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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
68/120

68 幕間 影の国

すみません、時間がなかなか取れず更新が遅くなりました!

これだけ書いたので許して下さい!(?)

 ある場所にて、影が蠢き球状をなす。かと思えば徐々に拡散していき、最後には二つの人影が現れる。


 片方は闇を煮詰め込んだかのような漆黒のロングコートに身を包み、加えて目深に被ったフードがその人物の外見的特徴を覆い隠している。


 もう片方の人物も同様だ。違うところと言えば、コートの色が穢れを知らない純白だというところと、黒フードの人物より頭一つ分は背が低いというところか。



「折角ローズが作ってくれたのにこれ、無駄になってしまったのよ」



「こんな事なら無理して作る必要もなかったかもねー。そのせいであんなに遅れちゃって管理者も逃がしちゃうし」



「まあ管理者が簡単につかまらない事くらい分かっていた事なのよ。幸い時間はたくさんある、(わたし)も、ローズもね。それに……」



 黒フード――――ミノットが指を鳴らす。彼女の足元に伸びていた影が蠢き、一個の塊が盛り上がるようにして吐き出される。

 影による両手両足の拘束に加え、目隠し、猿轡まで噛ませるほどの周到振りだ。


 そんな中でも自分が影に包まれた空間から出された事が感じ取られたのか、身じろぎし、視界が不自由にも関わらず正確にミノットと白ローブ――――ローズのいる位置に顔を向ける。明らかに先ほどまでのように暴れまわっていた時とは異なり、知性が垣間見える。



「驚いた、まさか適応させたというの? ただの人―――――いや、一応魔族なのかしら?」



 珍しく驚きを露にするミノット。だが、黒の獣―――――一応は誠二と呼べるそれを見る目はまるで実験動物にでも向けるものだ。


 と、一瞬誠二の体を包み込んでいる影とは別の黒い流体がざわめく。それを見てミノットは小さく眉を釣り上げるが、それだけだ。

 対して誠二も、アルマーニが『泥』と呼んだものによって底上げされた力をもってしても拘束からは逃れられないも悟ったのか、すぐに全身を弛緩させた。



「やっぱり『力』に呑み込まれることなく、知性も取り戻しているようね。……ああ、一応言っておいてやるかしら。歯向かおうとしても無駄なのよ。その『力』を使う限り、(わたし)に手が届くことはない。それこそ幼子が親に勝てないように、ね」



「でも、本当にびっくりだよね。まさか適応出来るだなんて。よっぽど精神が強かったりするのかな? それとも管理者に何かされたり? うーん、調べたいけど、今は知性があるんならなんとなくやりにくくなっちゃったなー」



 その言葉の意味を、十全には理解できない。


 だが、今は知性がある、との話からも分かるように誠二は先ほどまでの記憶がほとんどなかった。薄く靄がかかっているように、自分の行動が把握できない。だがそんな中でも何に憚ることなく力を振るえたという事が、絶えず誠二に快楽を齎していたという事だけが強く印象に残っている。



「いつまでも拘束してあげてるの可哀想なんじゃない? 外してあげて、あとはあの娘に任せようよ」



「そう、ね。元々城の方にも行こうかと思っていたのよ。これ以上持ってるのも面倒だし、押し付けてやるかしら」



「わたしもちょっと話すことあるしねー」



 ローズの同意に目で返すミノット。再び指を鳴らすと、誠二を拘束していたあらゆる影の拘束がしゅるしゅると音を立てて引いていき、ミノットの影へと戻っていく。


 突然目隠しを外され、夜にも関わらず眩しそうに目をすがめる誠二。星が近いのだ。そして何より目の前に立つ二人の女性の何たる麗しさか。


 例えるなら、世界を覆う夜と、その中で儚くも美しく輝く月。夜があっての月だし、月があっての夜だ。二対一個の美とでも言うべきか。


 そこまで考えて、誠二は見惚れてしまっていたことを誤魔化すようにミノットを睨み付けた。それと同時に気付く。誠二の中の『泥』とも『闇』ともつかぬ何かが、目の前のミノットから放たれる雰囲気と通ずるものがあるということ。


 いや、違う。感覚的には()()()()()()()()()()()()と表現する方が正しいかもしれない。


 何にせよ、ミノットの言うとおり誠二にはどう足掻いても、彼女に勝てるどころか指一本触ることが出来るヴィジョンすら持つことは出来なかった。



「……()()は今も空けているのかしら?」



「んー、どうだろ。結構何も言わずに出てっちゃったりするからねー」



「恰好付けてるだけなのよ。馬鹿は一生治らないかしら」



「まあ否定はしないけどね」



 既に興味を失ったかのように誠二をのけ者にして話す二人。その事に少々どころか、かなり思うところはある。だが、癪なことに、思いのままに行動した結果が今の誠二だ。同じ(てつ)を踏まないようにするだけの分別が今の誠二にはある。今出来る事は彼女らに付いていくことだけだった。


 そもそも、今いる場所がどこなのかすら分かっていない。そんな状態では、例え逃げ出したところで、その先の見通しは限りなく真っ暗だ。


 心なしか空が、雲が近く感じるところからどこか高台にでも連れていかれたかと一応は判断したが、それも正しいかは怪しいところだ。



「ここは……一体どこだ……?」



 疑問がつい口をついて出てくる。だが、声が届かなったのかその問いに二人が答えを返してくれる事はなかった。


 だが、二人に付いていく内に、段々と今いる場所の全貌が見え始めてくる。最初に誠二が目にした風景は舗装はされているものの、他には目立った建築物もなく、目に入るのは目の前にこじんまりと立つ民家が一つというような風景だった。


 だが周囲に目を向けると、違和感が湧き上がってくる。まず第一に遠目にもはっきりと見える城、としか表現の出来ない建築物。ペルネ王国の王城に攻め入った件で城というものには免疫があったが、遥か遠くに聳えるそれはペルネ王国のものとは比にならない。規模も、絢爛さも、何もかもが、だ。


 そしてもう一つ。人工的に植えたと思われる植物や、王城の近くに見える建物らしきものに阻まれてそちら側は見通せないが、初めにいた場所―――――民家はどうやら位置的に王城を中心と考えた場合端の方に位置するらしく、だからこそ不可思議な点がある。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 まるで世界がそこで途切れているかのようにすら思えるそれは、さすがに誠二の考えすぎだろうか。しかし、興味本位に歩き回ってしまっては何をされるのかは分からない。



「―――――そんなに気になるなら、こそこそと覗き見なんてしないでさっさと出てくるのよ」



 不意にミノットが立ち止まり、木陰へと向き直る。後ろにいたローズが反応し切れずにミノットの背に衝突した。

 少し赤くなった鼻を涙目になりながら押さえているローズと、それに気付いてあわあわとうろたえるミノット。そこには誠二が今まで感じていた超然とした雰囲気は一切なく、ただただお互いがお互いを思い合う関係があるだけ。

 だからといって今更誠二に反旗を翻す気も、力もないが。


 そんな二人を見て毒気を抜かれたのか、観念した様子を浮かべて姿を現した人影。その姿を見て誠二は大きく息を呑んだ。



「……在原 和也(ありわら かずや)



「よう、物部。見ないうちに大分イメチェンしちまったな!」



「あれはイメチェンっていう範囲には収まらないと思うわ」



「それに、篠枝 真彩(しのえだ まあや)、か」



 どちらも既知の人物だ。それもそうだ、あっちの世界ではクラスメイトだったのだから。


 在原 和也。その性格からか、天理とは別の意味でクラスから人気のあった人物だ。それも主に男子から。というのも、和也はよく言えばムードメーカーだったからだ。

 クラスの雰囲気を明るくする、と言えば聞こえはいいが、その実態は、ただのお調子者。調子にのって大やけどという場面を誠二は何度も見ていた。ついたあだ名が『小学生』だ。


 篠枝 真彩。この名前を聞いて、真っ先に思い浮かぶのは、名門蓮花寺家に連なる多くの家々の内の一つ、篠枝家だ。彼女が男であったならば、家を継ぐのは真彩になっていた、と時代錯誤な台詞の元ネタになる人物であり、性格は苛烈の一言。特に、同じく蓮花寺傘下の葉桐に強く当たっていたのが誠二の印象に強く残っていた。


 そんな二人が、肩を並べて誠二の目の前に当たり前のように佇んでいる。


 いや、ちょっと待て。そこまで考えてようやく気付いたことがあった。



「―――――ケモミミ?」



「―――――ッ! いい度胸ね物部 誠二。その記憶と命、ここに置いていって貰うわ!!」



 衝撃がつい言葉となって喉から絞り出される。だが、その言葉を聞いた真綾の反応は劇的なものだった。具体的には一瞬の内に顔を紅潮させ、乙女にあるまじき恐ろしい表情を浮かべて誠二に凄んできた。そんな時にでもぴょこぴょこと自己主張するように動くケモミミ。加えてよく見てみると、彼女の背後にはふっさりとした尾のようなものも見えた。


 その隣では腹を抱えて大笑する和也。それに気付いた真綾が誠二から視線を外すことなく見事なまでのボディーブローを仕掛けているのがいっそう恐怖を煽る。


 どうやら、誠二は無意識のうちに地雷を踏み抜いてしまったようだった。



「―――――いや、そんな事はどうでもいい。お前たち、どうしてここに……」



 逸れた思考をなんとか修正し、湧き上がる疑問を言葉にする。だが、その問いに答えが帰ってくる前に、業を煮やしたのかミノットが割って入る。



「積もる話もあるだろうけど、そんなものはお前たちで勝手にやるといいのよ。じゃあマアヤ、その狂犬の躾、任せたのよ」



「くれぐれも噛まれる事にならないように気を付けてね~」



「あっ、ちょっと、ミノット! まだ聞きたいことが! どうして、天―――――」



「マアヤ。勘違いしているようだから言っておくのよ。(わたし)たちがマアヤたちと行動を共にしているのは、ただ目的の延長線が重なっているというだけ。これっぽっちもアレの理念や信念に共感しているわけじゃない」



「おいおい、そんな言い方はないんじゃないですかね、黒百合姫。オレたちは姫たちに協力する、でも邪魔はしない。姫たちもオレたちに協力する、だけどやっぱり邪魔はしない。オレはそう聞いていたんですがね。今の姫たちの行動は協力もしなければ、それが回り回って邪魔にも繋がってるんじゃないですかね?」



「訳の分からない呼び名で呼ぶのは止めるのよ!」



 ぷんすか、と擬音が付きそうな程に憤慨するミノット。両者間に広がっているのは、決して良好とは言えないものの、はっきりと分かる何らかの関係だ。


 しかし、誠二がこの短い時間の間に抱いたミノットへの印象は、気まぐれで周囲に災禍を撒き散らす天災そのもの。圧倒的な力の集合体だ。


 だが、そんな彼女に対して和也も真綾も対応が砕けに砕けている。誠二の目が、感覚が狂っているのか、あるいはそんな風に接することが出来るだけの何かがあるのだろうか。



「……こほん、まったく。珍妙な魔法さえ持っていなかったら真っ先に殺してるのよ。とにかく、内輪のことは内輪で解決するかしら。行くのよ、ローズ」



「じゃ、そういう事だから。ばいばーい」



 爛漫な笑顔を浮かべて手を振るローズ。無駄と悟ったのか、和也も真彩も再び彼女たちを呼び止めるという事はしなかった。

 代わりに意識を向けられるのは誠二だ。

 それに対して誠二は敵意でもって応える。何がクラスメイトだ、だからどうしたというのだ。そのクラスメイト相手に死合いをしてきたばかりの誠二にとってはそこに躊躇いは覚えない。


 いや、この『力』に魅入られる前ならば、情けなく悲鳴を上げて蹲っていたかもしれない。だが、これにはそれを覆い隠し、なおかつ蠱惑的に飾り付けるだけの魅力があった。

 

 狂犬。言い得て妙だ。今の誠二を客観的に表現すれば、まさしく餌を前にした獣だ。

 身体の外側を黒い靄が漂い始める。誠二から零れた欲望の欠片だ。同時に思考も白に染まっていく。理性が溶けていき、後に残るのは破裂しそうなほどの残虐性だ。


 ―――――壊したい。何もかもを。自らを虐げる者のいる世界を。自身が上に立つことの出来ない世界を。


 そして、自分よりも力の劣る者を蹂躙したい。



「―――――ぅるるるるるRRrるるrrrrrAAAaaあああああッッ!!!!」



 ミノットさえいない今は、首輪を外されたも同然だ。元々天理に対する負の感情を爆発させ、そうすることで『管理者』に託されたコレのリスクを無視することに踏み切ったのだ。その行き所をミノットによって邪魔された今、燻っていたそれが天理と縁のある者、そしてあっちの世界での誠二を思い起こさせる要因が目の前に現れた。


 それにぶつけずして、この感情は収まらない。


 まずは和也を殺す。出来るだけ簡単に、なおかつ実力差を思い知らせるために迅速に。

 いや、それよりも死なない程度に四肢を損傷させ、彼の目の前で真彩の柔肌を蹂躙していくのはどうか。先ほどの様子を見る限り、まるっきり他人という事もない。そんな彼女が目の前で屈服させれば、両者ともにどのような表情を浮かべるだろうか。


 ―――――愉悦。


 怒りに顔を歪ませるだろうか。堪え切れぬ憎しみから涙をこぼすだろうか。

 それとも絶望に諦観を滲ませるだろうか。いや、もしかすると媚びて懇願するかもしれない。


 ―――――愉悦。愉悦。愉悦。愉悦。愉悦。愉悦。愉悦ゥッ!!



「―――――いやあ、これは酷いね」



 ぽつりと言う和也。誠二の予想に反して、その顔に浮かぶのは絶望でも恐怖でも、そして緊張でもない。

 ただ気負いなく自然体に立っているだけ。


 それを誠二は油断と即座に判断した。

 和也がどれだけの力を持っているのか分からない。格下だと軽んじていた天理でさえ、自らに届き得る刃を秘めていたのだ。

 ゆえに誠二に油断はない。ないが、自負はある。


 所詮は譲り受けた借り物の力。そこに誠二の努力も何も関連するものはないが、だからこそ分かる並みの努力では到底辿り着けない頂。それを目前にして、天理は身構え、大きく後退ったのが疎らに散った記憶に残っている。


 だが、後退する事も、身構える事もしない目の前の二人はどうか。その愚行の結果を知らしめんと誠二は二人に肉薄する。纏った靄はただでさえ跳ね上がっている身体能力を底上げし、なおかつ自由自在に動かせるもはや肉体と一体化した凶器だ。


 ただ近付き、そして腕を横薙ぎに振るう。何の技巧も凝らしていないそんな一撃が、ただただ大きすぎる力によって究極の一撃に昇華される。


 あるいは、誠二が力に身を任せた状態でも理性を失う事なく冷静さを保てていたならば、それに気付くことが出来たかもしれない。いや、そもそも理性を取り戻した事ですら、奇跡的とも言える。()()はそんな生易しいものでは決してない。

 だからこそ、この結果は必然だったのかもしれない。



「……馬鹿ね。戦う力なんてそこらの男の子にすら負けるのに真っ向から戦うような真似なんてして」



「オレのスキルはこうでもしないと有効じゃないからね。なんせレベルが低いもんで範囲が狭い」



 身体の芯まで打つような衝撃が、誠二を正気に戻させる。いや、それだけではない。誠二の身体を覆いつくすほどまで立ち上っていた誠二の『力』の根源、その黒い靄があろうことか()()()()()()()()()()


 隅々まで行き渡っていた全能感は幻だったかのように跡形もなく消え去り、残るのは無理に力を引き出した代償であるかのように響く激痛だ。

 


「……馬鹿、な」



 喘ぐように驚愕を漏らす。今の誠二の心境を表すならば、夢ならば覚めてほしい、だ。それほどまでに目の前の現実が理解しがたい。


 大きく、そしてブレるような速度で薙ぎ払われた誠二の右腕は、ここにきて未だに回避行動すらも取ろうとしない和也に対して致命傷を与えるはずだった。

 だが、誠二は見た。振り払われた腕が、和也に近づくにつれてその威力を減少させていった所を。


 いや、正確に言うならば、減少していたのは誠二に纏わりつく黒い靄だ。それによって誠二の攻撃力は大幅に減衰され、それでも素で並みの人間を上回る膂力が和也に襲い掛かる。


 しかし、それを見逃す真彩ではない。すかさず懐から何かを取り出し、誠二に放り投げた。かと思えばそれ自体が意思を持つかのようにぴたりと誠二の目の前、ちょうど誠二の拳から和也を守る形で宙に浮く。


 普通ならば紙ほどの抵抗にもならないはずのその障害物。だが衝突した天理の拳に返ってきたのはまるで金属の扉でも叩いたかのような硬質的な感触だった。



「―――――うわ、驚いた。数日かけて込めたのに今の一発でおじゃんだわ! 何てことしてくれたのよ!」



「え、それオレに言うの? てか、そんなにやばかったのかあれ!? 真彩ちゃんが守ってくれなかったらどうなってたことか……」



「情けないわね。男なら女を守る、くらい言ってみなさいよ! こんな事なら守ってやらなければよかったわ!」



 身を苛む激痛と、理解不能な現象による空虚な脱力感により地に臥せる。そんな誠二を後目に、傍目には難なく致命の一撃を退けたかのようにしか見えない二人は漫才じみた会話を繰り広げていく。


 繰り返し脳裏に飛来するどうして、という疑問。それが見て取れたのか、ふと顔を向けた和也がおもむろに口を開く。



「いや、実際あんたも強かったぜ? ああ、これは皮肉でもなんでもなく純粋な称賛だからそんな人でも殺せそうな目で睨んでくれるなよ。あんなの当たってたらこちとら挽肉に早変わりしてたんだ、そりゃあ全力で守りもするさ。言ってみりゃあ、相性の問題かな」



「……相、性?」



「そうだよ。じゃんけんで言うとグーに対するパーだ。もちろんオレがパーで誠二がグー、といってもそれで殴り掛かってきたようなもんだけど。まあ、さすがにこれ以上は言えないかな。オレの大事な生命線だからね」



 そう言って和也はにやりと笑みを浮かべる。

 それに対して怒りも湧いて来はするものの、してやられたという気持ちの方が強いのは和也の人柄だろうか。


 徐々に増していく痛みに、意識が遠のいていく。分かっていた事だ。あの『力』は生命の根幹を禁忌の力だ。多用すればどうなるか、それは目に見えている。

 だが、それでも使わずにはいられない。自身の行いを天理によって否定された今、誠二が縋れるものはこれしかないのだ。


 例えその先に待っているのが破滅だったとしても、それすらも利用して周囲を、より多くの人間を巻き込むことが出来れば、どれほどの快感を得られるだろうか。


 今からでも、その光景を想像して愉悦に浸る事が出来る。



「―――――気持ちの悪い笑顔ね」



 最後に吐き捨てるように投げかけられた言葉を拾った所で、誠二の意識は暗転した。














 丁度同じころ、ミノットはローズを伴いさっさと用を済ますべく動いていた。

 具体的には今回の出撃の報告だ。めったに姿を見せない管理者の反応をしばらくぶりに感じ取ったからか、些か逸ってしまったのを自覚しているミノットは、どこか気まずそうに対面に座る人物に詳細を話していた。


 顛末を語り終え、さあ用が済んだと立ち上がりかけるミノットをその人物は目で制す。隣に座るローズは苦笑を浮かべてそのやり取りを見守っていた。



「それで? あんなに血相を変えて飛び出していった割に管理者のしっぽすら掴めなかったのか?」



「……うるさいのよ」



「んん? 『ようやく現れたようね!!』、だとか息巻いていたくせに管理者のおもちゃだけ拾って帰ってきた今の気分は? 気分はどうじゃ?」



「うるさいって言ってるのよっ! ……まったくこれ以上茶番を続けるようなら帰らせてもらうかしら。それで、手筈はどうなっているの?」



 このままでは分が悪いと悟ったのか、露骨に話題を変えるミノット。対面に座る人物はそれを見て意地悪くにやにやと笑みを浮かべていたが、刺すような視線を向けられ、さすがに自重したのかしかつめらしい表情を浮かべる。……それでもひくひくと震える口の端を制御出来てはいなかったが。



「余を誰だよ思うとる、抜かりはないよ。……それより」



 それでも威厳たっぷりに頷くその人物。続く言葉を一度区切り、ミノットから視線をローズへと移す。

 そこに粘着質な、薄気味悪いものを感じ取ったローズは即座に自分の身体を抱きしめるようにして身を捻るが、その人物はその一つ先を行く。



「久しぶりじゃのぉ、ローズちゃあぁぁあん!!」



「きゃあああぁぁああぁあぁ!?」



「ローズ!? この、いい加減にするのよ、()()()!!」



 まるで水面に飛び込むかのような恰好で、座ったままの姿勢からローズに突撃をかけるエリザと呼ばれた彼女。

 それにいち早く反応したミノットによって部屋の反対側まで吹き飛ばされ、壁に衝突する。それでも威力が死に切らず、壁を崩壊させ、その瓦礫に埋まる事によってようやく彼女の身体が止まる。その惨劇の程に、ミノットの怒りの大きさが十分すぎるほど示されていた。



「あいたたた……。ちょっとしたジョークじゃったのに、ミノットめ、相変わらず面白さの欠片もないのぅ。―――――あれ?」



「―――――遺言はそれだけでよかったかしら?」



「あっ、ちょっまっ」



 部屋に断末魔の叫びと、血しぶきが上がったのは言うまでもない。












「だって、ローズちゃんの体温を感じたかったんじゃもん……」



 けろりとした顔で起き上がったエリザが言い訳するようにそう呟くのを、ミノットは頭痛を堪えるように手を添えながら頭を振る。



「たまに、というかほとんどいつも不思議に思うのよ。なんでこんなのにあんなにもたくさんの吸血鬼がついていったのかしら……」



「それはほら、人望じゃろ? ぼっちのミノットとは違って」



「殺す! お前は絶対に殺すのよ!」



「ああああああ! ミノ、落ち着いて! ミノにはあたしがいるから、ね? ほら、ずっと一緒だから!」



「ローズ……」



「そこ、余の前でいちゃつくな! もしくは余も混ぜよ!」



「ああもう、お前は話に入ってくるんじゃないのよ! いい加減本気で怒るのよ!?」



 お互いに肩で息をし合いながら、にらみ合う。もう部屋は吹き荒れるお互いの魔力で原型をとどめていない。それもいつもの事だ。相当な爆音を轟かせているにも関わらず人が集まってくる様子がない。もはや恒例の行事のようなものと捉えられていても仕方がなかった。心当たりがありすぎる。


 ようやく落ち着いたところで渋々部屋を移動する。後片づけするのは余なのに……、だとかエリザが呟いているが知ったことではない。九割方悪いのはエリザの方だとミノットは断言出来る。ローズから言わせてみればどっちもどっちだが。



「結局決行はいつにするの?」



「ローズ、コレと口なんか聞いちゃだめなのよ。馬鹿が移る」



「もうお前に移っておるわ! あ、いや、はい。……ええっと、決行だったか? そうじゃのぅ、もう既に準備は万端、と言ってもいいからのぅ」



「回りくどいわね。簡潔に言うのよ」



「そうだな、ならば行こうかのぅ。―――――神聖教会を落とすぞ」



 エリザは嗤う。

 その顔は対面に座る神の造形と言われてもおかしくないほどの美貌を持つミノットのものを鏡移ししたかのよう。両者を分ける違いはその外見年齢だけだ。


 ミノットよりも随分と幼く見えるエリザ。先ほどまでのお茶らけた雰囲気を脱ぎ捨てた今、その身に纏うのは覇王のそれ。見る者を震え上がらせる絶対者だ。










 突如として現れ、すぐに姿を眩ませた空中庭園、『影の国』。

 ペルネ王国に現れ、戦況をかき乱すだけかき乱し、再び姿を眩ませたソレの行く先は人族にとっての安息の象徴。


 新たなる戦いが、すぐそこまで迫っていた。

これでようやっと二章が終わりになります!

面白い、続きが気になるなどと感じていただければぜひとも評価やブクマをお願いします。感想やレビューなんかも全然ウェルカムです。モチベに直結します。


最後まで読んでくださりありがとうございました。

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