聖者と不死鳥2
クルセスを取り巻く一団は彼の信奉者であり、この大混乱に乗じて、救出を行ったのであった。
不死鳥もこの救出の動きは把握しており、大混乱に陥れ、処刑場を警護する兵を攻撃することによりこの行動を支援した。
不死鳥のこの帝都での殺戮はクルセスを救出させるのも目的の一つであった。
そして思惑通りに自分の元へと訪れたクルセスを見て、不死鳥は目を細める。
彼ならばこの殺戮を終わらせるために自分の元へと訪れるだろうと思っていたからだ。
クルセスが自分の元へ足を運んだことに、不死鳥は予想以上の満足感を覚える。
「不死鳥よ、偉大なる不死鳥よ。あなたの怒りも分かるが、多くの住民に罪はない。その無慈悲な殺戮劇を辞めてはもらえぬだろうか?」
クルセスは重傷を負っているにもかかわらず、威厳のある、周囲に響き渡るような大きな声で堂々と呼びかける。
クルセスは奇跡を使って怪我を治すことは他の者とは比較にならない程に長けているが、どうやら自分のは治せないようである。
その呼びかけを聞いただけで不死鳥は高ぶっていた破壊欲求が減退していく。
不死鳥はこれは期待以上の男だ、上空から見下ろして相手をするの不適切かと思い、クルセス一行が居る広い大通りの目の前に着地する。
人々はその行動に驚き、そして不死鳥を地上に降ろしたクルセスに尊敬が集まる。
真近で見ると不死鳥は胴体だけでも大人の人間程もあり、広げた翼はゆうに10人がゆったりと並んで歩ける大通りいっぱいにもなり、そしてその体には皇帝が射た矢がまだ突き刺さったままであった。
当のクルセスは身近で不死鳥を目の当たりにして思わず、「美しい」とつぶやいた。
そのつぶやきを聞いた不死鳥は、本来は人ごときに評価されるのはむしろ不愉快なのだが、今回は全く逆の感情が湧いたのだった。
『まだ私の怒りは収まってはおらぬ。この程度の犠牲でまだ足りぬ。だが貴様達があの愚かで無礼な皇帝から虐げられている事は存じておる。よって貴様ら一行だけは助けてやろう。私の気の変わらぬうちにこの都からさっさと出ていくが良い。ついでにお前の傷も治してやろう』
不死鳥は体に刺さった矢を嘴を使って引き抜くと、《通話》に似た魔術を使って周囲に語りかける。
更に不死鳥が再び、精神を集中させると、たちまちクルセスの傷が癒えていく。
魔術による癒しだ。
魔術は傷や病気を治したりすることは、得意ではなく加護によるものの方が圧倒的に優位であり、魔術でこれ程の傷をここまで短時間で癒すことは不死鳥以外にはこの星には存在しない。
不死鳥の予期せぬ救いの言葉とクルセスの傷を癒したことで、それまで恐怖におののいていたクルセスの信奉者たちは喜びの声と安堵の表情を浮かべだしていたが、クルセス本人は厳しい表情を解いていない。
「まずは私の傷を癒して頂いたことに感謝したします」
そう言うとクルセスは丁重に不死鳥に向かって頭を下げる。
「しかし……」
そう言うと、クルセスは厳しい表情を不死鳥に向けなおす。
「やはり、これ以上の罪無い人々の血が流れることは許容は出来ません。どうか、何卒この殺戮を即刻おやめください」
不死鳥が概ね予想していた答えが返ってきた。
『折角の私の温情を無にするきか! それにこの帝都の住民は貴様が心を砕いて尽くしたにもかかわらず、行動を起こした者はそこにいる者だけだ。他の者ことなど気にせずにさっさと去るが良い!』
不死鳥は激昂したのを装って言った。
たちまちクルセスの信奉者たちは恐怖におののくが、クルセス本人は比較的冷静だ。
「ほとんどの人は弱きものです。力のある者に抗っては生きていけません。私の出来る者なら如何様な事でも、どうかこの帝都の他の者にも何卒慈悲をおかけください」
クルセスは跪いて、更に頭を下げる。
『ほうそうか、それでは貴様がこれから殺される予定の者の死を引き受けるのはどうか? 我が魔術で疑似的に死の苦痛を与える。堪え切れた数だけの人数を助けよう。そしてこれを引き受けたらどのような様な結果でも貴様の命は貰おう。まあどちらの場合でも貴様の連れの命は助けてやろう。まあさっさとこの都から出ていくのがどう考えても得だが』
「ふむ、こちらのことか」
クルセスが小さく独り言を呟く。
実はクルセスは近いうちに強き者に自身の命を差し出せば多くの人を救う事象が発生がする、という趣旨の預言を受けていた。
そのため、回避することは難しくない皇帝による処刑も甘んじて受けていたのだ。
そしてクルセスは言葉を続ける。
「私の願いを聞き入れてくれて感謝したします、そしてわが友たちの事も。では、どうぞこの命を差し出しますので、是非お願いします」
『くく、貴様は何の得もなく、非常に苦痛を味わうだけなのに嬉しそうな顔するな。疑似的な死とはいえ、相当な苦痛だ。心弱き者はたった一度でも発狂してしまう可能性すらある。貴様は聖者と呼ばれいるようだが、百も耐えれれば、その呼び名に恥じぬものだ』
不死鳥もクルセスの返答に非常に喜んだ、なぜならこの大殺戮自体がこの状況に追い込むことを最大の目的であったからだ。
クルセスに明確かつ強固な意志があるだけに、実にうまくこの状況に追い込むことが出来たと不死鳥は思った。
「ほう、それは挑戦し甲斐がありますな。そちらの準備が出来次第、お願いします。少しでも早く救いたいので」
クルセスは少し興味深そうに言った。
別に被虐趣味があるわけではないし、実は狂信的な信仰心とも少し違った。
困難に打ち勝ち、多くの者を救うことに大きな意義を感じていた。
そしてそれにそれにより神に近づくことを求めていた。
『では希望どうりさっさとやるとしようか。28728人うち何人を、いや27982人のうち何人を救えるかな。これから貴様に死を模した幻術を掛ける。抵抗はせずに受け入れよ』
不死鳥は生き残りの内、重症を負って助からない者などを除いた人数を算出した人数を伝えた。
「わかりまし……、ぐぅぅ!」
クルセスが言い終えぬうち、強力な《光の矢》を撃ち抜かれたと、思うと、途端に激痛に襲われ、たまらず倒れこむ。
『どうだ、幻術とはいえなかなかの苦痛であろう? 少し休むか?』
不死鳥の幻術は先ほど実際に使用した《光の矢》の効果の情報をを元に作り出していて、幻術なので当然、傷はないものの、死に至る苦痛はかなり正確に再現している。
「な、何をおっしゃる。どんどん続いてくださ……、ぐぁぁ!」
倒れこんだクルセスは起き上がり、そう言うと、今度は《火球》に焼かれたと思うと、再び倒れて身もだえる。
『まあ休みたくなったら、そのまま寝ていればよい』
「わ、わかりました。ぐぁぁ」
そう言うと、クルセスはまたすぐに立ち上がる。
そして今度はまた別に《電撃》を模した幻術に襲われる。
クルセスは何度も何度も死を模した幻術に襲われては苦しみでは倒れこみ、そして同じ回数だけ立ち上がった。
その回数が百を数える頃には少しずつ弱っていくのが周囲の者にもわかった。
当然、クルセスの信奉者たちは必死になって止めるが、クルセスは聞き入れずに続行する。
誰もが千は超えられぬと思っていたが、クルセスの力が成せるものか、実際に千を超えた時には逆に壮健にすら見えるようになっていた。
衰弱死しては誰もが困るので、水分や軽食を取るためなどの僅かな小休憩を挟みながら、回数を重ねていく。
クルセスは偽死の幻術を受けてもすぐに立ち上がることを辞めないので、一回ごとの間隔は片手の指の数を数える程度の時間ではあったが、何しろ数が多い。
万の回数を数える頃には丸一昼夜がとうに経過した。
当然、受ける方は筆舌しがたい辛さであるが、見守るだけの者ですら決して楽では無く、そして幻術を掛ける不死鳥にとってもかなりの負担であった。
不死鳥は傷や魔力は自動的に再生するものの、心身の疲労の方はそうもいかず、睡眠も必要である。
また、気に入っている者に筆舌しがたい苦痛を与えるというのは不死鳥にとって意外に精神的に辛いものであった。
しかしこの行為によりクルセスが不死鳥が予想どうり、いや予想を超える強い意志と精神力を持っているのを確信できたのは喜ばしい事であった。
これならば自身の眷属、しかもおそらくは唯一の眷属にすることに十二分に相応しいだろうと思った。
そして永遠ともいえる時間であろうとも、共に歩んでいくことも不可能では無いかもしれぬと。
これ程の労力を使った甲斐があったということだ。
だが、実際にクルセスを眷属に加えるのは不死鳥には無視できない、大きな問題があった。
クルセスはその奇跡を多大に行使できることからもわかるとおり、創造の神帝ラーゼンに非常に近く、申し子というべき存在であった。
そして神帝ラーゼンは何故か不死鳥が最も受け付けない存在であるため、眷属にするとなるとその要素を除去しなくてはならない。
眷属になってもラーゼンが第一では全くもって面白くないのだ。
気に入らいな存在から奪って、自分のものとする行為も不死鳥にとっては魅惑的である。
しかしクルセスからラーゼンの要素を取り除くのは彼が極めて強固な意志と精神力を持つが故に不死鳥の力を以てしても困難であり、膨大な魔力とかなりの時間を要し、そのためには長大な時間を生きてきた不死鳥にとっても決して短くない期間の間、かなり力を失うことなるだろう。
事前にも予測していたことだが、クルセスと直接対面し、より詳細な情報を得たことにより確証を得る事が出来た。
自身の力や知識を増大させることに強い欲求を持つ不死鳥には大きな代償である。
このことで力を失い、再び最大の力を振るうのが困難になることを予測していたので、貴重な《隕石落とし》を含む多種の攻撃魔術の実験も行ったのであった。
だが万の年数を生きてきた不死鳥が特別な興味を持たせた唯一の存在である。
困難も永遠の存在であり、無限の成長力を持つ不死鳥にとって、いずれは乗り越えれるものであり、また成長するための糧でもある。
不死鳥はクルセスが苦痛に耐えて立ち上がるたびに、大きな代償を支払おうとも眷属にする決意を深めていくのであった。
聖者と不死鳥3へと続く




