第1話 愛の終わりと山脈行き
ドアーニオの旦那の葬儀は静かに始まって静かに終わった。
参加者は俺や例の姉弟も含めて15人ぐらいはいたのではないだろうか。飲み屋のニコンデルまで来ていた。お節介な誰かが知らせたに違いない。
葬儀はテレーザ助祭様と、何とデチャウ司祭様が仕切ってくれた。
雰囲気はもちろん明るいものではなかったが、深い関り合いが無いか、もしくは気持ちの整理がついてしまった者しかいなかったので泣き出す者もいなかった。
葬儀にはヨッシュアたち4人も来ており、こちらは全員の神官服が様になっていた。物が違うのだ。知らされたのはおそらく今朝のはずだが、一欠片の不満も顔に浮かんではいなかった。
「信徒ケンチ、こちらにいらしたのですか。教会にお客様がいらしております」
葬儀も終わって遺体を墓に納めた後の事、教会騎士が俺を呼びに来た。来客があって俺をご指名らしい。
「どんな名前の御方かお分かりになりますかい?」
この後はモドンニョ氏を東門から見送って明日には南の山脈へ行く予定なのだ。
妙な横槍は御免被りたかったが、相手の名前が事前に分かれば何とかなるかもしれないと思い聞いてみた。
「内区の方で『ワーデレト・ゲロッシ』様と名乗られました」
その名前を聞いて目の前が暗くなった。どうやって俺がここにいることを知ったのだろうか。
権力には権力で対抗するしかない。俺はデチャウ司祭様に泣きつくことにした。
「ゲロッシ殿は葬儀が終わるまで待ってくれるそうだぜ。まだ葬儀中ってことにしてあるから安心しろぃ。お前のことは組合で聞いたらしいぜ。予定じゃ明日から山の方へ行くんだよな」
丁度その場にいたデチャウ司祭様に相談したところ、執務室に通されてこういう話になっていた。
このワーデレト・ゲロッシという人は内区の役人なのだが、端正で甘い顔立ちの稼げる良い男でもある。
ただ残念なことに、愛の間隔が7ヶ月から1年しかないため、時期が来ると別れたい女性の懐に金をねじ込んでくるよう俺に頼みに来てしまうのだ。
出会って7年になるが、常連さんであるため教会に相談せず、組合まで直接依頼に来てしまう有名人というやつだった。もう30近いのではなかっただろうか。
「ある意味すごい人だな。生物として優れていると言わざるを得ない。隠し子が方々《ほうぼう》にいるのではないだろうか? 一度、思うところを聞いてみたい」
うちのトカゲ姉さんから見ればそうなるのだろう。マーちゃんは良い勢いで繁殖する生き物が大好きなのだった。
「マーちゃん、あの旦那は避妊の達人だと思うぜ。もしくは子供が出来ねえのかもしれねえ。そんならあの御人も気の毒な男ってことにならぁ。相手にしたらたまらねえ話だけどな」
女性の立場を思えば、そういう事を気にすべきではないのだろう。
だが、ゲロッシ氏を下水路の底に沈めてから証拠を全部消して、何食わぬ顔で南街道へ出かけてしまうのも躊躇われた。
「別の者にやらしてみるか。うちにも丁度良い若え者がいるだろぃ」
デチャウ司祭様が何を言っているのかは分かるが、誰がそれをあいつらに伝えるのだろうか。
「私はもうしばらく山脈行きの日程が延びてしまってもかまわ……」
「マーちゃんっ! どっからか流しの山師が来て、別の街がそいつから情報を買って、先に鉱山の所有権を取られるとかそういうことは避けてえ」
これ以上、街のごたごたに付き合いたくない俺は、うちの御使い様の台詞を遮って適当なことを言ってしまった。
例えあそこで鉱脈が見付かったとしても、場所によっては最初から別の街が所有権を持っているのだ。
「黙って半分ぐらい掘ってもバレないだろうか? どうせなら一緒に坑道も作っておけば地元の人も楽が出来ると思うのだ」
デチャウ司祭様の近くにいるのだが、マーちゃんがまたも危険なことをアルトボイスの肉声で言い始めてしまった。
一方で、視界の隅では黒子さんがデチャウ司祭様に酒をついで、ついでにサーモンや生ハムやチーズのカナッペを出していた。
デチャウ司祭様はと言えば、グラスを額につけて深々と頭を下げてからぐいぐい飲っていた。目が恍惚としていたので、しばらくは現世に帰って来れないだろう。
誤解が無いように言っておくと、教会ではアルコールと生臭物を儀式で使う聖餐として出したりしない。
「仕方がねえ。掘るのは始めっから黙ってやるって決まってんだぃ。マーちゃん、俺ぁこれから仕事をうちの若え者に頼んでくらぁ。
黒子さん、ここは頼んだぜっ!」
黒子さんのサムズアップに見送られ、俺たちは期待の新人たちを探しに出かけた。
目的の人物たちはすぐに見付かった。教会の食堂で遅い昼食を食べたばかりのようだ。
「ヨッシュア、どうやらすっかり元気になったみてえだな。今日はちっとばかし頼みがあんだよ。今は時間あんのか?」
そう声をかけると、金髪の美少年のように見えて実は意外とたくましい男はこちらに振り向いた。
「ケンチさん、大丈夫だったんですか? 俺はあの人に全く敵いませんでした。こんなことになるとも思ってませんでした」
そう言うヨッシュアの目に、憧れのような光があると思うのは俺の自惚れだろう。
「勝てたのは紛れだった。強い人だったぜ。俺もあんな決着だけは避けてえと思ってた」
「紛れでも凄いです。俺もいつかあんな人に勝ちたい。ところで頼みって何ですか?」
ヨッシュアはどうやらこちらの話を聞いてくれるらしい。今日は葬儀の日ということもあり、他の3人は黙ってこちらのことを見ていた。
「ヨッシュア、お前らはこれからの人間だ。この街にゃあ内区もあって、そういう人と繋がりが出来ることもある。司祭様も経験を積ませよと仰せになってらっしゃる」
この男のしたたかな野心を孕んだ瞳から目を逸らさず、俺は静かに伝えた。まばたきもしなかった。
「教会の応接室にワーデレト・ゲロッシってぇ御人がお待ちだ。お前らにはその御人の悩みを聞いてきてもらいてえ。こいつも奉仕活動ってやつだ」
俺は何とか今回の件を最後まで伝えることが出来た。
南の山脈地帯には2ヶ月ぐらいか、3ヶ月後の夏の終わり頃までいた方が良いかもしれない。
「分かりました。前回の失敗もありますし、今度はやりとげてみせますっ!」
ヨッシュアはやる気のようだ。助かった。
俺たちは食堂を出ると、大急ぎで司祭様の執務室に戻って黒子さんを回収した。
その後は神託の夢の中にいる司祭様に挨拶をして、探索者組合の事務所に急いだ。
「マーちゃん、街からは今日のうちに出ちまおう。東門は交易商人どもで混んでるが、モドンニョさんを見送ってそのまま南に周り込んじまえば何とかならぁ。依頼が無えから組合には届け出だけだぁ。急ぐぜぃ!」
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