第14話 山へ行こうぜ
「これ着ると何だか落ち着くのう。大きさもピッタリじゃしな。重さも感じぬとはえらい服じゃわい。水も食事もいらん身の上には気になることも無しじゃ」
マーちゃんの提案に従い、シンデル先生は霊魂揮発防止服ヤルコ・トリスト100を着てしまった。
その防止服は軽量化された潜水服や宇宙服の様に俺には見えた。頭部は長楕円体を半分にした様な形状の透明なカバーで覆われていた。身体の方は隙間が無い全身タイツのゴツいやつといった風情だ。
「この服は魂を維持してくれるし、破損も自動的に修復してくれる。外部の汚れも吸収してくれるから洗濯も必要ない。自立行動はとらないと思うが、何か不具合があったらこの箱のボタンを押してほしい。来れたら駆けつける」
マーちゃんは、服の説明をシンデル先生にしながらボタンの付いた小さい箱を渡した。あれは有効半径がどれくらいあるのだろうか。何か起きた時に俺たちが大陸の中央部にでもいた場合、アレの信号は届くのだろうか。
「中々似合うと思うぞ。では泉に戻って動きにくいところがないか確認に行こう。問題が無ければ私たちはここから山へ向かわせてもらう」
マーちゃんは、機嫌良さそうにそう言いながらシンデル先生を外へと促した。
俺的には、色々と見落としてしまっているのではないかという懸念はあるのだが、山にも行きたいしシンデル先生の問題も解決しそうだったので黙っていた。
「先生、何かすんごい丸いの着てぃるんでぃす。内らより山のに似でぃるんでぃす!」
泉の近くには水の精霊たちが4体も揃っていた。ブーラブ姉さんも一緒だ。
器用だとは思っていたのだが、彼女たちは120センチはある身体で20センチの玉の上に座り、玉の方も浮かして運んでいた。
人間を相手にする場合に女性の形状をとるのも謎だ。掟か何かだろうか。そして、相変わらず水の様な全身を振動させて、聞き取りにくい女性的な高い声で話していた。
「ふむ、山の奴らというと土の精霊かのう。言われてみればそんな雰囲気もあるのぅ……」
シンデル先生の状態には異常が無いように見えて安心した。
水の精霊たちが言う土の精霊たちの気配とは、例の服に合成されている何かではないかと思う。
山側に土の精霊さんがいることをうっかり聞いてしまったが、俺は心の底から出会いたくないと思った。
「どうやら問題は無いようだな。では先生、我々もそろそろ山へ向かう。後悔の無い余生を過ごしてほしい。貴方に殴打の導きのあらんことを」
「シンデル先生、何か邪魔しちまったみてえで申し訳ねえ。林の外まで道も出来てるみてえだし、今回はこれで勘弁しておくんなさいよ。ブーラブ姉さん達も達者でな」
マーちゃんと俺は、そこにいる皆んなに別れの挨拶をして、今回の最終目的である山脈へと向かうことにした。
いつの間にか、ロボットさん達が樹を引き抜き土を持っていった跡はきれいに埋められて均され、こっそりと踏み固められた土の道になっていた。林の入り口から幅60メートルで泉まで続く道だ。中々に壮観だった。
「ハハハハ。ここも見晴らしが良くなったのう。道を作ってくれたんじゃな。もし出かけねばならなくなったら使わせてもらうぞい。2人とも山では何か掘れると良いのぅ」
幽霊先生は快活に笑ってそう言ってくれた。ドーム状の覆いから見える先生の顔は以前よりもずっとハッキリしていた。霊魂の安定性が上がったということなのだろう。
泉は透明度をより増してきれいになり、後ろには岩にしか見えない住居の入り口もあって、以前とは別の趣を醸し出していた。
気がつけばあの大きなチクワーブも先生の足元にやって来ていた。こいつも新しいここを気に入ってくれたらしい。
挨拶が済んだ後、未発展地用箱車ベイブレーダが出され、2頭の猪であるシランミッチネルとマヨタディオンが繋がれて、俺たちは2日間を過ごした林に別れを告げた。
「マーちゃん、箱車の中から後ろが見えるようには出来ねえかな」
俺はきっと、幽霊先生やあの現金な生き物である水の精霊さん達が気に入ってしまったのだと思う。後ろが見れないかマーちゃんに聞いてしまった。
「ディスプレイの設定を変えよう。皆んなこちらに手を振ってくれているようだな。気の良い連中だった。ここは人が来るべきところではないのだろうな」
箱車内の前にある曲面ディスプレイには、横並びになってこちらに手を振ってくれている皆んなが映し出された。
ブーラブ姉さんはシンデル先生の防止服の肩に座り、悠久放置玉を抱えて手を振っていた。他の精霊さんもそうだが、得体の知れない薄い光を発しているのだけが気になった。
先生の後ろに座っているチクワーブも、背中から生えた長く薄い銀色の腕を振って俺たちを見送ってくれているようだ。
マーちゃんはアレについて、使用済みなら生き物に影響は無いと言っていた様な気がする。
俺が思うに、ブーラブ姉さん達に渡した玉の力とはあらゆる生命を活性化させるものではないだろうか。
うちのうっかり梅酒放置姉さんは例の玉の効果について過少評価してしまった可能性がある。それは玉の持つ気配のようなものが、永い時間をかけてマーちゃんの存在に近くなってしまったからではないかと思った。
「マーちゃん、もう良いぜ。画面を前が映る様に戻してくんねえか。あそこは大丈夫だろうよ。何かあったら例の箱のボタンを押してくれんだろうぜ」
色々と飲み下した俺は考え方を変えることにした。
神々がこの件に介入されないのはきっと理由があるのだ。
もっと時間が過ぎれば、あそこは生命の豊かな森になるに違いなかった。そしてその多様性は他を圧倒するだろう。
遠い未来において、それが人の役に立たないとは誰にも言えないはずだ。俺はそう信じることにした。
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