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XX:XX:XX 空へ届け

帰還者視点



 「………………」


 手を合わせ、目の前にある墓前へと祈りを告げる。

 目を開くと、線香から立ち昇る煙が空へと向かうのが見えます。

 墓前には、『緒葉南家』と刻まれている。

 どうしてわたしがここにいるのかと言えば、それはあの人の遺言に従ってやってきていたからだった。


 「ありがとうね、なずなちゃん」

 「いえ、忠邦さんは命の恩人ですから。わたしには、お墓の前で祈ることしかできませんが」

 「いいえ、助かってるわ」

 「もう、三年ですか……」

 「そうね……」


 わたしは、一緒に墓参りへと来ていた女性と話す。

 この人は忠邦さんの奥さんで、栞里しおりさん。

 二児の母だというのに、写真通りに綺麗な人だ。

 思い返すのは三年前。そう、あの出来事から既に三年が経過していた。

 ゲーム終了と同時に意識を失ったわたしが目を覚ましたのは、住んでいた家のすぐそばにあるビジネスホテル。最初は混乱したけれど、手元にある通帳とそこに印刷されていた文字が、あれは現実であったのだと証拠づけた。

 すぐに家に帰ると、四日も家を空けていたというのに親はただ、「おかえり」というだけで、疑問に思ったわたしが四日間はどうしてたんだと聞くと、怪訝な顔をしながらも友達の家に泊まりに行っていたと言った。しかも、その友達に聞いたところ確かに四日の間わたしはいたと言い、四日間の授業も何もしっかりと出席していたというのだから驚いた。

 そんな落ち着きを取り戻してから最初の週末、わたしは記憶が確かなうちに出かけ、約束を果たしにいった。

 忠邦さんの家。わたしはそこへと向かうと、今目の前にいる栞里さんに出会ったのだ。

 初めて見たときは少し疲れた顔をしていて、少し心が痛んだけれども、快く家に上がらせてもらった。

 あの場所で死んでしまった忠邦さんの扱いは、『事故死』となっていた。何でも突然の出張になってその帰りの日に、事故に巻き込まれて死んでしまったらしい。遺体は確認できるものではなく、栞里さんの下へとやってくるときには、既に灰となっていたようだった。

 だからわたしは、栞里さんにある程度の説明をした。銃で殺されただとかを言ったところでバカにしているとしか思われないので、恐らくはアレの運営が捏造した事故を利用させてもらい、わたしが忠邦さんに助けてもらった者だと言った。そして、その本人から家族の事を頼まれたということも。起きた時には持っていた忠邦さんの血で汚れた家族写真を取り出して、栞里さんへと渡す。

 受け取った栞里さんにお礼と謝辞を述べると、あの人はわたしを責めることは無く、「お参りしていく?」といった。それからは、お盆や忠邦さんの死んだ日、他にもあの人を意識した日にはお墓詣りへと向かい、時にはお墓の手入れなどをするようになった。そして、緒葉南家の方々とも、個人的に知り合いになった。

 そんな三年間で、わたしは高校も無事卒業し、今では大学二年生。

 さらにわたしが入学したのは、忠邦さんの娘さんである沙織さんが通う大学で、わたしは沙織さんの一つ後輩である。


 「でもびっくりしたわ、まさかなずなちゃんが沙織と同じ大学に通うだなんて。ご実家は遠いのに」

 「そうでもないですよ。元々大学に入ったら一人暮らしをしようとは思っていましたから」

 「しっかりしてるわぁ。沙織も先輩としてしっかりしないとねぇ。あなた――」

 「お、お母さん! そこをここで言わないでよ!?」

 「あらそう? なずなちゃん、沙織はいい先輩?」

 「はい。よくしてもらってます!」

 「あらあら」

 「もう、なずな……」


 優しく微笑む栞里さんに、恥ずかしいのか赤面する沙織さん。

 今でこそ栞里さんも笑うし元気になっているけれど、それでもやっぱり最初は元気がなかった。

 沙織さんも、受験を控えているというのに忠邦さんが死んでしまって、一時期は相当オチていたらしい。だからこそ、今笑っているというのが、嬉しくもある。


 「なぁなずなさん、今度勉強を教えてよ!」

 「こら拓郎たくろう! なんでそこであたしに聞かない!?」

 「いや、だってねぇちゃんの教え方アバウトなんだよ。その分なずなさんの方がちゃんとわかりやすく教えてくれるしさぁ」

 「生意気言ったなこの野郎ぉ」

 「うっわ、自分の事を棚に上げるのは良くねぇぞ!」

 「よろしい、ならば戦争だ」

 「受けてたとう」


 そして、忠邦さんの息子、拓郎君。初めて出会った時はちょっとアレな子だったんだけど、一~二年したらそれも落ち着いて、最近だとその時のことを時折思い出しては悶絶してたりする。沙織さんいわく、『男子になら一度は訪れる特有の病気だから気にしないで』と言われた。確かに、今では落ち着いてるしどちらかというと反抗期とか思春期とかの真っただ中。口が時折生意気だったりするけど、栞里さんを困らせないように手伝いをよくしてるようです。


 「はいはい、二人とも。お墓の前なんだから、お父さんの前で喧嘩は駄目よ?」

 「う……」

 「ぐ……」

 「わかった?」

 「はい。ごめんなさい」

 「……ごめんなさい」


 喧嘩に勃発しかけていたのも、栞里さんの一声で終結。

 やはり生みの親を困らせたくないのだからこそ、親想いな家族です。


 「そうそうなずなちゃん」

 「はい、なんですか?」

 「今夜はご飯一緒に食べましょう」

 「いいんですか?」

 「そうよなずな。なんなら泊まりに来なさい」

 「あ、だったらついでに宿題も見てくれよ!」

 「沙織先輩、拓郎君……」

 「ほら、この子たちもこう言っておりますし」

 「わかりました。ご相伴にあずからせてもらいます」

 「よっっしゃー!」

 「あんたが一番喜んでどうすんのよ」

 「ふふふ」


 忠邦さん、忠邦さんのご家族はやっぱり最初は辛いし、今でも辛いんだと思うんです。それでも、こうして前を向いて、皆さん歩いています。だから、安心して見守っていてくださいね。次は、お盆に会いましょう。

 それではまた。


 「おーい、なずな! すぐに来なさいよー!」

 「はーい。今行きますからー!」


 そうして、わたしはお墓の前でもう一度礼をして、先に行った皆さんのところへと向かう。

 その時に一瞬だけ誰かの姿が映ったけれども、すぐに消えてしまい、その姿を気にすることは無く走り出すのだった。

 でも姿は、あの時よく見た笑顔だったような、そんな気がしました。



碧については何も言わんでください。

いや、別に忘れているわけではないんです。いろいろあるんです。

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