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異界にて揺蕩え、デア ヴァンピール  作者: 葦原 聖
第二章 星の聖女
49/120

49 現実への帰還

とてつもなく難産だった……。なんだこれ……。


とにかく書けましたので更新です。


ブクマ評価してくださる方ほんとにありがとうございます!

「ぁ……ミノット……」


「何情けない顔をしているのよ。いや、その顔は元々だったかしら」


 威圧するかのように周囲に魔力を撒き散らすミノット。最後に見た時とは違って随分荒々しい。叩きつけられるかのようなそれの矛先は観測者だ。当の本人はそれを受けてなおなんでもないような顔で笑っているが。


「どうしてここに……それにモリーは」


「そんな事は後からいくらでも説明してやるのよ。今は」


 そう言って観測者に鋭い視線を向けるミノット。どうやら相当の因縁があるらしい。


 ミノットがこうして敵意満々で現れたという事はそれに値する相手という事なのだろうか。

 だが、今しがた観測者から聞いたあの言葉は嘘と断じるにはあまりにも―――――。


 ―――――あまりにも惜しい。


「オマエ、今度はどういうつもりなの」


「今度も何も、私は初めから母のため、ひいてはこの世界に生きる全ての命のために行動しているだけだよ。それは君も知っているだろう?」


「ふん。母、ね。言葉だけ聞けば殊勝のようだけど。なら、これは?これ、『編纂者』のはずよ」


「少し譲り受けただけさ。彼も同意しているよ。……おっと、もう持ちそうにないね」


 突然観測者がそう言って辺りに視線を巡らせる。それに釣られて空間の壁に目を向けると、あちこちに綻びが出来始めていた。


 端から徐々に崩壊を始める白い空間にて、観測者とミノットの睨み合いは続く。俺はもう蚊帳の外と言ってもいいくらいだ。

 いや、むしろそっちの方が好都合かもしれない。今はとにかく頭の中を整理したかった。突然の状況の変化に思考が追い付けていないということが自覚できる。


「また会えることを願っているよ、葉桐琉伊くん。そして宵闇の魔女もね」


「今ここでオマエを殺してやりたいくらいなのよ」


「止めた方がいい。『執行者』に狙われる事になる」


「言われずとも分かってるのよ」


 最後まで憎まれ口を叩くミノット。だが決して手は出そうとはしないし、観測者からも何かをすることはなかった。


 観測者が背中を見せ、この場から去る意思を見せる。

 それを俺とミノットは見ているだけ。やがて白い空間は完全に閉じ、先ほどまでの現実へと帰還しようとしたところで。


「ああ、そうそう。君に餞別だ」


「ーーーーーぇ?」


 その言葉とともに観測者が振り向くと、これまで持っていた細い杖が音もなく舞い上がった。と思うとそれは空中で静止し、次の瞬間音を置き去りにして射出された。


 その矛先は……俺の顔だった。


 隣でミノットが舌打ちをしながら動き出すのが感じられた。

 俺は何も出来ずに眼前に迫る杖を見守るだけ。


 かと思うと杖と俺の間に円状に黒い染みが広がった。ミノットの防御魔法だろうか。

 その事に気付き、安心したところで。


 ーーーーー気付けば俺の左目に杖が突き刺さっていた。


「ルイッ!!」


「それは君にとって大切な道標になるだろう。それじゃあ、またね」


 いっそ朗らかに観測者は姿を消した。


 痛みはなく、異物感が体を奥底までかき混ぜる。

 痛みはなくとも左目に杖が突き刺さっているという状況を目が認識し、脳が理解するだけで精神が悲鳴を上げる。


 そんな中、駆け寄るミノットの顔に心配のような色を見て、俺はミノットでもそんな顔をするんだなと場違いな感想を抱いた。


 違和感はじわりじわりと体に染み込み、左目から流れる血が地面に数滴垂れる頃には綺麗さっぱりなくなっていた。

 それと同時に白い空間が、黒い闇になっていることに気付く。


「これは……権限の一部譲渡?何を考えているの、アレは」


「どう、なっているんだ?これ……俺は……」


「よく聞きなさい。観測者に何を言われたのかは知らないけど、お前はお前のやるべき事をやりなさい。観測者はあれで管理者よ、そう馬鹿な事は出来ない」


 がっしりと俺の顔を両の手のひらで掴み、左目を覗き込みながらミノットが言う。


 俺のやるべき事、それは天理くんたちをこの世界から帰すことだ。


「チッ……次元魔法が刻まれてるわね。遅効式の魔法……?これだけじゃ何も分からない、か」


「ミノット、君はどうしてここに……」


「ああもううるさいのよ。あの使い魔に込めた血の魔力を使って分体を作っただけ。それももう持たないわ。それに、血も使い切ってしまった。その分アレに『影』は付けれたけど、お前へと血はもうほとんど残ってないのよ」


「それって……」


「お前、そろそろ誰かの血を飲むのよ。今までそうしなかったせいで大分使い魔の血が減ってたわ」


 そんな事を言われても未だに吸血という行為に思うところがある俺には厳しいものがある。

 それに身近にいる女性なんてイレイヤくらいだ。そのイレイヤだって魔族に対していい感情を抱いていない。


 そんな中どうやって吸血をしろと言うのか。襲えと?論外だ。


「別にお前がどうなろうとこっちはどうでもいいけれど、でも餌は生きていたほうが釣れるのよ」


「俺は生き餌ですかそうですか……」


 餌というのは観測者、または管理者全体に対するものだろうか。

 さっきの反応から見ると前者の方かもな。


 気付けばミノットの姿が薄らぎ、揺らぎ始めていた。

 ミノットを構成していた魔力が段々と目減りしていくのが分かる。


「もう時間ね。本体(わたし)も今は手を離せないし、あとはお前がなんとかするのよ。観測者もあの様子だとまた接触してくるわね」


「俺は、どうすれば……」


「お前は人に何か言われないと動けないの?そんな子供なの?」


 違う。違うと、思いたい。


 俺は俺自身の意思でやるべき事をやる。それだけだ。

 難しいことなんか何らない。


「分かった。今回は、ありがとう」


「礼はいらんのよ。お前を囮に観測者を引き出しただけ」


「じゃあ俺がお礼を言われるべきなんじゃないかなぁ」


「図々しいのよ、餌」


 懐かしいやり取りだった。懐かしすぎて罵声すら愛おしく感じる。いや、それはさすがに違うか。危ない危ない。


 だが、そんな時間も終わりを告げる。

 ミノットを構成する魔力がいよいよ薄まり、小さくなってきた。


 改めて見て、すごい。こんなこと俺には出来そうにもない。

 もっと色々なことを教わりたかった。もっと多くの時間を彼女と過ごし、そこから学びたかった。


 恋愛感情があるわけじゃあ決してない。ただ居心地が良かったのだ。出来損ないを認めてもらったからなのだろうか、それとも同じ出来損ないにも関わらずあんなにも堂々としていたからだろうか。


 だが俺はその気持ちを言葉にすることはないのだろう。

 彼女とは結局交わらぬ糸同士。俺はあっちの人間で、ミノットはこっちの人間。ただそれだけ。


「急に黙りこくってどうしたのよ」


「いや、何でもないよ」


「そ、なら消えるわ。ーーーーーそうそう、一緒にいる娘に気を付けなさい」


 最後にそう一言残してミノットは跡形もなく消えた。いや、後に残ってた。モリーだ。


 ミノットの消失とともに、俺たちを包んでいた暗闇が消え去っていく。

 後から現れるのは緑色の現実だ。


 最初に鼻をつく青臭さが戻ってきたのだと実感させる。

 目に入るのは緑一色。森だ。戻ってきた。


「あれ……ルネ?ーーーーーおいッ、ルネ!!」


 安堵したのも束の間、ミノットの言葉を思い出しルネの姿を探し出した俺が見たのは。


 ーーーーー地面に力無く横たわるルネの姿だった。

最後まで読んでくださりありがとうございます。

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