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ケンチとマーちゃん──転生して25年、やっとアイテムボックスが使えるようになったんだが、中に『変なトカゲ』が住んでいて俺に色々と頼んでくる  作者: お前の水夫
第3章 トカゲさんと山

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第32話 全部ボツ

「あの……食べ物か何か……持ってないかしら。出来たら肉が良いわ……」


 内容は別にして、落ち着いた女性を想起させる念話が出し抜けに届いた。発したのは、目の前のヨレヨレになったスーちゃんことスーラネオラさんだろう。

 マゼンダという感じの色合いのうろこに、頭部の4本の短いつの、背中には2枚の翼が折りたたまれてある。どこからどう見ても、その姿は世間せけんうわさに聞くドラゴンだった。

 頭から尾の付け根まで5メートル、尾が5メートルぐらいなので意外と小柄な体格のようだ。翼は広げれば19メートルぐらいになるのではないだろうか。


「あんたさんがスーラネオラさんかい? 途中でエっちゃんに会ってな。俺ぁケンチって探索者だ。こっちのトカゲさんはマーちゃんっていう。今、マーちゃんがどうにかしてくれんだろうから待っておくんなさいよ」


「マンマデヒクという。マーちゃんと呼んでほしい。砦の牛肉が残っているから、それを出そう。水もあるから飲んだ方が良いだろうと思う」


 俺達が自己紹介を簡単にした後、収納口から出てきた黒クモさん達が、骨付き牛肉を丸ごと1頭分とたらいんだ水を持って出て来てくれた。


 水と肉の気配を感じ取ったスーちゃんの行動は早かった。たらいに頭を突っ込んだ後は、1頭分の牛を骨ごと生のままで食い始めたのだ。背骨や肋骨ろっこつの粉砕される音が上品にひびいた後で、感謝しつつも遠慮がちな念話が俺達に届いた。


「助かりました、通りすがりの御方おかた。原稿を書いていたんですけど、夢中になっていたらこの通りの有り様になってしまいまして。あの……出来ましたら、もう1頭いただけないかしら?」


 スーちゃんは龍種の中でも、要介護認定が必要なタイプであるようだ。今まで生きてこれたのが奇跡のような存在だった。

 黒クモさんは黙って2頭目を持ってきてくれた。

 そして2頭目の牛肉もあっという間に骨ごと消えた。







「本当に助かりました。何かでお返し出来れば良いのだけど、ここにはウレズトバズ月報(げっぽう)しか無いのよ。ウレズトバズ月報(げっぽう)っていうのは私の書いてる読み物なの」


 エっちゃんから大体のことを聞いている俺達は、スーちゃんの言う内容の全部を理解していた。

 実際に出会うまでは、話と異なる可能性もあったのだが、出会った後でそれがまぎれも無い真実であることが確定した。

 ちなみにウレズトバズとはヴァンドヴォシュー伯領の領都で、ここから東にはウレズトバズ連峰れんぽうという場所もある。


「気にしないでもらいたい。ところでスーちゃんとお呼びしても良いかな? 実はこの遺跡を解体して持っていこうとしている途中だったのだ。他の住まいはあるのかな?」


 マーちゃんは事情を正直に話すことにしたらしい。

 知的生命体が、住み込みで原稿を書いているかどうかは知らなかったのだ。そしてすでに半分は解体済みだった。


「まぁ! それはちょっと困るわ。私ここに住んでるのよ。意外と暖かいし、紙と印刷機がある場所って滅多めったに無いから。どうしようかしら。それから私のことは、気軽にスーちゃんと呼んでくれて構わないわ」


 スーちゃんからは困ったという念話が返ってきた。そりゃそうだろうという話だ。紙と印刷機のある天然の洞窟とか聞いたことがない。火山地帯とか湖沼こしょうならどうかという話ですらなかった。


「ではこうしよう。スーちゃん、このままでは、いつ記事の執筆しっぴつ中に亡くなってしまうか分からん。うちで書いてはどうだろうか。広さは充分にあるし、安全に街中で購読者を探すことが出来るぞ」


 うちの新聞社オーナー姉さんの申し出は、スーちゃんにアイテムボックス内に居候いそうろうしてもらって、そこで記事を書いて印刷して、ついでに販売までやったらどうかという提案だった。


「それはちょっと心()かれる提案だわね。食事のお世話もしてもらえて、紙も用意してもらえたら理想的だわ。実は紙の原料がもう無くて。内容はこういうのなの」


 恥ずかしそうではあるものの、それなりの自信も含んだ念話と共に出されたのは、印刷がきれいな1枚の瓦版かわらばん新聞だった。チラシとも言う。いっそのことビラという言葉を流行らせても良いかもしれない。








「あんまし言いたかねえんだがな、スーちゃん。この『おすすめの釣り場』に出てくる場所なんだが、ここには誰も行けねえよ」


 スーちゃんから差し出されたウレズトバズ月報(げっぽう)をマーちゃんの脇から見ていた俺だが、内容のあまりの酷さにについ口を出してしまった。

 『おすすめの釣り場』は3000メートルを越える山に囲まれており、50人のチームがフル装備で行って、釣りを楽しまずに帰らないと死人が出そうな場所だった。


 スーちゃんはそれを聞いて衝撃を受けた様に見えた。


「それから『今月の峡谷の風景』なんだけどな、定点観測をやりてえ研究所のお偉方えらがた以外に読みたがるような御人はいねえだろうぜ」


 記事には、草も生えないような無情感(ただよ)峡谷きょうこくの様子が克明こくめいに記されていた。写真が無いものだから余計に酷い。


 毎月知りたいような情報では無い上にメインの記事だった。


 スーちゃんはそれを聞いてからうつむいてしまった。


「あとは『探し人のコーナー』だが……下の渓谷で子供を探してるお母さんはもう生きた人間じゃねえ。昨日で36400日を越えてるじゃねえか。100年も姿が変わらねえ時点で察してくれや」


 その母親がいつ何の事情があってここに来たのかは不明だ。


 見習い聖職者の俺としては、こういう人をそのままにしておくのは抵抗があるので、取りあえずは後で何とかしようと思う。


 スーちゃんは両前足で目をおおって動かなくなってしまった。


「最後に『今月の生まれ月占い』なんだけどよ。これぁ人間の事情で申し訳ねえんだが、幸運を呼ぶ色の薄赤色ライトマゼンダを身に付けてると官憲に捕まっちまう。法律で特定の職業しか身に付けられねえんだ」


 もし、許可を得ない人間がこれらの色の物を身につけた場合、そいつは思想犯として牢獄にぶち込まれることになる。最悪は鉱山送りになるだろう。

 そういう事情もあって、この手の品物については専門店で身分証を提示しなければ買えない様になっている。


 スーちゃんは先程から変えない姿勢のままで震え始めてしまった。


「そのぅ……何だ。もうちっと庶民の事情つーものを知らねえと駄目だな。俺もマーちゃんのところで世話になってるし、姉さんも来てみちゃあどうだい?」


 気が付けば俺は、このマスコミ志望のドラゴン姉さんがすっかり気の毒になっていた。










※お読みいただきましてありがとうございます。

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