第29話 葬儀
剣の買い取りと買い物が終わると、ザンダトツ先生はそのまま奥様の相手をしに店の奥に戻ってしまった。
普通は買った武器をどうやって持って帰るか心配するとか、他に店番がいないのに店を空けて良いのかとか、色々と気を回すのが店長の仕事ではないだろうか。
これ以上は俺が気を回すのもバカみたいなので、人目が無いのを良いことに購入した武器はさっさと収納口からフロアに引き取ってもらい、ネーラーニのおっちゃんの所に行くことにした。
「マーちゃん、今日は何事も無く終われそうだが、どっか人気の無え場所で一旦フロアに戻らしてもらいてえ。服を着替えねえとな」
「もう葬式に出る服に着替えるのだな。そこの脇道を曲がって進むと人の気配が無い場所はいくらでもある。単身者が多そうだな」
どうせなので、礼服に着替えてからネーラーニのおっちゃんの所に行くことにした。
朝の通勤者もいなくなり、脇道の奥は人がかなり少なくなっている時間帯だ。
マーちゃんの全方位センサーで人気の無い場所を探してもらい、狭い通りに入ると俺はアイテムボックスの中に戻った。
「少々意外だったのだが……ケンチ、それは教会の神官達が着ていたのと同じ服なのではないかな?」
目の前に浮かんでいるマーちゃんは、俺の上から下までを何度か見直したようだ。確かに意外に思われるだろう。俺の今のかっこうは『神官に変装した犯罪者』に見えるに違いない。他人に言われなくてもわかる。
「マーちゃん、前にも言ったかと思うんだが俺はこれでも神官位を持ってんだ。教会で仕事をすることも出来んだよ。奴隷コースだから行かねえけどな」
一定の功績を積み、それなりの能力を授かった場合には探索者にも神官の資格が与えられる。教会の下部組織の強いところだ。
治癒の術を授かり、孤児院に対して一定の貢献があったことを認められた俺は、神官の資格を得てしまった。
実は組合員の4割ぐらいは同じく資格を有しているが、ほとんどは俺より年上で上納金の累積額が評価された結果だ。
「うむ、そういうことなのか。冠婚葬祭の手伝いにも駆り出されるのはそれが理由なのだな。報酬が出るのならそちらの仕事の方が楽ではないのか?」
マーちゃんの言うことはもっともな話なのだが、これにもきちんと事情があるのだ。
「そりゃ無理だな。借金の取り立ても冠婚葬祭の手伝いも奉仕活動ってことになってんだよ。信徒さんからは寄進があんだけど、俺たちゃ小遣いしかもらえねえんだ。今回の取り立て料なんか銀貨3枚なんだぜ」
これでうちのトカゲ姉さんにも、探索者のややこしい立ち位置を理解してもらえただろうと思う。俺たちが見習い聖職者でもあるのは、奉仕活動の義務があるからなのだ。
「そろそろ、おっちゃんのところへ行って払うもんを払ってこねえとな。出かけようぜ」
マーちゃんとまったりしていたら時間が経ってしまった。ネーラーニのおっちゃんの所へそろそろ行かなくてはいけない。
俺はイタリア海軍の鍔無し帽子のような神官帽をかぶり、黒い顔覆いをすると商店街の通りへ出た。
ネーラーニのおっちゃんの事務所までは本当にあっという間だった。
通りを歩いている時には周りからジロジロと見られたような気がするが、しばらくすると全員が納得したような顔で俺から視線を外した。
きっとこの青と白の神官服を俺が着ているのが珍しかったのだろう。その上で黒いマスクをしていた所為かもしれないが、もう目的地についてしまったので今さらだ。
「ケンチ、今回はご苦労だったな。俺もその旦那の葬儀には出るぜ。賑やかしぐれえにはなんだろ」
ことの顛末を聞いたネーラーニのおっちゃんは、そんなことを言い出してしまった。
ちなみに金は受け取ってくれたので、金貨1枚と銀貨53枚になるロッコーニ姉弟の借金はこれでチャラになったわけだ。
「それにしてもケンチ。俺はお前に聖職者になったらどうかと言いはしたが、その服を着ても普段とあんまり変わらねえなぁ。
デチャウの奴が若え頃もそんなだった。野盗の変装と間違えたんだぜ。変な顔覆いまでしやがってよぅ」
教会までの短い距離を歩く間、濃い灰色の礼服を着たおっちゃんからはそんなことを言われてしまった。俺がマーちゃんと殴打力について口を割らなかった為、拗ねてしまった可能性もある。
教会の敷地を護る門は、今日に限ってはあっさり通ることが出来た。
俺もここからは顔覆いを外さなくてはならない。
俺が顔を完全に曝したところで、2人いる教会騎士の片方が細かく震え出した。きっとウルターナ・シェスカシーカ嬢だろう。神官服が似合わない自覚はあるが、このお嬢さん笑いやがったな。
今回は諸々《もろもろ》の些事を気にしてはいられないので、俺はおっちゃんと共に静々《しずしず》と門を通り教会裏手にある墓地の方へと進んだ。
そこですでに待っていた参列者には礼だけをして済ませ、あの姉弟やモドンニョ氏には頷くだけにとどめた。
今回は、親族も生前を詳しく知る者もいないので略式になったのだ。
「間に合ったみたいで良かった。ケンチも来てたのか。久しぶりに見たけど、式の妨害に来た犯罪者みたいだな」
葬儀が行われる墓地で、意外な人物に無表情で余計なことを言われた。見れば釣具屋のディマンデッセだ。濃い灰色の礼服は仕事着と変わらなかった。
「意外な人物ってのはお前の方だ。教会と死人は釣り竿なんざ買わねえぜぃ」
面倒だったがそう返しておいた。これも付き合いだ。
「あの旦那はうちのお得意様だったんだ。釣りが好きだった人がとうとう亡くなってしまった。いい人だったよ……」
あの元騎士殿には意外なところにファンがいたらしい。思った以上にあそこに溶け込んでいたのだろう。
「ディマンデッセ、俺の試算したところじゃあこの街に来る素浪人の旦那は年間4.5人もいる。つまり4人と半分ボロボロになった1人だな。怪我してる浪人が施療院で治療を受ければ5人ってことになる」
「ケンチ、それじゃあと4人ぐらいは釣りの好きそうな人がうちに来てくれるってことだよね。暇な時は釣りが一番だと思うんだ」
今日は葬儀の日だし、俺はディマンデッセにそう言ってやるしかなかった。
もちろん元にした数字とこの街までの経路は俺の想像なので、4人どころか1人も来ないかもしれないが希望が無いよりはマシだ。
この街は、公国の東部地域の中でも交易路の途上にある。東隣の王国からの品物が公国に流れ、公国西部の品物が東部や隣国へ流れる中継点の一つなのだ。だからこそ、カドッコーニの旦那もここに流れ着いたのだろう。
そんなことを考えていたら、しめやかに葬儀が始まった。
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第2章はこれで終わりになります。次の章もお楽しみに。
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