第17話 バッティングした
ガウルルブ殿下と焼き肉を食べて終わりにした翌日、マーちゃんと出会って12日目の今日はフロアに雨の降る日だ。ちなみに教会暦805年3の月5日になる。
この雨というやつは俺を陰鬱で感傷的な気分にさせてくれるし、屋根から外れた場所にいると濡れるので、さっさと収納口から出て何でも良いから気の紛れることを探したくなってしまう。
そんな中でも、俺以外の連中は出立の準備の為に忙しく立ち働いていた。
視界の隅では黒子さん達が、トングで肉を食うのが上手いコボルト達の為に荷車と、食料や服、武器や防具を用意してやっていた。
ガウルルブ殿下は、一党の者達に何かを言い聞かせているようだ。
「連中は本当に今日出ていくんだな。ここから山か、麓にある森にでもいくのかよ」
そんな連中を横目で見ながら、ちゃぶ台で茶を飲んでいた俺は隣で浮いているマーちゃんに聞いてみた。
「どうやらそのようだ。この周辺の様に人間がやって来ない地域が良いのだろう。植生が豊かであるし、食料に困らなければ理想的なのだろうな」
うちの見送り姉さんからはそんな返事が返ってきた。
そうしている内に、撥水ローブ姿のガウルルブ殿下が東屋にやって来た。今日は全員がこのローブを着て雨を防いでいるようだ。
「すっかり世話になった。食料もしばらくは困らないだけある。今までにない強力な装備もいただいた。貴方と出会った後ではお守りと大差ないがな」
目の前の殿下が唸り声を上げ、ちゃぶ台の上にあるスピーカーからは翻訳された言葉が流れた。
「殿下、ここも永遠に平和ではないのだ。だから、武器が役に立つ相手もいるだろう。貴方に殴打の導きのあらんことを……」
「ここに町か何か作るんなら気を付けた方が良いぜ。うちの街守のヒルマッカラン総督は実際アホだけどよ、用心深い御人でもあんだよ。誰か送り込んで来るかもしれねえぜ」
マーちゃんと俺からの別れの言葉は、スピーカーから妙な唸り声になって殿下に届いたのだろう。殿下は犬的な笑顔になったようで、シワのよった顔をして両手を上げながら言葉を返してきた。
「2人ともありがとう。殴打の導きとは半分ぐらいが輪廻の輪に戻ってしまいそうな雰囲気があるが、理不尽に抗う力そのものでもあると聞いた。一族の15人の女達に食わせてもらっている身であるが、心に留めておこう」
殿下の返しはずいぶんと低く長い唸り声だった。
そしてあの連中の15人は女性であり、殿下も俺と同じヒモであることに驚いた。
まだ昼前ではあるのだが、出発しようという頃合いになったので、俺とマーちゃんも殿下達の見送りの為に外に出た。
真にうんざりすることに、今日はこちらの世界でも雨が降っていた。
気候としては秋や冬の方が雨が多い。夏も降るのだが湿度がそこまででもないのが救いだ。日本の夏は地獄だった。
特に言葉は交わさず、手だけを振って俺たちはコボルトの生き残り達と別れた。
5台の荷車には防水蓆が被せられた食料や衣料などが満載されているから西へ向かう連中も大丈夫だろう。
思えばこれも貴重な経験というやつなのだろうが、基本的には相容れない存在でもあって、俺としてはもやっとしてしまうのだ。
「マーちゃん、こっからは歩いて行ってもいいかい? 今日はそんな気分だ。猪どもを歩かせんのも、黒子さんを雨ざらしにするのも悪いしよ」
とにかくゆっくりと進みたい俺はセンチメンタル作戦に出ることにした。相手がマーちゃんでなければ、恥ずかしくて使えない手なのは分かっている。
「そうだな。この先にも森や林や水源もあるようだし、今度はウォーガシャーゲという甲殻類に出会えるかもしれん。買ってもらった教科書では沼に引きずり込まれる男の子の話が出てくるのだ。葬式の会話だったな」
国には題材を選べと言いたい様な事を聞いてしまったが、とにかくうちの異世界語勉強姉さんからは許可が出た。
俺は新しくなった探索装備に身を包み、背囊を背負うと山の方角に向かってだだっ広い道を歩くことにした。
余談だが背囊を背負っているのは荷物があるからではない。マーちゃんが乗っかる為の物なのだ。中にはウレタンの様な素材を入れてあった。
今はマスクもしていないし、うちのトカゲ姉さんも青く光を発するボディを隠すことなくさらしている。
気配感知にも、マーちゃんレーダーにも、今のところ人間の存在は感じられないからだ。
ところが20分ほど歩いた後でその状況にケチがついた。
「ケンチ、前方の小さな山の影に集団がいるようだ。人間だな。どうする?」
相変わらず、うちの広域センシング姉さんの探知範囲には呆れてしまう。
マーちゃんの言う小さな山というのは300メートルほど先にある、山脈の端の方にある欠片とでもいうべき物だった。
「こんな場所に人がねぇ……マーちゃん、ここは人が通らねえから野盗だって出ねえ。そいつらぁ何者だろうな。使われなくなった砦があんのは聞いたこたぁあるけどよ」
俺たちはそのまま進むと、こちらも岩の陰に隠れながら相手の様子を見てみた。
その連中の見た目は小綺麗だったが奇妙に見えた。統一規格品のような金属で補強された茶色の革鎧を着て腰に剣を下げており、頭には何もつけないか布を巻いてる奴がいる。
人数は30人前後というところだが、領軍はこんな場所でやることが無いだろうし、所属を示す様な意匠もどこにも見られない。ここまで装備品の統一された傭兵もいないだろう。
連中は俺と同じく、雨の中でも行動することに慣れているようだった。それに今日の雨は勢いがあるというわけでもない。
「妙な奴らだ。あそこで何か待ってやがるようだ。あんまし考えたかねえが、隣の国の奴らじゃねえだろうな」
ここからは小声に戻った。
どうやらマーちゃんも透明化して姿を隠したようだ。
東にしかない隣国との国境はユータヤロガ辺境伯領という場所になる。
頭領であるヤーン・ルカス・ンダラァ閣下は、甘い男ではないとズットニテルの街にも聞こえていた。
ユータヤロガの領都モッペンユーテミーヤから東にある国境は、北のスコッシホーレル山脈が南に折れて下って来た場所にある峻険なところに近いのだ。
そこにあるトーレンダロィ国境要塞をあの人数で抜けるのは中々に厳しいのではないだろうか。
鬱陶しい雨が降る中で、俺は面倒なことになってしまったと考え込んだ。
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