第19話 特別な場所で
イシュアとの関係が良くなるにつれて、魔術師団周辺は不穏になっていった。
先日の示威行動も執政府を屈服されるには至らなかった。
執政府は戦争の準備を着々と整ているようだ。
それに呼応してかガゼリア帝国の最精鋭である第一近衛軍を乗せた艦隊が出港しているとの情報があった。
深淵の理魔術師団の魔術師たちの出入りも頻繁に確認されている。
とはいえ、帝国とは遠く離れているので、到着するのにまだまだ時間は掛かるし、そこまでの大艦隊でも無いとのことらしい。
深淵の理魔術師団に至っては10人にも満たない数ということだ。
しかも先日の示威行動で執政府側の一部が動揺しており、内応を取り付けることに成功し、中立勢力も魔術師団の方に傾ている。
対して魔術師団側はシュタナートの元によくまとまっており、戦いを行うなら勝利は濃厚なものだろう。
だがシュタナートも含めて戦火を交えて、この街に損害を出したくないという思いもあるので、粘り強く執政府に支配下に入るように交渉はしている。
シュタナートは自宅の居間を通りかかると、イシュアが長椅子に腰かけて本を読んでいた。
「どうだイシュア、体は良くなったか?」
ここ最近、イシュアにしては非常に稀なことではあるが、かなり体調が悪く、寝床から起きてこれない日あったが、どうやら回復したようだ。
「ああ、お陰で万全だな。何でも出来るぞ」
イシュアは本を閉め、微笑みかけながら返事をする。
シュタナートは長椅子のイシュアの隣に腰かけると良い匂いがしてくる。
以前から良い匂いであったが、気のせいかより魅了的で誘惑するような匂いに感じ取れる。
「そうか、それは良かった。では夜に私の部屋に来てくれることも出来るか?」
この言葉がどういう意味をもっているのか、賢いイシュアはそれを察する。
「ほう、そういえば最近のシュタナートはこの家で女と遊んでるのは見た事が無いな。これのためか?」
「まあ、そうだ。さすがに無理か?」
「まあ、好色なのは承知だし、いずれそうなるとは思っていた。しかし私には少し拘りがある。どうせなら以前言った特別な場所がいい」
「以前言った特別な場所? トリア城のことか?」
「そうだ。忌まわしい記憶を新たに塗り替えるならその場所がいい」
イシュアはかなり真剣な表情で決して譲らなそうな雰囲気だ。
「うーむ」
首領のシュタナートをわざわざ遠い場所まで行かせるというは正直、わがままであると言えなくないが、実はたまたまだが近々、イスカリア王とトリア城で対執政府のことで会談する予定がある。
それにシュタナートにはイシュアの家族を皆殺しにしてしまった負い目もあるので、可能な限り望みをかなえてやりたいという思いもある。
「わかった、いいだろう。以前に、おとなしくしてくれればイシュアの望むことをしようと言ったこともあったしな」
「本当か、約束だぞ」
イシュアは嬉しそうな表情になる。
「ああ、元々行く予定もあったしな。近いうちに行こう」
そう言うとシュタナートはイシュアを抱き寄せる。
拒否する感じは無かったので自分とイシュアの唇を合わせる。
そして自身の舌をイシュアの口の中に入れようする。
するとイシュアは急に押しのけて離れる。
「すまんが、ここから先はトリア城で頼む」
「私のほうこそすまん。少し先走り過ぎたようだ」
そう言うとイシュアの髪を優しく撫でた。
シュタナートはトリア城に行く日が待ち遠しくなった。
数日後、シュタナートがイシュアをさらってきてから9年が経過した日、二人を含む一行はトリア城を訪れている。
関係の改善をしたイシュアとの道程は楽しく、またなかなか有意義なものであった。
イシュアが記憶した数万冊の本からシュタナートに必要な知識を適切かつユーモアを交えて教えられた。
だいぶ年長のシュタナートが年若い娘に知識を教わるという行為は屈辱的とも取れなくはないが、イシュアはまるで齢50を数えるシュタナートより更に年長に錯覚させる包容力と細かな気配りでそれを感じさせない。
シュタナートは多忙なので本を読む時間が限られているので、こういった事は助かる。
この点だけでもイシュアを側に置く価値はあると思われる。
今回のトリア城訪問の目的はイスカリア王との会談である。
執政府との開戦はもう間もなくであり、主にそれに対応した会談が持たれる。
まだ到着には時間があり、それ程大規模ではないものの、帝国の艦隊がヴェルゼ共和国に航路を取っており、来る前に共和国を掌握して、執政府の有する海軍を支配下に置いておきたい。
この会談が終わって帰還すれば、すぐさま執政府に攻撃を仕掛けることになるだろう。
魔術師団に遺恨があるイスカリア王国側がこれを機会として攻撃を加える事も考えられなくは無いが、諸侯に対する兵の動員や傭兵団の雇用はされているとういう情報もない。
すぐに動かせる兵力は国王直轄軍に限られるだろう。
その兵力では仕掛ける事は考えにくいが、イスカリア王国側は不穏な情勢の為、この会談の警護にかなりの兵数を連れてくるとの連絡も受けているので、注意は必要だろう。
また劣勢の執政府側が機を得るために先制攻撃を仕掛けてくることも考えられる。
そうなればシュタナートはすぐにでも《転移》の魔術ですぐにでも帰還しなければならない。
そしてこの一連の出来事が終われば、フィーネには申し訳ないがイシュアを婚約者に迎える準備でもしようか。
シュタナートはそんなことを考えながら、トリア城の者たちからの出迎えを受ける。
戦が近いせいか、緊張した感じが伺える。
何故かトリア出身者の方が緊張しているようにも感じられる。
時刻は夕刻、イスカリア王との会談は明日の昼過ぎである。
時間は十分にある。
シュタナートは明日の打ち合わせをした後、夕食を取る。
その後、入浴してシュタナートは寝室でイシュアが来るのも待つ。
いつものローブ姿ではなく、肌着のみを着ている。
「入るぞ」
数回扉を叩く音がした後、イシュアの声が掛かる。
次話にあたる第20話は性描写の都合上、ノクターンノベルに「邪悪な大魔導師は永遠の伴侶を望む 幼鳥の章 第20話」という短編小説として投稿します。
第20話を見なくても第21話でおおよその内容はわかるようになってはいます。




