48 常闇の魔女
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徐々に多くの人に読んでいただけてとても嬉しいです頑張っちゃいます。
「貴方は、一体―――――?」
えも言われぬ気持ち悪さを感じながら目の前の男の正体を問う。ネットの無い世界だ、個人名を知る手段などそう多くはない。自分から名乗るか、人伝かた聞くか、だ。だが俺自身すれ違った人全てに名乗るなんて馬鹿げた事をしているわけではない。名乗った相手など数えられる程だ。
それに、ずっと探していた、と言ったか。そんな過去に名乗った相手など二人しかいない。
ミノットとローズだ。だけど彼女たちはある意味彼女たち以外にはとんと興味を持っていないように思えた。
いや、待て。何かが記憶を刺激する。
これは、まだ最下層に居た時の記憶だろうか。そう、ミノットが何かポロリと忠告じみた事を話していたような……。
あの時彼女はなんと言っていた?何をローズと話していた?
俺は鍛錬で疲れていたとは言え、気まぐれに耳を傾けていたはずだ。誰に聞かせるでもない独り言のような、ぽろりと漏れた懸念を。
『観測者の動向が……。それに……』
『他の管理者は……?誰も……って……』
ノイズ混じりに再生される在りし日の記憶。必死に手繰り寄せた記録の糸はほつれやもつれでぐちゃぐちゃになっていたが、欲していた部分を見事に探り当てる事は出来たようだ。記憶の中の会話から考えると、この目の前の男は。
「管理、者……?」
「ふうん?そうか、やはりそういう事か。―――――うん」
少し不可思議そうな表情を浮かべ、次いでモリーに目を向け納得の表情を浮かべる観測者。
常に笑みを顔に貼り付けているのがいやに気味が悪い。人を安心させる、とか愛想笑いだとかの類ではない。だただた感情の籠らない無機質な笑みだ。
俺はそこではっとルネの存在を思い出し、視線を向ける。だがルネは俯き加減で前髪を垂らしているため、その表情は伺えない。
次にどう行動すればいいのかが全く見当がつかない。
今の所目の前の男からは敵意や悪意は感じられない。だがそれは観測者が隠しているだけという可能性もある。見ただけで相手の全てが分かるなんて事はめったにない。それも初対面ならば猶更だ。
「うん、邪魔だな。私は君と二人きりで話がしたい」
「は?」
「少し彼の力を借りるとしよう。ーーーーー『纂め記す者』」
胸元で翳した手のひらに正方形が生まれ、複雑に回転しながら収縮する。かと思うと次の瞬間には反応すら出来ない速度で膨張し、俺たちを飲み込んだ。
◆
咄嗟に瞑ってしまった目を開けると、そこには依然として胡散臭い笑みを浮かべた観測者が立っていた。
だが、先ほどとの違いすぐに気付く。
まずはこの場所だ。先ほどまでは魔族に会うために森に踏み入っていたはずだった。辺りには木々や雑草などしかなく、暗闇でも覆い隠せない青々しさがあった。
だけど今はどうだ。辺りに目を向けると返ってくる色は白、白、白だ。緑など欠片も見当たらない。
何処までも続いていないようで、何処までも続いている。そんな矛盾した考えを抱いてしまうほどにその空間には違和感が溶け込んでいた。
「ふむ、やはり本人のようにはいかないな。彼らの叡智の欠片までは再現出来ていないし、それに余りにも脆い。時間もそれほど無さそうだ」
「……ルネやモリーを何処へやった」
もう一つはこれだ。
今この白い空間には俺と観測者の二人以外には誰も存在していない。まるでこの空間に拒絶されてしまったかのように影も形もなくなってしまったのだ。
努めて冷静に声を紡ぐが、それでもやはり動揺から声が震える。
あんなものが即死級の魔法であるはずがない。あんな手軽に、気楽に人を殺せる力などあっていいはずがない。
彼女たちは無事だ。そう自分に言い聞かせるも、どこか一抹の不安を感じずにはいられない。
「安心するといい。誓って彼女たちには手を出さないよ。というより出せない。君がどこまで彼女から話を聞いたのかは知らないけど、管理者にはその成り立ち上誓約があってね、その一つが『この世界に生きるもの全てを傷付けてはならない』というものなんだ。だから私は彼女たちには『母』に誓って手を出せない。今は少し席を外してもらっているだけだよ」
その不安は齎した本人によって解消された。信じていいのか判断が付かないが、信じるしか選択肢はない。
ここから出る方法が分からない以上、能動的に確かめる方法もない。
苦悩する俺を、やはり観測者は笑みを浮かべて見つめる。
それが俺の心を刺激して止まない。苛々が募っていく。
「それで、俺になんの用があるんだ?」
敬語は人と円滑に対話する上で必須技術だ。故に俺は初対面であればほぼほぼ相手に対しては敬語を使うように心掛けている。
というか日本で過ごしていれば大概そうなる。例外はあるが。
だが俺は今敢えて敬語を使わないでいた。それが訳の分からない状況に俺を、俺たちを陥れた相手に対する精々の子供っぽい反抗だった。
「そうだね、本題に入ろうか。ーーーーー君はこの世界をどう感じる?」
「世界、を……」
「そう。美しく感じるかい?それとも醜く?憎く?それともまさか、羨ましく?恐ろしくってのもあるか」
「どういう、事だ」
「なぁに、簡単な事さ。君は、君を理不尽にこちらの世界に引き込んだ元凶たる世界を、どう思うかというだけだよ」
言葉を耳が拾い、鼓膜が脳に伝え、そして脳が意味を理解する。たったそれだけの工程が今は酷く緩慢なものに感じられた。
「世界が、俺たちを……?いや、それよりどうしてその事を………」
「私の目はありとあらゆるものを視るからね。それが私の権限、『見通す者』。こちらに来たときから君たちを、特に君をずっと視ていた」
「俺を……?お前は、なぜ俺たちがこの世界に呼ばれたのか、知っているのか……?」
「知ってるよ。私はその事について君に言いたいことがあってこうして来たんだ」
「言いたい、事?」
「ーーーーー歪みを正せ」
それまでの雰囲気とはガラリと変わり、まるで稀代の預言者の如く厳かに観測者は言う。
俺が疑問に思うのも承知の上なのか、観測者は師が教え子を諭すように、上位者が下位者に授けるように言葉を連ねていく。
「歪みとは世界の膿。積み重なった欲望の成れの果て。世界を根本から蝕む原初の毒だ。君たちはその歪みを正すそのためだけに呼ばれたんだ」
「そ、れは」
完全に、俺たちに無関係なことだった。
こんな世界に唐突に呼ばれて、何も分からずに死を体感させられて、考えたくはないけど死人だって出ているかも知れないのに、それが俺たちとは関係のない世界を正すため?
なんだ、それは。どういう冗談だ。
余りの突拍子のなさに乾いた笑いが沸き上がる。嘘をついているようには到底思えない。だがその事実を事実と受け止めたくない心が、現実を拒絶しているようだった。
「哀しいことだ。私にはどうすることも出来なかった。ーーーーーこれまでは」
ぽっかりと空いた胸の穴にじんわりと染み込むような声で観測者が言う。何も考えられない。何も考えたくない。
だけど、心が自身の安定を図るべく自然と観測者に耳を傾ける。
「私は君たちを助けたい。だから、君に帰る方法を授けに来た」
「帰る、方法……?」
「そう。いいかい?今から言うことを忘れずにやるんだ。そうすれば君たちは元の世界に帰ることが出来る」
「元の、世界に帰れ、る……?」
「そうだよ。いいかい、葉桐琉伊くんーーーーーーにするんだ。たったそれだけ。それだけで君は、君たちは帰るべき場所にちゃんと…………、おっと、厄介な人のお出ましだ」
言葉が途切れたことでボンヤリした頭が半ば覚醒する。だがその中身は観測者の言葉が反芻して不協和音を轟かせていた。
無意識に観測者の視線を手繰る。彼の目の前の空間に小さな皹が入っていた。
小さな皹はやがて大きな割れ目へと膨らんでいき、やがてそこから黒々とした生き物が飛び出してきた。
「モリー……」
ミノットから譲り受けた使い魔だ。その小さな身のどこに入っていたのかと思えるほどに膨大な魔力がモリーを中心に渦巻いているのが見える。その濃密さゆえに魔力視を使わずとも可視化しているほどだ。
その魔力は俺をひどく懐かしい思いにさせた。
「まったく、あんまりコレにいらんことを吹き込まないでほしいのよ」
「やあ、久し振りだね、『常闇の魔女』」
「もう二度と会いたくなかったわ」
「連れないことを言うじゃないか。『白薔薇』はまだ元気かな?」
「オマエがローズの話を口にするな」
魔力の渦が人型を成し、それが見覚えのある人像を作り上げていく。
夜を流し込んだかのような艶やかな黒髪に、彼女を象徴する血のような赤い瞳。
漆黒のドレスに身を包んだその姿はまさしく常闇。
それ自体が光を放っているような白い空間に、それら全てを塗り潰すほどに濃厚な影が現れた。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




