第28話 変身コンテナ
「木になりたい、ねぇ……俺からは何とも言えねえ話だ。あんたさんの希望は只そこに突っ立って、日を浴びながら過ごすことなのかい?」
この男の希望は、漂い飛んでいくことではない気がしたので、非常に嫌ではあったが念の為に聞いてみた。
「ケンチ、その通りだ。私はもう人生のページを普通にめくっていくことに倦んでしまった。一旦戻って、本を閉じてしまいたいのだよ。そして他を眺めて暮らしたいのだ」
返答を聞いた感じでは、ブラバさんの特殊な希望は本物のようだった。
「そういうことなら何とかなるかもしれんのだ。ちょっと倉庫を漁って来るので、しばらくの間エっちゃんと、ここで待っていてもらえないだろうか?」
うちの暗黒アイテム姉さんからは、こういう時にあまり聞きたくもない頼もしい答えが出てしまった。
「マーちゃん、昨日も少し言ったと思うが、もし奇跡というものが起こせるなら、私はそれにすがりたいのだ。心からお願いしたい」
「木だったら迷子になんねいどるぁ! ブラバさんは自分がよく分かっとるどるぁ!」
植物化希望のブラバさんからは直接のお願いがあって、エっちゃんからはこれも否定しづらい実利的な意見が返った。
この流れはもう、マーちゃんのアレが絶対に出てきてしまういつものヤツだ。
「マーちゃん、今回ばかりは俺も連れてってくんねえか? その場で相談してえこともあるかもしれねえ」
話に集中していたので朝食には手を着けていない。黒子さんには申し訳ないが、後でいただくことにしてマーちゃんに頼んでみた。
「ケンチ、今回は珍しいな。あそこに豆腐の様な建物があるだろう。今回はあの中に使える物があると思う。ジャージのままで良いのだが、他の物に触らないように注意してほしいのだ」
言われなくともそうしたい注意が返ってきて、俺はフロア内にある白い豆腐建築物に初めて足を踏み入れることになった。
「ケンチ、この白い建物は殆どが保管用スペースになっている。中にあるのは使うか使わないかは運次第の物ばかりなのだ。安全性や実効性に問題のあるアイテムが多くてな」
うちの確保収容保護姉さんからは、白い倉庫に入った途端にそんな台詞を出されてしまった。
ここは俺の住むカマクラから1キロメートルしか離れていないのだ。アレは防爆トーチカらしいのだが、本当に安全なのかどうかは信用出来ない。
ただ、この白い倉庫の壁とスライド扉は、相当な厚みと強度を持っていそうなのだけが救いだった。
何か言う度に不安の種が増えていきそうだったので、とにかく黙ってマーちゃんについて歩いた。
それでも、うっかり鑑定を発動させてしまうことはあるのだ。このスキルはトリガーが異様に軽い。
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●超音速トラック『エアエルフ』
超音速走行が可能なトラック。
カラーはマットブラック(艶消し黒)。
乗り心地はヤバいドラッグ。
行き先は常にハードラック。
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俺は無用心なことに、目の前の黒い流線型を多用したデザインのトラックを鑑定してしまった。
これはおそらく、ネーラーニのおっちゃんの事務所に行く際に話してくれた、例のトラックであるに違いない。危険な方のヤツだ。ベースデザインは、地球のメーカー製品の違法コピーではないだろうか。
とにかくそういった雑念は振り払い、この異様に巨大な倉庫内を俺はひたすら進んだ。
「ケンチ、あそこにデッサン人形の様なマネキンが8体あるだろう? アレには近付かないようにな。地球観察中に作成したのだが、問題が出てしまったのだ」
うちのダークファクトリー姉さんから、奥に向かう途中でそんな注意が飛んできた。
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●居酒屋接待チーム『クオヴァディス』
行き先飲み屋、帰宅先不明。
地球観察中に製造。
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人間とはどうしてこう、自身を守るために反射的に何かをやって、知らなくともよい事を知ってから不安に苛まれるのだろう。
「マーちゃん、念の為なんだけどよ、アレが何なのか教えてくんねえかな。名前だけは鑑定で見えちまった」
「それなら話が早い。アレは寂しさから自殺する者を引き留める為の装置だったのだ。ところが対象者が生命反応を残したまま消えてしまってな。50年追跡したところで信号も途絶えた」
どうやら、チーム『クオヴァディス』自体はまともな目的の為に製作されたらしい。
彼らは人間に化けて、対象者と合わせて9人で居酒屋で飲み、相手を元気付けるのが仕事だったのだ。
ところが対象者は帰宅しなかった。正確には帰宅した痕跡が無いのに、社会的活動と生命反応だけはあるという不思議な状態になったとのことだ。
「出社記録と仕事の結果は残るのだ。口座に入金と出金記録もある。上手くやれているというお礼の手紙までもらった。50年後には対象者の息子であるという人物にまで会えたのだ。彼の葬式の席でな」
マーちゃんの説明を聞いて股間の縮み上がった俺は、8人の陽気な男たちが飲みに誘いに来ても、絶対にカマクラの扉を開けないことを心に誓った。
「お、見えてきたぞ。ケンチ、アレが今回使えそうな物だ。『色々なりきり可逆不可逆変身コンテナ』という。アレは評価が完全に別れたが自信作なのだ」
ようやく目的の物にたどり着いたらしい。気合いを入れ直し、鑑定を使ってしまうことは断固阻止した。
今回探していた物体は、倉庫の一番奥に山の様に積まれた多数の四角いコンテナの群れだった。
「こいつは思ってたよりもまともそうだな。『警官になりたい』とか『医者になりたい』って書いてあるぜ」
「そちらは可逆変身セットだな。制服と職業知識習得装置に身分証偽造キットが付いた物だ。職業知識習得装置で勉強して、国家資格を取得出来てしまうところが難点なのだ」
どうやら可逆変身セットというのは本物にしてくれる代物らしい。他が余計なだけで、極めて良心的なアイテムに見えた。
「こっちの『女性になりたい』ってのと『男性になりたい』ってのはどうなんだい?」
「それは不可逆変身セットだな。安全に性転換出来る上に容姿も美しく変えることが可能だ。使用者がモテすぎて、全員が腹上死してしまってな。うちでは賛否両論なのだ」
そういった問題を上手く解決するのは難しいものであるらしい。
それに、こういったアイテムについては、マーちゃんの配下のロボットさんたちから、広く意見を募っているとのことだった。実は製作に関わっているのも彼らなのだそうだ。
そこから視線を右の方に持っていくと『生物系改造人間になりたい』や『機械系改造人間になりたい』という不穏なコンテナがあるのだが、これは今回は関係ないだろう。
さらに視線を右の方に持っていくと『貝になりたい』や『岩になりたい』という、もう得体の知れない不安しか感じないコンテナが現れた。
俺の視線は『風になりたい』で止まった。
「ケンチ、その辺にあると思うのだ。今回はこれだな。『木になりたい』って書いてあるだろう。このシリーズは苦情が無くて意外と好評だったのだ。多重債務者や国外に逃亡したい人に人気だったのだぞ」
俺はマーちゃんの台詞の半分ぐらいをまともに耳に入れなかったように思う。
そして、ブラバさんにこれを使うことは確定だろうと思った。
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