第15話 ガウルルブ殿下
泉の林から出て、3時間を走った未発展地用箱車は45キロメートルも進んだ。
正直なところ、俺はこの猪車を舐めていたように思う。時速15キロメートルというのは3刻(6時間)で90キロメートルも進める速度なのだ。
つまりは、1日で80キロメートルの道のりを走破し山脈まで行けたわけなのだった。
今回はマーちゃんの採取と観察が主な目的の旅であるし、俺が出来るだけ街への帰還を引き延ばしたいということもあり、可能な限りの寄り道をしている為にこうなのだ。
気がつけば山脈の麓まであと5キロメートルという所まで来ており、来月は夏になろうかというのに周囲は肌寒い。今は3の月の上旬で春の最後の月になる。
「マーちゃん、今日はこの辺で止まって、風呂入って寝ちまいたいぜ。山脈はもう目の前だけどよ、夕方に近い時間になっちまった」
俺は慌てて移動することも無いのを良いことに、この山脈行きでは完全にツアーガイドでいることを目論んでいた。
既にもう完全にマーちゃんのヒモであるという自覚はあるが、ここからさらにスローライフ的な探索者というのをやってみたかったのだ。
そういうわけで、マーちゃんと出会ってから11日目の今日は草もまばらな荒野のど真ん中で終わらせたかった。充分に進んだと思うし、もう夕方だ。
「それもそうだな。山の麓は天気も崩れやすい。それにケンチに紹介したい者たちがいるのだ。生活のこともあるし、彼らとはこの辺で別れるのが良いだろう」
俺の愚痴の様な申し出も、トカゲ的笑顔で快諾してくれたマーちゃんだが、最後にひどく気になることを伝えられた。
「それって俺の知ってる奴じゃねえってことだよな。この辺で別れるってなぁどういうこったい」
「夕食の時に紹介しよう。ケンチも1度会った相手だが言葉は交わしていなかったな。私はコミュニケーションに関して自信を取り戻した。地元勢に対しては常に寛容でありたいのだ」
うちの異文化交流姉さんは今までに無い自信のオーラと共に俺にそう返してくれた。
アイテムボックス内のフロアに引っ込んでからは早かった。
先に日課のお祈りを済ませ、さらには曲剣で素振りと型をこなし、最後に健康体操をやり風呂に入ったら夕食の時間になった。
諸々《もろもろ》のことが終わった俺はいつもの東屋で胡座をかいていたのだが、マーちゃんがフワフワと飛びながら連れてきた連中を見て腰を上げかけた。
「マーちゃん、そいつらは解剖しちまったんじゃねえのかよ!」
うちの光輪青トカゲ姉さんが連れてきたのは20人ほどのコボルト達だったのだ。
全員が簡素な布の服を着ていたが、1人だけ立派な体格の奴が刺繍の入った青いローブを着ていた。刺繍は金色で、柄はよく見ると全部が『(;TДT)』になっている。
「ケンチ、あの時には死亡した者も確かにいた。だが黒クモさんに捕獲された者達もいただろう? 彼らは生き残りの方なのだ」
うちの挨拶失敗姉さんからは、何でもないみたいな言われ方をされたが、そもそも連中とは意思の疎通に失敗したのではなかっただろうか。
「彼らが使う言語に極めて近いものをこちらは知っていたのだ。それなら違いの修正は可能だ。後は国府ダミノルさんに手伝ってもらって、相手とのコミュニケーションに成功した」
どうやらうちのトカゲ姉さんは、謎のオプションに換装したダミノルさんの助けを借りて、コボルト達との会話に成功したらしい。
連中は全員が不思議と大人しく、変なローブを着た代表の1名以外は東屋の外で焼き肉パーティを始めてしまった。トングの扱いに慣れているのがわかった。
マーちゃんはといえば、俺の右隣にやって来て浮かびながら顔を覗き込んできた。
「そんで、こちらのコボルトの旦那はどういう御人なんだよ? この箱は翻訳機か何かかい? 俺ぁ聞きてえことなんざぁねえぜ」
その代表コボルトはちゃぶ台を挟んで反対側に腰を下ろしてしまった。俺はこいつらが胡座をかけることを初めて知った。
ちゃぶ台の隅には黒いスピーカーの様な箱が置かれ、不気味な低い音が時折そこから流れている。
黙りを決め込んでいたら、ジャージにエプロン姿の黒子さんが来て、隣で肉を焼き始めたので、ありがたくいただくことにした。
「一族の戦士を葬った強い者よ。挨拶が遅くなったが、私はガウルルブという。これでも貴族の末席にいる者だ」
目の前のコボルト代表と無言で焼き肉を食べていたところ、唐突に唸り声が聞こえ、隅にあるスピーカーからはバリトンの声が流れた。今の唸りは言葉で、スピーカーから聞こえたのはおそらく翻訳された台詞だろう。
「そいつは知らなかった。俺はケンチってんだ。あの事は恨みっこ無しだぜ。お前は運が良かったんだ。相手がマーちゃんでなけりゃな、今頃はキノコの肥やしになってただろうよ」
俺がそう返すと、今度はスピーカーから唸り声にしか聞こえない音が出た。表現はソフトなものになっていたりするのだろうか。
「戦に敗れたのは我々だ。死んだ者は運命だった。我々は明日にはここを出る。最後にお主の顔を見ておきたかった。私はこのような恐ろしい御方とは一緒に居れぬ」
マーちゃんに聞いた通り、このガウルルブ殿下は明日出ていくらしい。
一党の頭だけあって、妙な恨み言を吐かないところは気に入った。
「マーちゃんは面倒見の良い人なんだぜ。俺や猪どもは食わせてもらってる方なんだ。あんたがたもここで働いたら良いじゃねえか」
俺は大袈裟に過ぎるのではないかと思ったのでそう返した。こいつは、自分が標本として仕舞われなかったのが全部偶然だと思っているのだ。
「ケンチ、私も彼らに同じことを勧めたのだがな、断られてしまったのだ。国府ダミノルさんが言語情報を集めている短い間は良い雰囲気だった」
隣で浮いているうちの世話焼き姉さんからもそんな台詞が出た。
そしてダミノルさんの名前がマーちゃんの口から出た瞬間、ガウルルブ殿下の両肩が跳ねた。
「あの恐るべき知性の棒使いのことは聞かせないでほしい。このローブの縫い取りは降伏の証なのだ。あの平たい棒に私も一族の皆も打ちのめされた。ダミノルを知らぬ者に幸いあれ」
何があったか何となく察した俺は黙ってマーちゃんを見た。
「行政補佐用の国府ダミノルさんは言語学習にも強いのだ。使用した装備は『ひのきの棒パニッシュメント』だな。3.5メートル級になる」
マーちゃんの短い説明で完全に理解した。
そして、800年前の聖人ターケシ・ゴーリの気持ちを少しだけ理解した。
彼は融和の言葉を持たない者にパンチを喰らわし、それでも駄目なら棒で殴り、それでも頑迷な者はスープレックスで投げたと伝わっている。
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