、使用出来ないでいる。
そのため本を見て、それらの魔術の詠唱方法を学びなおして使用出来る様にしたい思っていた。
アスクの街など生まれた村周辺では望みの本を手に入れる事は出来なかったが、このような大きな街だったらあるかもしれない、とライルは期待を抱いている。
「そうか、まあまずは司教殿が居られる聖堂まで一緒の行こう。わかりやすい場所なのでその用事が終わった後に落ち合う場所としては悪くないはずだ」
「そうですね、わかりました」
ライルはプレマイオス司祭の言葉に賛同し、一行は司教の居る聖堂へと向かった。
シュタナートが過ごしたヴェルゼの街程ではないにせよ、大きな街だけあって、アスクの街とは比べ物にならぬ賑わいだ。
聖堂はこの街の中心部にあり、よく見られる一般的なクルセス教の宗教施設に比べると巨大で、豪華な建物となっていた。
確かに目立つ建物だし、わかりやすい場所だ。
「うーむ、こんな立派な建物を建てる金があるのなら、もっと多くの人々を救えることも出来るだろうに」
プレマイオス司祭は清貧を良しとする美徳の持ち主だ。
その言葉を聞いたライルはもっともな事だとも思うが、上に立つ物は権威や威厳も大切であり、それを得るために居場所を立派することも、一つの手段としてアリだとも思う。
「魔術師殿は中で少し休んでいかれるか?」
「いえ、早く目当ての本を探したいのと、時間が掛かるかもしれませんので、すぐに行きます」
どうもライルはクルセス教の全般に拒絶感があり、宗教施設自体も同様である。
「そうか、治安が悪い街とは聞いてはおらぬが、まあ気を付けてな」
「はい、では失礼します」
そう言ってその場を立ち去ると、まずは親切そうで、その手に詳しそうな人を探す。
人に聞く以外に目的の場所を探す方法をライルは思いつかない。
何人かに聞くと、この街には魔術関連専門の書店がある事を知り、その場所への行き方を教えてもらった。
そしてしばらく歩いて、目的の店にたどり着く。
この街の大通りから少し入った場所にあった。
店の中に入ると魔術の《照明》が灯っているので、本の文字まで良く見ることが出来る。
魔術の習得するような実用的な本もあれば、魔術に関する雑学であったり、ある魔術師の伝記の本もあったりする。
数人の客がおり、魔術師と思われる者と魔術師ではなさそうな者が半々くらいである。
魔術が使用出来ない者でも魔術の知識を得ようとする者もそれなりには存在している。
ライルはしばらく様々な種類の魔術の本を眺めながら、目的の物を探す。
それなりにニッチな物なので、なかなかこれだという本は見つからないが、久しぶりに多くの魔術の本を目に出来たので、なかなか楽しい気持ちになった。
「若い人、何かをお探しかね?」
かなり年配のローブを着た魔術師と思われる男、おそらく60より上の者がライルに声を掛けてきた。
どうやら男は店主のようだ。
「私は下位の魔術であれば一般的に使い勝手が良く、日常で良く使用する類の魔術はほぼ使うことが出来ます。しかしそれ以外に例えば、普段はあまり使う機会はそれ程使わないが、いざという時には効果を上げられる魔術も使用出来る様になりたいと思い、そういった下位魔術の使用方法が多く載っている本を探しております」
「日常で良く使う魔術のほぼ全てとは、その若さで下位とはいえそれ程多くの魔術を使えるの凄いな。それが本当なら末は伝説の大魔導師も夢ではないが。そういえば確かそのような本もあったような……」
そう店主が返答していると、店の外が何やら騒がしくなってきている。
「どうやらもうすぐ国王陛下一行がお越しの様だ。私が本を探している間、見物でもしてきたらどうかな? この店を出てすぐの大通りを通るらしいよ」
国王一行は夕刻前に到着するとのことだったので、本の探すの夢中で結構な時間が経過したようだ。
店主の言葉にライルはかなりの魅力を感じた。
シュタナートの時から面識ある者をこの時代で見てみたい、しかもイスカリア国王ファイサルは個人的に興味がある人物である。
しかし転生前からよく見知った人物であれば、転生後でも同一人物であるということが、なんとなくわかると聞いたことがあった。
ファイサルにシュタナートの転生した人物と認識されれば、おそらく捕縛されて殺されるだろう。
今のライルにはそうなったら防ぐすべは無いのだ。
「すぐに行かないと、人込みで見物出来なくなるよ」
その店主の言葉でライルは見物に行くことにした。
そもそも王が見物人を一人一人確認することなどありえないし、人込みに混じればなおさらだと思ったからだ。
「すいません、それではお言葉に甘えて」
ライルは店主に頭を下げた後、店の外へ出て、大通りへと行く。
大通りではかなりの人々が出ていたが、国王一行が通るであろう中央部は兵士や役人が充分な広さを確保している。
ライルはローブのフードを深くかぶりながらなるべく目立たなく、人込みに紛れる場所へと移動する。
そうしていると街の入口の方向から歓声が上がり始めると、大通りには護衛の騎士たちが姿を現し出す。
実用的な護衛の能力は有しているものの、見栄えを重視した装いである。
騎士以外の騎乗した者もおり、中には騎乗した魔術師もいた。
100あまりの騎乗した一団の後に複数の馬車が続く。
馬車の車列の中央付近には一際巨大で豪華な馬車があった。
明らかに国王ファイサルが乗っているだろう馬車だ。
その馬車には極めて貴重な、僅かな熟練のドワーフ職人等しか作りえない大きな一枚板の完全に透明なガラスが窓にはめられていて、馬車全体には強力な防御魔術が掛けられている。
その馬車が近づくにつれ、民衆の歓声が多くなり、敬愛の言葉が掛けられる。
シュタナートであった頃ではあまり考えられないことであった。
ファイサルは事実上、魔術師団に屈した先王の件や自らもその魔術師団に我が物顔の振る舞いを止められなかったことから、直轄領の民衆には頼りにならない王と思われ、侮られていた。
またこのカーラムの街の様に封建領主が治める領土の民衆においては、あくまで直接の主人は領主であり、王はかなり遠い存在で、ほぼ無関心な存在であった。
だがファイサル王は苦難に耐えながらも、シュタナートを見事に討ったことで評価は一変する。
王の直轄地で英雄の様に尊敬されるのは勿論のこと、この街様に封建領主支配地においても影響力が著しく増大し、民衆の多くから敬愛されるに至ったのだ。
ライルは場所の窓ガラスごしに手を挙げて応えている王の様子を注意深く見る。
胎内にいた期間もあるので、およそ16年ぶりになるのでだいぶ老けたが、元気でそうで幸せそうである。
その様子に自分の命を奪った主導者であるが、何故か安堵の感情を覚えた。
馬車の中には、シュタナートが討たれた後にしばらくしてから結婚した王妃とその間に生まれた王女が同乗しているの確認できた。
ライルは王が乗った馬車を十分見送った後、店の中へと戻る。
「あら、どうされました陛下」
馬車の中の王妃がファイサルが一瞬考えるような表情になったことに気が付き、声掛ける。
「ふむ、君はよく気付くな。いやなに何故かある男のことを思い出した。憎い敵であったが師でもあった男だ。まあ今更なことだが」
「あら、そうでしたか、少し不思議なことですね。あっ、エレイア、王女なんだから、もう少し上品な振る舞いなさい」
王妃は自分によく似た容姿の王女が、あまりにも元気に民衆に向けて手を振っていたので、軽くたしなめた。
「はーい、わかりました」
王女は少し不満げな表情で返事すると、まだ元気な感じではあるが、少し大人しい手の振り方に変えたのだった。
「おう、どうだったかね。国王陛下一行は?」
店の中に戻ると店主がカウンター越しから、ライルに声を掛けた。
カウンターの上には一冊の分厚い本が置かれていた。
「お陰様でなかなか良いものを見れました」
「それは良かった。ところで探してた本だが、これとかはどうかな?」
店主はカウンターの上に置いてあった一冊の本を手渡してきた。
題名は「有事に役立つあまり知られていない魔術一覧とその使用方法 下位魔術編」となっていた。
ライルは本をめくって、内容を調べる。
詠唱などの使用方法も細かく記載されており、求めているものとかなり一致している内容であった。
「これはいいですね。是非購入させてください」
「おお気に入ってくれたか。探した甲斐があった」
その後、ライルは丁寧にお礼をいった上、一礼をして店を後にした。
店主も笑顔で見送った。
ファイサルの現在の様子も見れた上に、目的の物も手に入ったので、ライルは意気揚々とプレマイオス一行との約束の場所である聖堂へと戻っていったのだった。




