47 星の聖女 ③
徐々に増えていくアクセス数とブクマを見てずっと気が気でなかった一日でした。
感謝しかないです。僕に出来ることはなるはやで更新することだけなので、今後ともちょぴっとだけでも応援してくれると幸いです。
ありがとね!
西大陸から南大陸に渡るのは比較的容易だ。元々大陸同士での親交が厚いということもあるが、大陸同士が隣接しているため例えば西から東への大陸間の移動と比べると中央島を経由しなくていい分時間を大幅に短縮出来る。
また中央島へと渡る時とは異なり、直接二大陸を結ぶ大橋がかかっているという事の大きい。それにより海上でびくびくしながら船を走らせる必要がないのだ。所詮人族というものは陸上の生き物だ。よほど手馴れていない限り水棲の魔物には大きく後れを取る。
長い間船を走らせていればそれだけ魔物を呼び込む事となり、いずれ沈没してしまう事が多い。それこそ気ままにあらゆる海を回遊していると言われる『大海の守り神』とやらに出会わない限りは。
「いやぁ、便利になったもんですよねぇ。教会所有の馬車って事もありますけど、それでも速さが段違いですからねえ」
「えっと、あの……」
「わたしもこれに乗ってきたんですけど、聖ルクストリアからサルマ・ロマネまでひとっとびですよ。いやあ、歳は取るものですねえ」
アルマーニ司教が教会からの文書を運んできた翌日、紫葵たちはすぐさま調査隊の隊員に天理を通して連絡を入れ、事の次第を話して出発の準備をしていた。
調査隊の人たちは迅速に返事を返してくれたが、それでも総勢二十を超す大所帯だ。西から南へ行くのにはそれでもある程度の日数はかかる。諸々の準備を合わせて出発は二日後を予定していたのだが。
「それに、やっぱりさすがは教会と言ったところですよねえ。理不尽な命令ではあったけれど、それでもぽんと支援物資ごと送ってくるあたり、教会は本気で英雄を作りたいみたいですけど」
「いや、司教……」
馬車の中、紫葵と天理の対面に座り満足そうに宣うアルマーニ司教。彼女の言う通り、二日かかると思われた準備を一気に帳消しにしたのはその教会からの支援物資だった。
きっかり三日分の消耗品と、そこから一週間は満足に生活できる資金。それを約二十人分だ。並みじゃない。
驚いたのはそれだけじゃなかった。というか現在進行形で驚いてる。
その元凶は目の前にどかっと腰を下ろしているアルマーニ司教その人だ。仮にも紫葵は聖女だ。聖女として過ごしていた数か月の間に否が応にも教会のことについて知る機会は多かった。
教会において位階というものは重要なものの一つだ。一概には言えないが、その上下は貢献度によって影響される。
それは民衆への布教具合であったり、回復魔法の熟練度だったりと多岐に渡る。
最初は誰しもが助祭を叙階され、そこから司祭、司教と位が上がっていく。司教と司祭には大きな隔たりがあり、司教へと上がれずに生涯を終える人だって少なくはない。
司教はそれだけに優遇され、色々な権利を持つと同時に責任が発生する。権利とは、教会支部の運営権。ある程度は自分の好きにしてもいいし、また俗な話だが給金もかなり跳ね上がるため目指す人は後を立たない。大半が試験により夢破れて打ち菱がれることになるが。
また、責任はほとんどその教会支部からは離れられなくなるということだ。故に教会支部によって当たり外れがある。そればっかりは運だが。
そう考えると、アルマーニ司教は明らかに異端だ。調停機関からの言伝てを預かってきたのは分かるが、その用向きはすでに済まされた。速やかに自身の支部に戻るべきなのだけれど。
「あら、どうされました、聖女様?わたしが付いてきた事がそんなにも意外でしたか?」
「いや、まあ、はい。だって、司教、なんですよね?それに、手は貸せないみたいなことだって……」
「あー、そうですねー。まあ、こちらにも色々と事情があって。……知りたいですか?知りたいですよね?」
言いたいだけの間違いでは、という言葉が漏れ出るのをすんでのところで堪える。歳の割には若々しい印象を受ける。彼女特有の距離感の詰め方がそう感じさせるのだろうか。
少し悪戯っぽい笑みを浮かべたアルマーニ司教が司教服の襟元に手を入れ、そこからペンダントを取り出す。
そのモチーフは魔を具現化したモノを光の槍が貫く、というシーンだ。教会の聖書の冒頭に出てくるある意味教会を象徴するものだ。
そんなペンダントを付けている者など、教会内では両手で数えられるほどしかいない。
「ま、さか……」
「はい、そのまさかですねー。わたし、『粛清官』なのですよー。末席も末席ですけどネ」
粛清官。神々から『祝福』を授けられ、魔に対する優越権を持つとされる教会の最終兵器であり殲滅機構だ。その内情のほとんどは知られておらず、また知れば人知れず葬り去られるとさえ言われている。
聖女の紫葵でさえその関係の話は耳にしていなかった。精々粛清官は第一席から第九席で構成されるというくらいだ。それも噂話の類いなため、信頼できるかは定かではないが。
話の流れを考えると、アルマーニ司教は第九席。それほどの人物がなぜ司教という身に未だ籍を置いているのか分からないが、一つ納得したことがあった。
それは昨日の彼女の言葉だ。『手を貸そうにも』と言っていたが、一司教が魔王討伐に手を貸せる事など無いに等しい。元々が戦闘に向いている職ではないのだ。
だが、それも粛清官ならば話は別だ。彼女がどのような祝福を持っているのかは不明だが、粛清官という名は伊達ではない。その『英雄』と『魔王』が削り合う戦場に身を置けるくらいの実力は備えているのだろう。
「本当はあまり言っちゃいけないんですけどね、こういうの。まあ、相手が聖女様なので大丈夫でしょう。内緒ですよ?」
「はぁ……」
隣に座るクルトが嫌に静かな事を不思議に思い、それとなく視線を向けているとぐむむといったような表情を浮かべていた。どうやら物申したい事はあるが、相手の位が思いの外高かったために吐き出せないでいるらしい。
クルトは性格には教会員ではないため、当然と言えば当然だろう。仮に何か言ったとしてもアルマーニ司教は目くじらを立てるほど狭量な人物ではないだろうが。
そんな話をしていると、いつの間にか街に辿り着いたのか馬車が止まる気配がした。次いで扉を控え目にノックする音が響く。
「紫葵?ゲンロビに着いたよ」
「分かったよ、天理くん」
ゲンロビは目的としていた町より一つ南大陸側に進んだ街だ。調査隊は皆腕を見込まれて集められたというだけあって、道中何度か魔物に遭遇したがどれも特に苦戦することなく対応できていた。それが想定よりも進めた理由の一つだろう。
天理の呼び掛けに馬車を降りる。さすがに教会所有の馬車のためか、取り巻きの数がすごい。更にそこから聖女が降りてくれば尚更だ。別に聖女としての正装をしているわけではない。近年は聖女の代替わりが激しかったらしいが、それでも顔を覚えられていることに羞恥半分嬉しさ半分だ。
調査隊の鉄壁の防御により特に揉みくちゃにされることなく宿屋へと辿り着く。例のごとく最高級店だ。こんなところで無駄金を使う必要はないのに、とは思うが、やはり見栄というものは大事らしい。
「一晩でよくここまで来られますよねぇ。この分ならあと二、三日で南大陸に辿り着けそうですよ」
何故かアルマーニ司教たっての希望により、紫葵は彼女と同室となってしまった。日本にいたときも余り外泊をしたことはなく、誰かとともに寝所に入るという経験が乏しいため、緊張も一入だ。それも同年代ならまだしも、親ほどに歳の離れた相手なら尚更だ。
「詳しいですね。南大陸にも行ったことがあるんですか?」
「昔に、少し。西大陸から行くのは初めてですけどね」
他愛もない話をする内に緊張が解れてきたのか、大分打ち解けて話せるようになった。
常ならぬ好奇心が湧いたのはそのせいか、はたまた粛清官という滅多に会うことの出来ない人と出会えたという独特の高揚感故か。
「アルマーニ司教は、何故粛清官に?やっぱり祝福というものを得れば皆粛清官になるんですか?」
それはふと湧いた興味からした他愛のない質問だ。雑談の類いと言っていい。
だからこそ紫葵は何の気なしにそれを問うたし、紫葵自身、アルマーニ司教がまたお茶目な仕草を見せつつ答えるものだと思っていた。
だが、彼女の選んだ答えは数瞬の沈黙だった。が時には表情というものは何よりも雄弁だ。その間に彼女の表情を通り抜けたいくつもの感情は、何だ。
後悔?悔恨?恐怖?どれも当てはまっているようで、どれもが間違っているようにも思える。分からない。
複雑に混じりあったそれらは、直ぐに最初から無かったかのように透明な笑顔へと変わる。
それから直ぐにアルマーニ司教は言葉を紡いだ。
「……祝福なんて後付けのようなものですよ。粛清官になる人は多かれ少なかれ、魔族というものに強い感情を抱いています。わたしもその内の一人というだけですよ」
「すみません、わたし……」
「いえ、別に大丈夫です。昔のことですし、わたしが消化しきれていないだけ。それに粛清官になった理由には別にもあるんですよ。もう半分叶っちゃいましたけどね」
「……それはお聞きしても?」
「ふふ、内緒です」
ようやく彼女らしさが感じられる仕草で煙に巻くアルマーニ司教。その事に紫葵は内心ほっと安堵の息を吐いた。
人は誰しも心に何かを抱えているものだ。客観的に見ればどうとでもないことも、その人から見れば一生表に出したくないものだったりすることも多々ある。
それは他人が口出ししてもいい領域にあるものではない。意図せずに踏み込めば、待ち受けるのは『最悪』だ。
そんな誰しもが当然のごとく分かっていることをやってしまった自分に紫葵自信嫌悪感を抱いてならないが、司教はそんな紫葵の考えが分かっていたのか、次々と目まぐるしく話題を変え、紫葵を後悔の渦に落とさないように努めていた。それが分かったのは後々のことだったが。
そうして夜は更けていき、どちらからともなく眠りにつく。
そんな中、睡魔に微睡んだ思考で紫葵は魔王に思いを馳せた。
アルマーニ司教からの情報によれば、紫葵や天理に顔立ちが似ているという。この世界に来て紫葵たちのような日本人顔はには未だほとんど出会えていない。
魔王が南大陸とは別の場所、例えば東大陸から渡ってきたのだと考えればそれまでだが、それでも紫葵には悪い想像が湧いてきて止まない。
ーーーーーもしかしたら、転移したクラスメイトが暴虐の限りを尽くしているのではないか、と。
アルマーニ司教からの話では、既に被害はかなりの数に上っているという。
紫葵の知り合いにそんな人はいない。言ってみれば簡単で、確かな説得力があるように感じる。少なくとも、そう思えるだけの時間を過ごしていた。
やはり気のせいだ、と思考の靄を振り払い、本格的に眠りに入るように努める。一時的に晴れていた睡魔の霧は再度容易く紫葵を包み込み、意識を奪っていく。
それ以降紫葵は努めてソレを考えないようにした。
アルマーニ司教の宣言通り、南大陸へと馬車が踏み行ったのはそれから二日半の事だった。
最後まで読んでくださりありがとうございます。




