第14話 再びトリア城へ
シュタナートは自宅ある部屋から出てきて、頑丈そうな扉を閉め、外からしっかり鍵を閉める。
するとイシュアが通りかかり、出くわす。
着ているローブは一つ低い位階である術師長を表す紋様が描かれた物となっている。
「またこの部屋に入っていたのか。いつまでも女々しい奴だ。そんな暇があるなら私に魔術の一つでも教えたらどうだ?」
ここはシュタナートの最愛の者の部屋である。
死後は扉を厳重な物に変え、誰にも使わせていない。
この部屋はシュタナートとリハルトとそれに聾唖者の老家政婦にしか入室を許されていない。
シュタナートはこの部屋を頻繁とまではいかないもののちょくちょく訪れる。
「今は謹慎中で罰を受けている最中だ。しかしフォスターは回復し、そろそろ復帰だ。そしたら謹慎を解いてもよいだろう。その時に時間を取ろう」
「そうかよ」
イシュアは踵を変えて、立ち去ろうとする。
「イシュア、お前の謹慎明ける少し後ぐらいにイスカリア王国に用があって行く。お前の故郷のトリアにも寄るし、たまには外の世界に出るのもいいだろう。一緒に付いてきてくれないか?」
将来のイシュアの為にも色々な事を経験させておきたいという思いがある。
またイスカリア王国であれば、イシュアが不作法や非礼をしてもどうにかなる。
イシュアは立ち止まり、少し考える。
「わかった、いいだろう」
そう言うと去ってく。
シュタナートはあまりにも簡単に了承されたので、意外に思った。
やはりシュタナートの努力が実り、軟化しているのだろうか。
イシュアは言葉を翻す事は無いので、まず付いてきてくれる事になるだろう。
この言葉を翻さないのもシュタナートがイシュアを評価している事である。
シュタナートの最愛の者とも共通する点でもある。
もっとも言葉を翻さいという事は、シュタナートへの復讐が実行されるという事でもあるが。
「そうか、楽しみにしているぞ」
シュタナートは去って行くイシュアに嬉しそうに声を掛ける。
イシュアの方は何の反応も示さず去って行った。
「イシュア、トリアの街並みを見ないのか?」
シュタナートは馬車の中の自分と秘書官と対面の席で本を読んでいるイシュアに声を掛ける。
「街にはあまり出なかったし、あまり思い入れは無いな」
イシュアは本から視線をそらさずに、答えた。
以前だったら無視だろうから、イシュアの態度はマシにはなってはいる。
シュタナートは窓から街並みを見る。
以前にトリア伯がこの街を統治していたより、活気があり、発展しているようである。
魔術師団の統治は成功しているように見える。
しかし街の人々はシュタナートの馬車を含む、複数の馬車と護衛の騎乗した兵士たちからなる一行を多くの者が恐怖と警戒を、そして憎しみ眼差しを向けてくる者もいる。
シュタナートの意向もあり、魔術師団の団員たちは、兵士たちも含めて粗暴な振る舞いは許されず、普通の貴族や騎士たち比べると、行儀が良い。
ここに限らずどこの場所でも恐れられてはいるが、憎しみを向けてくるのは、8年前に報復と見せしめのために、城の者を女子供も含めて皆殺しにした事の影響だろう。
それらの家族や縁者がこの街にいた者も多いだろう。
トリア伯がこの街の住民に親しまれていたという事もある。
この街を統治し始めた頃は、魔術師団の統治を認めず、反抗してきた者も少なくなかったが、見せしめに主導者数人を捕らえて処刑すると、表立って反抗する者はいなくなった。
それなりに住民に配慮した統治をしているので、そのうち魔術師団に対してそこまで悪い感情を持った者はいなくなるだろうとはシュタナートは思っている。
シュタナート一行の馬車の一団は街中を抜け、小高い丘を登っていく、この辺になるとイシュアも窓の外を眺め始める。
やがて兵士に守られている城の門に到達する。
兵士たちはシュタナート一行である事を確認すると門を開け、招き入れる。
この兵士たちはヴェルゼの街の兵士と比べると、無礼とまではいかないものの、恭しいともいえない。
おそらくはトリア出身なのだろう。
この城で働いている者の多くは、元々の魔術師団員ではなく、旧トリア伯領を統治するようになってからの現地で採用された者たちだ。
馬車は城の入口にまで来ると止め、御者が扉を開ける。
いつも通り、秘書官の後にシュタナート出て、イシュアが下りるときに、手を差し出す。
イシュアはその手を無視し、シュタナートは仕方なく、手を下ろす。
シュタナートを出迎えるため、城からかなりの数の者が出てきていた。
「皆、出迎えご苦労。今日は世話になるぞ」
「勿体無いお言葉、どうぞゆっくりしていってください」
出迎えに来た一団の前方中央にいる導師長の紋様が描かれた年配の魔術師がそう答え、他の者は頭を下げる。
前方にいる者たちは、高い敬意を示しいるように見えるが、後方の者はそれ程でもない。
「私はこの娘としばらく敷地内を回った後で城の中を案内する。皆はゆっくり休んでくれ」
シュタナートは出迎えの者や周囲の者にそう告げる。
「それではイシュア、行こうとするか」
「ああ、頼む」
シュタナートはイシュアをある目的の場所に連れ行き、ついでに城を案内する事になっている。
その目的の場所は三か所だが、一か所はシュタナート自身が訪れたくない場所、二か所はイシュアと共に訪れるのは気が滅入る場所である。
珍しくイシュアから頼まれたので、迷ったが了承したのだった。
「……ここだ」
シュタナートはイシュアをトリアの城の敷地内の開けた場所に案内した。
ここは8年程前にシュタナートとフィーネらが攻撃を受けた場所である。
「確かにここは、伏兵を潜ませて、矢で射るなら絶好の場所だな。怪しまなかったのか?」
開けた場所の上に、周囲は木々に覆われており、身を隠すのに打って付けである。
再度訪れてみると確かに絶好の場所であった。
「自身の防御魔術の過信していたな……」
当時、この先にトリア伯が居ると言われて、誘導されたのだった。
この場所を訪れると、やはり否応なしに、当時の事が思い出される。
当然、フィーネのことも……。
当時の事を思い出し、怒りか悲しみが沸いてくる。
自身への攻撃や部下たちへの殺傷もそうだが、主に、最も愛する者への殺害である。
このような場所に案内を要求したイシュア、それ応じた自分へも怒りが沸く。
今、イシュアに挑発されたら、一触即発となるだろう。
「怖い顔しているな。安心しろ、これらの事は私の借りにしといてやる。では次の場所に行くか」
しばらくの間、辺りを見回した後、イシュアはそう言った。
これらの事とはシュタナートの案内を指すのだろう。
シュタナートとイシュアは城の中に入り、様々な場所を案内しながら、目的の場所を目指す。
途中にイシュアが以前に私室として使用していたの思われる部屋がある。
「以前にイシュアが使っていた部屋だと聞いている。泊まれるように整理しておいたので、今日はこの部屋を使ってくれ」
シュタナートは先程の件で機嫌は良くないので、少し憮然とした表情で言った。
イシュアに喜んで貰いたいがため、以前の私室を調べ、快適に使用できるように部屋を整えていた。
「ほう、それはご苦労な事だ」
イシュアにしてはマシな返事が返ってくる。
二人は目的の場所に歩みを進める。
「やはり父上の部屋でやったのか」
この城の最上階の奥中央に位置する目的の場所に二人はたどり着いた。
この部屋は現在、最上位者の宿泊する部屋となっており、当然、今晩シュタナートが宿泊する。
「この部屋の中でイシュアの父上、母上、兄上を殺害した」
「ほう、では入るか」
イシュアの表情に大きな変化は見られない。
姉には強い思いがあるようだが、他の家族にはそれが感じられない。
イシュアは家族とも似ていないので、出生に特別な事情があるかと思い、調べさせた事があった。
特に不審な点は出てこなかったが、姉以外には懐いていないとの報告を受けた
二人は扉を開け、部屋の中に入る。
今ではイスカリア王国はヴェルゼ共和国と並ぶ主要な取引先だ。
トリアの街はイスカリアの王都への通り道なのでこの城はかなり頻度で宿泊に利用する。
なのでこの部屋はシュタナートがよく泊まる、見慣れた部屋である。
中に入ると最上位者が使うのに相応しい、豪華な家具が置かれた部屋である事がわかる。
「ではどのように私の家族を殺害したのだ?」
イシュアは部屋の中を見渡しながら、そう訊ねてきた。
「イシュアの母上と兄上は私の《即死》の魔術で、父上は部下に斬り刻まれた後、焼き殺した」
「部下というのはアグニスだろ? まあ父上はそれだけの事はしでかした。しかし母上と兄上には同情する」
ダレスにイシュアが復讐するような事があると困るので名を伏せたが、お見通しのようだ。
そしてイシュアは比較的冷静だ。
「イシュア、アグニス導師長への復讐は……」
「それをすると最も憎い男への復讐がやりにくくなるのがわかっているから、安心しろ」
イシュアは皮肉な笑みを浮かべ、そう答えた。
「では次の場所に行ってくれ。例の場所が最後になるように他の場所の案内も頼む」
イシュアは少し、緊張した面持ちで言った。
シュタナートとイシュアは城の様々な場所を回った後、書庫に着いた。
イシュアの顔はだんだんと険しい表情となってくる。
「これは一人でも動くかな?」
シュタナートは本棚の横に来て、調べる。
「手を貸すか?」
「いや、大丈夫そうだ」
シュタナートが本棚を横に押すと、最初は引っ掛かりがあったが、すぐに横に動いた。
すると通路が出現する。
二人はその通路を進んでいく。
するとすぐに、部屋があり、二人は中に入る。
ここは二人の出会いの場所であり、イシュアの最愛の者がシュタナートに殺害された場所でもあった。
今は予備の書庫として使わているらしく、箱に詰められて置いてある本などがある。
「微塵も忘れていたわけではないが、この場所にくると怒りや憎しみがより蘇る」
イシュアは険しい表情でシュタナートに向かい、そう言う。
かなりの迫力である。
殺気も感じられる。
「……」
この場しのぎの謝罪をしてもおそらくより激昂させるだけだろう。
イシュアの真に望んでいる事は勿論、叶えられないので、シュタナートは押し黙り、イシュアからの厳しい視線に向き合う。
視線だけでも、肉体に損傷に与えるのでないか、そんな視線だ。
イシュアからの攻撃にも対処できるように、手に持った仕込み杖を握りなおす。
しばらくするとイシュアは体を翻し、少しの間、目をつむる。
そして目を開け、再びシュタナートの方に体を向ける。
「やはり私は姉以上の苦しみを与えて、お前を殺さなくてはならないようだ」
イシュアは少し悲しそうな表情でそう言うと、一人でその場を後にして行った。
食事の時にも顔を出さなかったので、再びシュタナートとイシュアと会ったのはこの城を出る時だった。
あんな事があったが、意外なことに機嫌は悪くなさそう様子だ。
「イシュア、あの場所にはいかない方が良かったのではないか?」
シュタナートは気遣うように言う。
「いや行って良かった。特別な日にでもまたこの城を訪れたいものだ」
「ほう、では誕生日が近いし、その日にでもこの城を訪れるか?」
「いや、その日はいい、もっと特別な日にでもねだるとしようか」
「そうか、覚えておこう」
どうやらイシュアとの関係は意外にも悪くなってはいないようだ。




