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第22話 決断

「おや、お目覚めかな? 丸半日は余裕で寝ていたぞ。まあ昨日はお愉しみでお疲れだったからな」


 イシュアは楽し気に話しかけてくる。

 それを見てシュタナートの怒りがこみ上げて殺意丸出しの表情となり、仕込み杖の刃を抜いて、イシュアのところにまで詰め寄る。

 イシュアは逃げることや身構えることなく、ただ楽しそうな表情で佇んでいる。

 シュタナートは仕込み杖の刃をイシュアの首の当たる寸前のところで止める。


「どういうことか説明してもらおうか」


 脅しでは無く、本当に殺しそうな勢いだ。


「そうだな、どこから説明しようか。しかし貴様は色々なところから命を狙われておるな。私やヴェルデ共和国執政府だけではなく、イスカリア王国、ガゼリア帝国、深淵の理魔術師団、他にも命を狙っている諸勢力は多い」


 シュタナートの強大な魔術師としての力、指導者として組織を強力にまとめ上げる資質、苛烈で冷酷な手段を躊躇なく行う攻撃性と絶え間ない拡大拡張主義、また老衰で死なないので、新たな指導者に交代することも無い。

 どれも近隣の勢力にとっては厄介で、シュタナートを亡き者に出来れば、魔術師団の危険性は一気に低下する可能性は高い。


「それらの勢力と繋がっていたのか?」


「私が直接繋がっていたのはイスカリア王国だけだ。しかし私の望みを実行の邪魔にならのぬように今回の件に関する情報収集はしていた」


 イシュアは首のところに刃が無いかのように平然と答える。


「望み? 私の命か? ああ命だけでは無く、苦しみながら殺すのだったな」


「まあ、それもそうだが。ところで体の調子はどうだ? それ程副作用はなかろう」


「魔力を封じたのもやはり貴様の仕業か?」


「ああ、短期間で調合した薬なので苦労した。体に仕込んだ睡眠薬も合わせて自分の体で実験したので、おかげで寝込むはめになってしまった」


 刃がイシュアが首に当たり、出血するが気に止める様子もない。

 どうやら防御魔術は展開していないようだ。

 彼女なら強力な防御魔術を展開してシュタナートの攻撃手段を封じ、あざ笑う事も可能であるはずだ。


「それはご苦労な事だな。ここの城の部下達はどうした?」


「イスカリア勢に囚われている。ファイサル陛下は表には出さなかったが、たいした理由もなく最も愛しい人を残虐に殺したのだから私に負けない程に貴様に憎しみを抱いていた。しかし寛大な方だ。どっかの誰かのように皆殺しにはしまい」


 それを聞いてシュタナートは少しは安心する。


「しかし何故お前はここにいる。私を笑うためだけか? そのために殺されるはめになるが」


 イシュアはシュタナートを殺すだけではなく、他の意図もあるようにも感じられる。


「さあ、どうだかな。しかし他の魔術師団の者に連絡をとらんでいいのか? もうそろそろイスカリア勢がこの城内に突入してきて、お前を苦痛に満ちた方法で処刑した後に、ヴェルデの街でも魔術師団に対する攻撃が開始されるだろう。それには帝国軍の最精鋭の第一近衛軍も合流して加わるらしい。仮にお前がいても容易い相手ではない。魔術師団が確実に負けるとは言わないが、かなりの損害を出す戦いにはなるだろう」


「何を言っている、帝国の到着はまだ先のはずだ」


「帝国の秘匿魔術もなかなかだったが、深淵の理の連中の働きも少数ながらかなりのだった。彼らの妨害により第一近衛軍の動きが完全に秘匿されたようだな。貴様らが把握していたのはおとりの方だ」


「なんだと」


 イシュアの言っていることに妙な説得力のある、どうやらこけおどしではなさそうな雰囲気だ。


「私の言う事を確かめるためにも本拠と連絡がとりたくなはないか? お前は魔術を封じられているが、目の前に使い手はいる。私は《通話》の魔術に長けている。なにしろ長年お前たちに気付かれずにイスカリアと連絡を取っていたのでな。さてどうする?」


 魔術師団の内部では情報漏洩を防ぐため、《通話》の探知が行われていて、それを長年掻い潜るのはかなりの難易度だろう。


 これがあるから、イシュアは自身の命が危ういのにわざわざ一人できたのだろうか?


「イシュア頼む。連絡を取らしてくれ」


 せめて魔術師団の危機だけでも救いたい、シュタナートはそう思い、握っていた仕込み杖を投げ捨てて、苦渋の思いでイシュアに頭を下げる。


「よし、わかった」


 意外なほどあっさり了承された。


「しかし、ただの《通話》ではいちいちシュタナートが言ったことを伝える面倒だ。《支援通話》を行うからシュタナートが直接喋れ」


「《支援通話》だと? 確かにそちらの方が話は早いが、これこそが色々面倒だろ」


 《支援通話》は話したい情報を送りたい者が別の術者の手によって情報を送ることが出来る魔術である。

 一見便利そうな魔術だが、《通話》に比べて難易度が高く、魔力の消費も激しい上、両者の相性がかなり良くないと使用出来ないので、それ程多くは使われていない。


「構わぬ。では、さっそく同調させるか。では手首を出せ」


 そう言うと、イシュアは懐からシュタナートが贈った短刀を取り出す。

 シュタナートは手首を差し出すと、その手首を短刀で切り裂く。


「ぐっ」


 かなり血が出て、そこへイシュアが口を当てて、血を体内に入れた後、傷口をイシュアが持っていた手巾で縛って手当てする。

 これから死に追いやる者への手当とは思えぬ程、優しく丁寧であった。

 手当が終わるとイシュアも自分の手首を切り、シュタナートの口の近くに差し出す。


「どうした? 吸え」


「ああ」


 シュタナートはイシュアの手首から流れて出ている血を口に入れる。

 美味であった。

 シュタナートも自身の血を口に入れたことはあるが、こんなにもうまくなかった。

 シュタナートがある程度、血を吸った後、自身の傷を手当するが、こちらはぞんざいな感じであった。


 そしてイシュアは魔術を詠唱する。

 この血でもって、二人を同調させるのだ。


「ふむ、どうやらうまくいったようだな。相性はやはりいい様だな。で、誰に掛けるのだ? やはりベイゼルあたりか」


 イシュアは少し嬉しそうに言った。


「出来れば導師長のリヒターで頼みたいが。彼なら表の連中が妨害してきたとしても、突破できる可能性が高い」


 リヒターは情報伝達部門の責任者で《通話》に関して右に出る者はいなかったが、ひょっとしたらイシュアの方が上かもしれない。


「ああ、私に出し抜かれた奴か。それでは奴に掛けるとするか」


 リヒターは組織内の《通話》を監視する責任者でもある。

 イスカリア王国との連絡を察知出来なかったのはイシュアが上手なのであろう。


「その前に一つ聞きたい。イシュアがこの場で私の死を望むことは、どうしても覆らないのだな?」


 イシュアが死を望んでいるとは思えぬ程、友好的だったのでシュタナートは聞いてみる。

 魔術師団やフィーネのためにもなんとか生存したいという強い思いがある。


「ああ、覆らぬ。それは絶対だ」


 イシュアは非常に強固な意志が滲む表情で答えた。

 これを覆す事はこの世の法則を変える方が容易いと思えるほどの。


 この拒絶によりシュタナートは自らの死を悟った。


「すまない、みっともないことを言って」


「かまわぬ、生に執着せぬ生き物の方が欠陥品だと私は思う。それにシュタナートには背負っている者があるだろう。では始めようか」


 イシュアが手を差し出してくる。

 シュタナートはその手をしっかり握る。

 そしてイシュアが詠唱を行い、《支援通話》の魔術は実行する。

 シュタナートは自らが《通話》の魔術を使っているような感覚となる。

 イシュアの方を見ると、彼女が頷く。


『リヒター導師長か? シュタナートだが』


『総大導師ですか? 少し、以前に《通話》を行った時と少し感覚が違いますが』 


 リヒターは《通話》に精通しているので、微妙な違いがわかるようだ。


『今は魔術を封じられ、イシュアの《支援通話》で行っている。『不死鳥は永遠なり、死しても必ずや復活する』どうだわかってくれたか?』


 いざという時のために決めておいた合言葉をシュタナートは伝えた。 



『お待たせしました。念のため、《千里眼》の魔術を使用して確認しておりました。妨害がかなり激しく、手間取っていましたが、トリア城内で総大導師とイシュア導師捕と一緒にいることをが確認できました。あなたを総大導師として認識します』


 結構な時間待ってから、リヒターからの返事がくる。


『しかし、そちらの方がかなり厳しい状況ですな。しかし総大導師あっての魔術師団、何としてもお救いいたします』


『本拠、および魔術師団の方の状況はどうだ?』


『はっ、今朝方に帝国の艦隊が突如ヴェルゼの港にに現れてました。どうやら我々の把握していた方の艦隊はおとりのようでした。現在は上陸が終わり、魔術師団への攻撃の準備をしているようです。攻撃が開始されたら、その間はこちらが防御を固め、総大導師の救出に全力をかけて、救出が成功してから打って出るという方向に意見がまとっております』


『私を救う具体的な手立てはあるか?』


 それを言った時、イシュアは牽制するような表情を向けてくる。


『そ、それは……、しかし何としてもお救いしますので、お待ちください』


「イシュア、私に残された時間はどのくらいだ?」


「それ程は残されてはおらぬ。貴様を陥れた功で特別に陛下に頼んで時間を貰っているが、それも長くはない。しばらくするとイスカリア勢が城内に殺到してお前を過酷な方法で処刑するために捕えにくるだろう。そして二度と復活出来ぬように死体は焼かれ、灰にされるだろう」


 イシュアは一旦、《支援通話》のための精神集中を切り、答える。


 その返答を聞いて、シュタナートは考え込む。

 ここから生きて帰る事は不可能だろう。

 自分が殺された後に魔術師団への攻撃が開始されれば、最悪だ。

 イスカリア勢は魔術を用いて、シュタナートを殺した証拠を送り付ける事も可能である。

 そうなれば、敵は勢いづき、魔術師団は大きな精神的支柱を失ったことにに士気が激減するだろうし、

 魔術師団と与するように内応を取り付けていた勢力も中立ないし、下手をしたら敵に回って、勝利は厳しくなり、仮に勝利しても損害は大きなものとなるだろう。

 なんとしてもそれは阻止したい。


 シュタナートはしばらく考え抜いて、ある結論に達する。


「イシュア、それでは再び頼む」


 再び《支援通話》のための詠唱を終えていたイシュアは頷く。


『リヒター導師長、これから言う命令は絶対だ。心してベイゼルら上層部に伝えて欲しい』


『はっ、心得ました』


『では、永遠たる係累魔術師団首領のシュタナート・ジオルールが命じる。全ての魔術師団員の生命が少しでも助かるように動いてくれ、そのためには執政府側への降伏も含む、あらゆる手段を許可する』


『しかし、それでは……』


『私はどうしても助からない、そして私が死亡した報をもって、攻撃が開始されたら、被害は甚大なものとなるだろう。頼むわかってくれ』


『わかりました……』


『それと私の財産は魔術師団で自由に使って構わない。しかし私の最も大切なものはリハルトに頼むと伝えてくれ』


『はい、必ずやお伝えします』


『君らの無事と幸せを心より願っている。そして色々巻き込んでしまって済まなかった。それではさらば』


『総大導師、今まで色々ありがとうございました。万が一にでもいずれ戻ってくることを願っています』



「ふう」


 シュタナートは少しすっきりした顔になっていた。


「終わったか?」


 イシュアは一仕事終えた男を労う表情で尋ねた。


「そうだな、終わった。それでは君との件のけりをつけるか」


 シュタナートは優しい表情で言った。



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