67 エピローグ 乱入者
長かった天理くん視点がついに終わります。終わりますとも!
「なっ……」
呆然とした声が耳に入る。
耳に入ると言うことは、聴覚が生きているということに他ならない。
だが、今の天理にはその事実を、生の実感を噛み締めるだけの余裕がなかった。
ほんの僅か鼻の先まで迫っていた黒の獣の凶手。禍々しさの漂う靄のようなものを纏ったそれが天理を穿とうとし、そしてそれは恐怖に動きの鈍った天理では回避しようのないものだった。
……いや、ないもののはずだった。
その瞬間を天理は夢心地のような感覚で眺めていた。
次の瞬間には天理の命にまで届いていただろう獣の手。その顔には確信した勝利に対する悦楽まで浮かべていた彼の表情が、果たして僅か瞬きの間には驚愕へと変貌していた。
原因は簡単だ。
どこからともなく飛来した夜を凝縮したような長剣が、獣の肘より先を切り飛ばして床へと突き刺さっていたからだ。
「grrrrraaaaaaッ―――――?!!」
一拍遅れて、獣の悲鳴が響き渡る。聞くだけで怖気が走るような、そんな絶叫。
苦痛と、怨嗟と、憎悪と、無理解に塗れた黒の獣は、そこから天理に再び追いすがるという事はせずに、ばっと天を仰ぎ見た。
そこに仇敵がいるかのごとく。瞳に憎悪だけを凝縮して。
「―――――ふん。相も変わらず忌々しい気配なのよ」
声が、した。
鈴の音のような、聞く者にやすらぎを与えるもの。だが、同時に感じられる無慈悲なまでの冷たさがやすらぎを恐怖へと変換させる。
慌てて天理も同じように声の元、天へと目を向ける。
大穴の開いた天井、そこから入り込んでいた月光がいつの間にか巨大な影に遮られているのが見える。
それは雲なんてものではない。それを除外したときに、天空に浮かぶ月の光を阻害出来るものは何か、答えは一つしかない。
「―――――影の、国」
状況が作った隙を利用し、いつの間にか天理の直ぐ傍まで来ていたアルマーニがぽつりと零す。その名前に聞き覚えはなかったが、その名が指すのがあの天に浮かぶ巨大な城……否、『国』であることは容易に分かった。
だが、今の天理の意識はそんな所にはない。
『影の国』を背に、穴の淵に立つ人影があった。
遠目から見受けられるのは、フードを被っているという事だけ。漆黒のロングコートに包まれた体からは何の情報も読み取れない。
加えて状況としては下から覗き込んでいる形となっている天理からしてみても、フードの内側が見通せないでいた。
天井が落とされた今、王の間を照らす光源は星の光のみ。その中でその人物はふわっと淵を蹴り、王の間に降り立つ。
重力の影響を感じさせず、あたかも羽が落ちてきたかのような軽やかな着地。誰もが身動きがとれずにいる中でたった一人動きを見せるその人物は、まるでただ一人舞台に立つ役者のよう。
「こんなところに、魔族……?」
「ま……ぞく……? どうして分かっ、いや、それよりも、助けてくれた……?」
天理の隣で、突如はっとしたように呟くアルマーニ。いかなる方法か、どうやら彼女には魔族かどうかを判別する力があるらしい。
だが、それが分かったところで謎が増えただけだ。
何故こんなところに魔族が、それも天理を助ける形で現れるのか。
「管理者は……もう気配もない、か」
「管理者……? 『編纂者』、のことか……?」
「―――――ふうん? 奴の目的は、コレ? それとも」
フードの人物の呟きから気になる言葉を拾い、それに対してつい言葉を発してしまう天理。
だが、それによるその人物の反応は劇的なものだった。
初めてフードの人物―――――声からして彼女に意識を向けられる天理。その視線の質は明らかに自らと同等の者に向けるそれではない。
「rrrrrrrraaaaaaaaaaaaッ!!!」
そうして彼女が自身から意識を外したと理解した途端、獣が動きを見せる。
床が陥没するほどの威力を込めて跳躍、爆発的な速度でもってフードの女性に肉薄する。
それを見て天理は慌てて弓を構えた。
彼女が魔族であろうと、天理にとっては命の恩人だ。それは助けないことへの理由には決してならない。
しかし、天理のそれは確実に杞憂と言えるものだった。
「―――――は、ぁ……?」
「鬱陶しいのよ。そんなに死にたいのかしら」
魔力の暴力だ。
真っ先にそんな言葉が思い浮かんだ。
濃密な、物理的な圧力を持つまでに凝縮された魔力が彼女から瞬間的に発せられた。
その規模は優に王の間を覆えるほどのもの。そしてそれを受けた者は否応なしに床へと体を押し付けられる。
辛うじて耐えきることが出来たのは天理と獣だ。アルマーニだけは少し顔をしかめながらも確りと二足で立つことが出来ていた。
「まさか、コレを作るため? ―――――ローズ」
その言葉とともに、景色が剥がれた。そこから現れるのは、やっぱりフードのついたロングコートに包まれた人物だ。
だが、元々は白だと思われるその表面が、今は陽炎のように揺らめき、背景を写していた。
「はいはーい。うーん、見事なまでに『力』に呑まれてるねぇ、わざわざ管理者が出てくる事でもないと思うけど」
「『編纂者』、らしいのよ。最近は見てないと思ったのだけど」
「ううーん……。正直なところ、らしくないような……。こんなのじゃなくて、別の目的があったんじゃない?」
目の前繰り広げられる、いっそ朗らかなまでの会話。それが現実のものには到底思えない。
黒フードは未だに魔力の放出を止めていない。その証拠に重力が何十倍にも膨れ上がったような圧力が天理の体を縫い付けている。
だが、白フードはそんなものを歯牙にもかけないように黒の獣の周囲を歩き回って検分している。化け物じみた魔力放出に耐えることが出来る。その事実が指し示すことは一つ、それはその者が同じく化け物じみた強さを持つということだけ。
そしてそれはどうやらアルマーニにも言えることで。
「何の真似かしら、人間」
「……貴女たちに、聞きたいことがあります」
「妾はお前に言うことなど一つもないのよ」
アルマーニの言葉をにべもなく切り捨てる黒フード。その態度にどこか苦笑めいた気配を見せる白フード。やがて満足したのか、意識をアルマーニに向ける。
「その感覚、ひょっとして粛清官だったり?」
「そうですが―――――」
「やり合うなら別に構わないのよ。でもその場合お前も相応の覚悟を持つべきね」
そう言って周囲に、具体的には魔力で床に押し付けられている天理たちに視線を向ける黒フード。
自分たちがお互いを殺そうと争い合えば、周囲に甚大な余波が降り注ぐとそう言いたいのだろう。
その態度から何を言っても無駄だと察したのか、警戒の姿勢だけは崩さぬまま口を閉じるアルマーニ。それを見て黒フードは再び地に伏せながら唸る獣に目を向けた。
「コレは持ち帰らせて貰うわ」
踵をこつんと鳴らす黒フード。それだけで黒の獣は影に飲み込まれていく。足、胴体、胸、首と闇の中に沈んでいき、最後に残った顔が睨むように黒フードに、そして天理に視線を向けながら消えていった。
「ま……て、あな……たたち……は……」
「あれ、ミノ、手加減したの? 彼、動いてるけど」
「思いの外気概があったようね。だとしても何が出来るでもないのよ」
事実だった。
先ほどの、誠二だったものに対しては明確な実力さと、そして気味の悪さから来る恐怖があった。
だが、目の前の二人組からはそれすらも感じられない。一体どれほど高みにいるというのだろうか。天理に出来るのは精々足掻くことだけだった。
最後に一つ、ふんと鼻を鳴らしてから、黒フードが白フードに手を回し、抱え込んだ。そのままコートの裾を翻すと、足下に伸びていた影が巻き込まれ、二人を球状に覆っていく。
それは次第に体積を小さくしていき、最後には空間に溶けるように消えてしまった。
後には魔力の抑圧から解放された面々が、酸素を求めるかのように喘ぐ姿があるのみ。
こうして天理たちの魔王討伐は予期せぬ結末へと転がり込んだのだった。
あと幕間を挟んだ後に二章は終わりです。ほんとはもうすこし先まであったのですが、ここまで来るのに思いの外長くなってしまったので一度切りました。
ついでに言うとプロットの稚拙さが身に染みたので練り直したくなったというのもあります。
3章は1月くらいから始めれたらなと思っています。期間が空きますが、もしよければ待っていただけると嬉しいです。
それとついでですが、一応Twitter始めました!更新情報などを呟くので是非フォローしていただければ!https://twitter.com/sho_ashihara?s=09
最後まで読んでくださりありがとうございます。




